NHK札幌放送局

記憶の中のレールたち~道東の廃線~

NHK釧路放送局

2021年10月14日(木)午前11時54分 更新

今は廃線となった路線の活躍は、当時の道東の産業や人々の生活を語るうえで欠かすことができません。運行当時の姿とともに振り返ります。

白糠線

白糠(しらぬか)線は、根室本線の白糠駅から分岐し北進駅までを結んでいた全長33.1kmの路線。1964年に白糠―上茶路(かみちゃろ)間(25.2km)が開業し、1972年には上茶路-北進間(7.9 km) も旅客営業のみ延伸開業。しかし1980年の国鉄再建法の施行を受け、1983年に最初の特定地方交通線廃止の路線となりました。上茶路炭鉱で産出した石炭を運ぶ需要はあったものの炭鉱の閉山で貨物輸送はなくなりました。にもかかわらず、路線は延伸され、過疎地であったため膨大な赤字に苦しみ、延伸区間に関してはわずか11年という短命も終わりました。映像は、1983年放送「NHKニュース」より。


標津線

標津(しべつ)線は、北海道川上郡標茶(しべちゃ)町の釧網(せんもう)本線標茶駅から分岐して、標津郡標津町の根室標津駅に至る本線69.4㎞と、中標津駅で本線からT字形に分岐し根室市の厚床(あっとこ)駅で根室本線に接続する支線47.5㎞から成り立っていました。本線・支線ともにJR北海道へ承継されましたが、1989年、全線廃止となりました。かつて標津線で活躍していた蒸気機関車C11形227号機は引退後、大井川鐵道に譲渡され、今なお「SLかわね路号」を牽引して元気な姿を見せています。映像は、1986年放送「NHKニュース」より。


雄別鉄道

雄別(ゆうべつ)鉄道は、北海道釧路支庁管内釧路市の根室本線釧路駅から、同管内阿寒郡阿寒町(現・釧路市阿寒町)の雄別炭山駅までを結ぶ全長44.569kmの路線で、1970年に雄別鉄道が雄別炭礦に吸収合併されました。同年、雄別炭山間(雄別本線)、鶴野-新富士間(鶴野線)が廃止となり、1984年に釧路開発埠頭新富士-北埠頭間(埠頭線)が廃止となりました。雄別炭鉱の閉山とともに町は消え、鉄道も廃止されました。作家の渡辺淳一は若いころ医師として何度か長期出張滞在し、自伝的小説「白夜」の中で雄別鉄道のディーゼルカーに乗ったことを書いています。映像は、1987年放送「ほっかいどうスペシャル」より。


根室拓殖鉄道

根室拓殖(たくしょく)鉄道線は、北海道根室市の根室駅(現・JR根室駅とは別の位置)と花咲郡歯舞(はぼまい)村(現・根室市)の歯舞駅を結ぶ15.5㎞の路線で、1959年に廃線となりました。道路が未整備だった集落同士をつなぎ、沿線で水揚げされた魚介類や昆布などを根室本線へ運ぶために建設されましたが、経営は常に厳しかったようです。沿線は気温が低く積雪も多いため、路盤が霜柱で浮き上がるなど、保線が難しいところでした。さらに両側を海に挟まれた細長い根室半島上を走っていたため、塩害もひどいものでした。それでも3両きりの小さな気動車には「ちどり号」「かもめ号」「銀龍号」のしゃれた愛称が付き、地元住民に愛されていました。映像は、1952年放送「朝日ニュース」より。


士幌線

士幌(しほろ)線は北海道帯広市の帯広駅で根室本線から分岐し、河東郡上士幌町の十勝三股駅までを結んでいました。全長78.3km、全線単線で、1987年に全線廃止になりました。1978年以降、極端に利用客の少ない末端部の糠平~十勝三股は列車の運行を停止し、バス代行区間となりました。災害時の一時不通のための代行バスと同じ扱いです。それは、十勝三股から先、石北本線の上川駅まで延伸すれば、乗客や貨物が増えるという期待があったので、廃止とはしなかったためで、線路や駅もそのまま温存されました。しかし、結局、延伸もなく、列車が再び走ることもないまま1987年に帯広~糠平~十勝三股全線が廃止となったのです。映像は、1983年放送「NHKニュース」より。


