NHK札幌放送局

足寄編3週目 大地で幸せ育む放牧酪農

ローカルフレンズ制作班

2021年12月16日(木)午後2時21分 更新

フランクCです。広い足寄町にもだんだんとなじんできた気がします。
あちこちで声をかけていただき、番組の感想や取材の応援を町の皆さんからいただきました。足寄町のあたたかさに涙がほろりと出てしまいます。
そんなこと言っていますが、まだ最終回ではありません。まだまだフランクは足寄町にいますので、見かけ次第褒めちぎってください。褒めたら伸びる子です。
今週は、そんなあたたかい足寄町を象徴するような、広大な牧場を営む大家族を訪ねました。

放牧酪農家、渡辺さんご一家の一日に密着

ここまで2週間は足寄町の中心部に住んでいる方に会うことが多かったです。どなたもキャラの濃い面々だったのですが、「中心部だけではなく日本最大級の足寄町を堪能したい。まだ見ぬ世界が広がっているはず。」とフランクCはもんもんとしていました。
そんな時、儀間さんが「ザ・田舎暮らしって感じで、一家で和気あいあいと暮らしている方がいますよ」と教えてくれました。これは何かが始まる予感がする!

足寄町中心部から車で北に進むこと30分。
山なりの道を抜けた先に広い牧場がありました。

出迎えてくれたのは渡辺耕平さん。
6年前に家族で足寄に移住してきました。
3歳の末っ子ひまりちゃんを筆頭に、渡辺さんご一家みなさんで温かく出迎えてくれました。

ダイナミックすぎる放牧酪農

放牧酪農を営む渡辺さん。
およそ50ヘクタール、土地東京ドーム10個分にも相当する広い土地で52頭の牛を育てています。暖かい季節の間は、この広い敷地の中を自由に牛が暮らしています。冬の間も2日から3日に1回のペースで放牧します。
牛一頭がほぼ1ヘクタールを使える広さです。野山で馬のように元気良く走り回る渡辺さんの牛たちを見たときは、自分の中の牛の概念が覆されました。

広大な敷地の中、のびのびと育った牛からとれるおいしい牛乳を町に届けています。

渡辺耕平さん
「酪農の世界に入ったのも自然が好きで、その中で暮らしたいという気持ちがありました。自然に近い形で牛を育てる放牧酪農をやろうと思いました。都会で育った自分とはまた違う、ふるさとに自然が多くある足寄で子ども達も元気に育ってほしい気持ちもあります」

ダイナミックなのは敷地面積だけではありません。
餌やりもすごいです。ショベルカーで餌を運び出しちゃうのです。

搾乳牛は1頭あたり一日すくなくとも22kg以上の餌を食べます。渡辺さんは配合飼料や穀物や乾燥させた草などを組み合わせながら栄養状態を管理し、健康な状態を維持します。
なにかとダイナミックすぎる放牧酪農の現場に圧倒されました。

家族で営む牧場

ダイナミックすぎる放牧酪農を営む渡辺さんを家族が支えます。
取材をしたのは日曜日。学校がお休みの子ども達も両親のお手伝いをします。
長男の桔平君、双子のさきちゃんとりんちゃん、3歳のひまりちゃんが牛舎の掃除を手伝います。桔平君はお父さんの指示を聞いて牛の寝床の掃除や放牧中の牛の誘導など、リーダーシップを発揮します。

おそろいのつなぎを着てお手伝いします。
末っ子のひまりちゃんもお兄ちゃんやお姉さんの後ろについて行き、お手伝いします。
大好きな牛に「たんこぶ」といったあだ名をつけてお世話をしています。

サラリーマンから一転、酪農家となった

渡辺耕平さんはもともとサラリーマン。新宿区や豊島区といった都心で営業職として働いていました。奥さんの千鶴さんも新宿区で動物病院の看護師をしていました。動物や自然が好きだった二人は、耕平さんが帯広に転勤となったタイミングで結婚。そのまま北海道で生活をしたい気持ちが耕平さんの中で強くなり、全国転勤だった営業の仕事を辞めて、足寄町に移住してきました。

渡辺耕平さん
「足寄は放牧酪農も盛んだし、先輩もたくさんいて、研修も出来ることになったので、移住を決めました」

新規就農者を受け入れる体制がある足寄町

数ある移住先の中から渡辺さんが足寄町を選んだ理由は、町の受け入れ体制にありました。
町には渡辺さんのように新しく移住をしてきて、放牧酪農を志す人を支援する仕組みがあります。坂本秀文さんは20年以上、足寄町にやってくる移住者をサポートしてきました。

