4009件。これ、何の数字か分かりますか?
正解は、去年発生した「エゾシカが関係する交通事故」の件数です。過去最多を5年連続で更新し、1日平均で初めて10件を超えました。起こってほしくはありませんが、もしシカとぶつかったらどうなるのか。そんな疑問から取材しました。
(室蘭局 篁慶一)
エゾシカ事故 1日平均10件超
「今日は出てこないでくれ」という願いもむなしく、前方の道路脇に現れたエゾシカの群れ。車の後部座席で子どもたちは「サファリパークみたい」と大興奮ですが、ハンドルを握る私は気が気ではありません。シカが道路に飛び出さないことを祈りながら通り過ぎ、安どのため息をつきます。
北海道に来て1年半がたちますが、こんな経験は1度や2度ではありません。実際にエゾシカの群れに車の前を横切られたこともあります。いつか事故を起こすかもしれないという不安が、今回の取材の動機でした。そんな中、いきなり衝撃的な数字を目にしました。2021年の1年間で、エゾシカに関係する事故が4009件も起きていたのです。多くはシカとの接触や衝突ですが、シカを避けようとして減速した車両に追突した事故も含まれています。

道警本部のまとめでは、エゾシカが関係する交通事故は増加傾向が続き、去年は調査を始めた2004年の3.4倍に上りました。事故は、道内のほとんどの自治体で発生しています。自治体別に見ると、最も多かったのが苫小牧市で303件、次いで釧路市で230件、千歳市が150件、札幌市が116件、根室市が98件、稚内市が94件などとなっていました。街中への出没も増えていると指摘され、エゾシカとの事故はますます身近な問題となっています。
平均58万円超! 保険で補償されないことも
では、事故が起きてしまったらどうなるのか。私が同僚に相談すると、すぐに当事者を紹介してくれました。その方は稚内市に住む40代の男性で、おととしエゾシカとの事故を起こしていました。電話で尋ねると、事故が起きたのは仕事で車を運転した夜のことだったと話しました。シカの群れに気付き、制限速度を10キロ以上下回る時速40キロ以下で運転していたところ、2メートルほど先の左側の茂みからシカが飛び出してきました。ブレーキは間に合わず、車の右フロントがシカのお尻の辺りとぶつかりました。男性にけがはなく、シカは走り去りましたが、運転席側のドアは開かなくなっていました。
男性はドアやフェンダーを交換することになり、中古品を使いましたが、それでも約35万円がかかったということです。物損事故は、自賠責保険では補償の対象になりません。また、車両保険に加入していても、エゾシカなどの野生動物との事故の場合、保険の種類によっては補償されないケースがあります。この男性も、保険料が比較的安い種類の車両保険に加入していたため、補償の対象にはなりませんでした。

エゾシカとぶつかった車(上記の事故とは関係ありません)
取材を進めると、シカとの事故による修理費が高額化していることも分かりました。道内9社が加盟する日本損害保険協会北海道支部が去年実施した調査によると、エゾシカとの事故による車両保険の保険金支払額は、1件あたり平均58.2万円で過去最高となりました。この調査は10年以上前から毎年行われ、支払額は増加傾向が続いています。原因としては、安全対策で前方にセンサーなどが取り付けられる車が増えていることがあると考えられています。
この車両保険をめぐっては、新たな動きも確認できました。大手損害保険会社の一部は、保険料を抑えて補償対象を限定した車両保険であっても、動物との事故は対象に含めるように変更しているのです。このうち、今年1月に変更した損保ジャパンは、「動物との衝突は自然災害同様に、安全運転をしていてもなかなか防ぐことができない。お客さまからの要望も多く、補償の対象とした」と理由を説明しました。ただ、契約を結んだ時期によっては補償されないケースがあり、保険が使えた場合でも翌年度から等級は下がります。保険内容は損害保険会社によって異なるので、協会北海道支部は「運転者は自分の保険を改めて確認してほしい」と呼びかけています。
事故にあったエゾシカは・・・
一方で、私には1つ気がかりなことがありました。事故にあったエゾシカはどうなるのか、ということです。この5年間、道内で最も多くの事故が起きている苫小牧市を取材すると、悲しい現実が見えてきました。苫小牧市生活環境課の担当職員によると、市内で事故が起き、エゾシカが動けなくなっている場合は、警察から市に連絡が来ます。この連絡を受けた担当職員が現場へ行き、特殊な器具を使ってシカに電気ショックを与えて殺処分するのです。

車とぶつかったエゾシカ
職員によりますと、足が2本以上折れているエゾシカは動くことができず、野生復帰が難しいと判断されます。また、殺処分の際には、法律に基づいて道から許可を得ているということです。1年間に殺処分するエゾシカは数十頭で、今年度は約60頭にも上っています。処分したシカは、職員がトラックに載せて市内の動物火葬場などへ運びます。職員は、事故で夜間や休日にも呼び出される負担に加え、シカを殺処分することへの心理的な負担もあると明かしました。
「動けなくなっているエゾシカに近づいていくと、こちらを見て目が合うんです。その時が特につらいです。出来れば殺処分はしたくないですし、そのためにも事故はできるだけ減ってほしいです」
事故を減らすために
事故を減らすためには、どうすればよいのか。警察はエゾシカが関係する事故の特徴をまとめ、ホームページで公開しています。まず、発生が特に多いのは秋です。去年は、10月と11月で全体の約40%を占めました。これは、エゾシカが交尾期に入り、オスがメスを求めて行動が活発化することが原因と考えられています。さらに、事故は夕方から夜にかけて集中し、午後4時から午後8時までが全体の半数以上を占めていました。
こうした結果を踏まえ、警察は「夜間は急なシカの飛び出しに対応できるようスピードダウンし、ハイビームを活用して安全運転に努めてもらいたい」と注意を呼びかけています。また、エゾシカの生態に詳しい酪農学園大学の伊吾田宏正准教授は、「1頭が横断したら、時間差で別の個体も横断してくることがあるので注意が必要だ」と話しています。このほか、国の北海道開発局は、過去のデータを基に、エゾシカとの事故が発生しやすい場所を示した地図をホームページに掲載しています。
一方で、どうしても避けられない事故もあると思います。その際に忘れてはならないのは、警察への連絡です。たとえ自身や同乗者にけがが無かったとしても、エゾシカとの事故は交通事故として扱われます。その場合、速やかに警察に報告することが法律で定められていますし、道路上の危険を防ぐ措置も講じなければなりません。ただ、エゾシカが動けなくなっている場合、伊吾田准教授は「角や足で攻撃される恐れがあるので、不用意に近づかないでほしい。ダニが媒介する感染症のリスクもあるので、素手で触ることも避けるべきだ」と話しています。
いったんエゾシカとの事故が起きると、その影響は私の予想以上に多岐にわたることが分かりました。事故が多く起きているのは秋ですが、雪どけが進む春も増加する傾向が見られます。春を迎えて車で出かける機会も増えると思いますが、運転の際はシカの飛び出しに気をつけ、少しでも事故が減ることを願っています。
2022年3月22日
冬眠しないヒグマを警戒 北海道東部の冬の工事現場から
冬の間、「ヒグマは冬眠していて雪の森の中では活動していない」はずなのでは? しかし、山中の工事現場を訪ねると、ヒグマの出没に備えながら作業をする人たちと、変わるヒグマの生態が見えてきました。