NHK札幌放送局

目の前に銃があるよ、『死』だよね

ほっとニュースweb

2021年4月1日(木)午後6時48分 更新

 「いつになれば家族に会えるのか。つらいから考えないようにしている」
札幌のマンションの1室。窓の外は氷点下で雪が降っていた。彼は遠くを見るような目で、そうつぶやいた。
彼の名はアッスィ・アルガザリ(29)。中東シリアからこの町にやってきた。彼の国では10年にわたり内戦が続いている。これまでに戦闘などで38万人を超える人たちが命を落とした。北海道でいえば、旭川市と網走市の人口を合わせた数にあたる。故郷から8000キロ以上離れた札幌で暮らす彼の身にかつて起きたことは、私たちにとって「遠い国の出来事」かもしれない。けれども、1人の人間として、シリアで何が起きているのか、知りたいと思い、私は彼を訪ね、話を聞いた。

“思い出”になった日々

アッスィ・アルガザリは、シリア南西部の町ダラアに生まれた。両親と11人兄弟という大家族のなかで愛されて育った。実家の庭には、家族みんなで育てたオリーブやザクロ、梨、ぶどうの木がある。その木々の下で過ごす静かな時間が好きだった。

家族総出でおこなうオリーブの摘み取り

突然訪れた、死と隣り合わせの生活

しかし、2011年に始まった混乱と内戦で、彼の人生は一変した。
シリアでは、中東各国で起こっていた民主化運動「アラブの春」が波及するかたちで民主化を求めるデモが拡大したが、これをアサド政権が武力で押さえつけた。さらに過激派組織IS=イスラミックステートも加わり、泥沼化した。

「デモが起きた日からずっと怖いよ。毎日怖い。銃を持った軍の人がいて、話しかけられて。銃が目の前にあるよ、『死』だよね」

2012年7月。悲劇の始まりは突然訪れた。
21歳の大学生だったアッスィは、久しぶりに実家に帰省していた。
「起きて!」
あの日の朝、家族の怯えた声で目が覚めた。町が政府軍に包囲されていたのだ。軍が町中の住宅を隅から隅まで一軒ずつ訪ね、住民のIDを確認しているのが分かった。「大丈夫、すぐ終わる」アッスィはそう信じて、兵士にIDを手渡した。すると、兵士はこう言った。「これ、偽物だろう?」その言葉を聞いた瞬間、アッスィは長い一日が始まると確信した。大学に通っているため、徴兵を猶予する手続きを取っていたのだが、軍はその証明書を偽物だと主張したのだ。アッスィは兵士に腕を強くつかまれ、家族の目の前で拘束された。手を縛られ、目隠しをされ、トラックの荷台に詰め込まれた。トラックは走り続けた。長い長い、つらい時間だった。送り込まれた収容施設で見た光景が、いまも頭から離れない。

「扉を開けた瞬間、通路が血だらけ。人が転がっているというか、ほんとうに生きているのか、生きていないのかわからない状態の人たちがぐったりと横たわっていた。叫びながら助けを求める人、理不尽な理由で拘束された子ども、いまにも息を引き取りそうなお年寄り、いろいろな人が地下の真っ暗な部屋に詰め込まれていた」
拘束される数日前に撮った写真

シリアではもう生きていけない

アッスィは毎日のように尋問を受け、軍に入るよう迫られたり、身に覚えのない罪をきせられそうになるなど、不安と恐怖のなか、絶望感にさいなまれながら過ごした。
父親が弁護士を通じて当局と掛け合い、3か月後にようやく解放されたが、その後も苦しみは続いた。拘束された記録が当局に残っていたからだ。町で検問を通るたびに、毎回そのことを指摘され、「またいつ捕まるのかわからない」という不安と恐怖の日々を送ることになった。アッスィは当時のことを振り返り、“普通”に戻りたかったけど、もう“普通”はなかった、と言う。

「シリアではもう生きていけない。怖いし、不安だし、未来がない」

会いたいのに、会えない

2014年、アッスィはシリアを離れ、サウジアラビアに避難することを決断した。シリアに戻ると再び拘束されるおそれがあるため、避難後の7年間いまだ帰国はかなわず、家族にも会えない状況が続いている。両親と2人の兄弟はシリアに、そして他の兄弟はヨーロッパやサウジアラビアで、離ればなれの生活を送っている。いま、家族とつながる唯一の時間がテレビ電話だ。両親は、日本にいるアッスィを気にかけて毎日のように電話をかけてくる。

アッスィの母親
「いま一番つらいことは、家族に会えないこと。会いたくても、会えない状況がいつまで続くのか。どうしたら会えるようになるのか本当にわからない。つらいから考えないようにしているのかも」

目の前にいなくても、誰かの希望になれる

アッスィには、いま忘れられない家族の姿がある。拘束中、不安と恐怖におびえる彼を助けようと奔走していた父親だ。

「収容施設で面会した日、父が泣きながら『頑張っているけど、何もできていなくてごめんね』って言った。でも、暗闇にいた僕にとっては、助けようと頑張ってくれていた父の姿が生きる希望になっていたんだ」

アッスィは故郷シリアの実情を知ってもらいたいと、5年前から自らの体験を語る活動を続けている。父親が、終わりの見えない苦しみから自分を救ってくれたように、日本でシリアの実情を伝えることが誰かの命を救うことにつながると信じているからだ。これまでに、道内の高校や大学、企業でおよそ30回の講演を続けてきた。講演を聞いた高校生たちが、のちに難民をサポートするプロジェクトを立ち上げ、難民問題への向き合い方などを話し合う場を自分たちでつくった。

画像提供:札幌聖心女子学院 中学校・高等学校
「父が助けてくれなかったら、僕はいまここにいないかもしれない。だから、いままで何百人、何千人の前で話して、1人でも2人でも、何か行動を起こしてくれたらすごく嬉しいよ。たとえそれが、毎日の中の小さな決断や行動であったとしても、他の人にとっては希望となったり、誰かの命を救うことにつながるかもしれない」

取材を終えて

5年間にわたりシリアの実情を伝えてきたアッスィだが、最近懸念していることがあるという。それは、シリアに対する世界の関心の低下だ。関心がなくなってしまえば、苦しむ人たちが救われることはない。
私は、私たち報道機関は現状を訴え続けることでそれを防ぐことができると信じている。しかし、シリアは北海道からあまりにも遠い場所にある。私自身も日々直面するニュースの取材に追われ、シリアや世界への関心をしっかり持ち続けているだろうかと感じるのが実情だ。そして、遠く離れたシリアのことを、もっと身近に感じてもらえる伝え方が他にもあったのかもしれないと、取材を終えたいま自問している。
そんなとき、ふとアッスィの言葉を思い出すことがある。「誰かが手をさしのべてあげないと、本当に困っている人たちは一生そのまま」。
たとえ自分の身近な存在ではなくても、困難に直面する人たちがいるかぎり、その存在を一人でも多くの人に知ってもらいたい。アッスィの姿に、私も努力を続けていきたいとあらためて思わされた。

札幌放送局 山本青
2021年3月15日放送



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