足寄町の一般社団法人で放牧酪農アドバイザーを務めている。1971年から足寄町開拓農業協同組合に勤務、2006年に足寄町役場農業振興室に入り地域の農業を長年支えた。

坂本さんによると、放牧酪農家として新しいスタートを切るには、地域と移住者をつなぐ人が必要だと言います。広大な農地を新しく借り入れるには、資金面の援助だけではなく、土地の持ち主との信頼関係の構築や土地勘を持った人のアドバイスが必要です。実際にかかる初期費用の計算や投資が必要となる部分の説明もします。
また、移住者を放牧酪農の先輩のもとに案内をし、放牧を学ぶ研修や実習生として新しく仕事を与える事もしています。
移住者本人が何もない状態からはじめるのではなく、頼りとなる人間関係や酪農のスキルを学べる環境を整える。そうすることで、足寄に新しく来た移住者でも地域にしっかりと根ざせる基盤ができます。

坂本さん
「夢や希望を抱いて足寄町に来ることはいいですよね。けれども実際に酪農家として生活するために必要な部分はあまりにも多い。研修先や条件のいい農地にたどり着くためのサポートが必要なんです」

働いても働いてもうまくいかなかった

坂本さんは足寄町で放牧を進めるようになった苦い記憶も話してくれました。

坂本さん
「大量生産体制で、1日に4回も5回も搾乳をする。規模も人員も増やして、必死にやったけれど、儲からなかった。経費をかけてもいいものが作れない、そうした時代がありました」

牛が疫病にかかることも多く、配合飼料などを利用し牛から可能な限り多くの搾乳を目指す、いわゆる高泌乳牛(=最高50kg/日の乳量がある牛)による酪農の経営に行き詰まりを感じていました。

ニュージーランドで学んだ放牧酪農

足寄の農地は見晴らしのいい十勝平野のイメージとは異なり、足寄町の8割以上は森林で、農地は森林の中を縫うような形で点在しています。大小の里山が連なり、草地は傾斜地が多い特性があります。このため、大型の農業用機械の導入が難しい条件の地形が多いです。
地域に適した酪農の方法はないのか。試行錯誤を重ねる中、放牧酪農を全面的に実施しているニュージーランドに町の酪農家が視察に行きました。そこで目にしたのは、足寄町そっくりのニュージーランドの牧草地でした。入り組んだ地形を利用した放牧がかつては足寄でも広く行われていたからです。
ニュージーランドの広い牧草地で牛が放牧されている風景を見て、同じように牧草が豊かに育っている足寄でも放牧酪農がやれるのではないかと確信します。
実際に放牧を実践したところ、農業収入を維持しながらも経費を削減することに成功しました。2004年、足寄町は日本で初めて「放牧酪農推進の町」を宣言しました

牛の幸せは、人の幸せ

坂本さんは牛の世話を全て人間がやる方法を「介護酪農」と呼びます。
放牧酪農に切り替え、食事や移動を広大な敷地の中で牛が自由にやれることで、牛も健康を維持でき、人も牛にかける労力が減る。「牛の幸せを考えてあげれば、酪農家も幸せになれる。」と話します。

家族経営の牧場では多くの負担が当事者にかかってしまいます。生乳の質を確保しながらも、酪農家やその家族が幸せに生活を紡いでいける。そうした可能性を放牧酪農の取材から感じました。

「結」のこころ

日本の農村では古くから人々がお互いを助け合いながら、農作業をする習慣があると読んだことがあります。こうした相互扶助の精神は「結」(ゆい)と呼ばれていたそうです。足寄町で新しく放牧をはじめた渡辺さんご一家と、そうした新規就農者を支える坂本さんのような足寄町の人々を取材していると、そうした「結」のこころがあるように思えました。
助け合うことで、お互いが結ばれて、共に歩んでいける。そうした無数の助け合いが連なり、地域を形作る。今の足寄町の結のこころを感じました。

渡辺さんご一家のお昼ご飯に同席させてもらいました。
牧場で採れた牛乳をふんだんに使ったおじやを3歳のひまりちゃんがおいしそうに食べていました。渡辺さんご一家や足寄町に生きる皆さんの行く先をそっと優しく照らすような、笑顔に心が打たれました。

ローカルフレンズ滞在記担当カメラマン 前川フランク光
2021年12月16日


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