広尾線

帯広駅から南へ向かい、観光地襟裳岬(えりもみさき)の入り口となる、広尾駅までを結ぶ全長84.0kmの広尾線は南十勝地域発展の原動力として活躍しました。昭和40年代後半、愛国から幸福行きの乗車券が大ブームとなり、全国から多くの観光客が広尾線へとやってきました。しかし、その後貨物輸送は減少を続け、昭和62年(1987年)2月、58年間の歴史に幕を閉じました。廃止後も、幸福駅は当時とほぼ変わらない状態で残され、今も観光スポットとしてにぎわいを見せています。


北海道ちほく高原鉄道

北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線は、北海道中川郡池田町の池田駅から北見市の北見駅を結んだ路線です。旧国鉄特定地方交通線の池北線を引き継いだ第3セクター鉄道で全長は140km。2006年に廃止されました。松本零士さんの銀河鉄道999のラッピング車両、JR北海道からSLを借りてのSLイベント運転なども行いましたが、乗客減少に歯止めはかかりませんでした。廃線後、陸別駅構内を中心に「りくべつ鉄道」として乗車体験や運転体験ができる動く博物館としてディーゼルカーを動かしています。


十勝鉄道 本線

十勝鉄道は、砂糖の原料であるビートを輸送するために1924年敷設された軽便鉄道が始まり。帯広市から南部の町村に至る100kmを超える路線を持つ北海道最大の鉄道網を有する私鉄でした。1959年に旅客営業を廃止し、工場前駅(現在の日本甜菜〈てんさい〉)製糖帯広製糖所の前)から帯広駅間をのぞいて廃止されました。残りの区間も工場が閉鎖されたことから1977年に廃止されました。映像は、1968年放送「NHKニュース」より。


北海道拓殖鉄道

拓殖鉄道は、北海道上川郡新得町の新得駅と河東郡上士幌町の上士幌駅を結ぶ全長54.3kmの路線で、1968年廃線となりました。鉄道名の通り沿線の開発を目的として建設されましたが、思うように開発は進まず、赤字続きでした。施設の老朽化もあり、陸運局から行政指導を受けることになり、運行区間を縮小した後、廃止となりました。映像は、1968年放送「NHKニュース」より。


根北線

根北(こんぽく)線は、北海道斜里(しゃり)郡斜里町内の斜里駅(現・知床斜里駅)と越川駅を結ぶ12.8㎞の路線で、1970年に廃線となりました。知床半島の付け根を横断し、旧根室国(現・根室振興局)と北見国(同オホーツク総合振興局)を結ぶ計画でしたが、根室標津(しべつ)駅への延伸工事は中断。未成区間には1939年に造られた越川橋梁のコンクリートアーチが10基中8基残され、国の登録有形文化財に登録されています。戦時期の資材節約で鉄筋が入っていない珍しい構造物です。「北海道一の赤字路線」で、国鉄が1968年に廃線方針を打ち出した全国「赤字83線」のなかでは、1969年12月の福岡県の幸袋(こうぶくろ)線に続く2路線目の廃線でした。映像は、1970年放送「新日本紀行」より。


相生線

相生線は、北海道網走郡美幌町の美幌駅と津別町の北見相生駅を結ぶ全長36.8kmの路線で、1985年に廃線になりました。釧路と美幌を結ぶ釧美線として計画された路線でしたが、国の財政事情により部分開通しか果たせず、過疎も進む一方でしたので、延伸も断念し、最終的に廃線となりました。


湧網線

湧網線は、北海道紋別郡上湧別町(現・紋別郡湧別町)の中湧別駅と網走市の網走駅を結ぶ全長89.8kmの路線で、1987年に廃線になりました。サロマ湖、オホーツク海、能取湖等の沿岸を巡る、車窓からの風景が美しい路線として知られていました。1970年代後半に、国鉄で観光用にSL列車を復活させる話があったときに、その路線の候補として湧網線の名前も挙がりましたが、最後は山口線に決まりました。もし、湧網線に決まっていたら、違う運命をたどっていたかもしれません。

本記事に掲載している映像は、「NHKアーカイブスポータルサイト」より抜粋してお届けしています。「NHKアーカイブスポータルサイト」では、番組「アーカイブス秘蔵映像でよみがえる にっぽんの廃線100」に関連して全国の廃線の動画を公開しています!動画はこちら

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