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知床観光船沈没事故1年 JCIの検査はいま

  • 2023年4月25日

 「あの時、自分が船長に船のハッチのフタを修理するように言っておけば…」
知床半島の沖合で乗客・乗員あわせて26人を乗せた観光船「KAZU Ⅰ」が沈没した事故から1年がたちました。
浸水の原因とみられるハッチの“異変”に事故の2日前に気がついていたという男性は今も後悔の念にさいなまれています。また、国の船舶検査を代行するJCI=日本小型船舶検査機構も直前に船の検査を行っていながら事故を防げませんでした。
なぜ危険な兆候は見逃されてしまったのか、そして今、船舶検査はどう改善されたのでしょうか。
(札幌放送局記者 小栗高太) 

未曾有の事故 ハッチから浸水し沈没か

去年4月23日、知床半島の沖合で乗客・乗員あわせて26人を乗せた観光船「KAZU I」が沈没した事故。船は1か月後に海底から引き揚げられましたが、これまでに20人が死亡、今も乗客6人の行方が分かっていません。

事故当日は午後に天候が荒れると予想されていましたが、運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長は出航を判断。海上保安庁は業務上過失致死の疑いで捜査を続けています。

なぜ事故は起きたのか。国の運輸安全委員会は去年12月、沈没の原因について経過報告書を公表しました。報告書は、船の前方にあるハッチの留め具に不具合があり、十分に閉まっていない状態で運航した可能性を指摘しています。航行中の揺れでハッチのフタが外れ、そこから甲板の下の倉庫に海水が流れこんだとしています。

事故2日前 ハッチの“異変”を目撃

事故の前にハッチの“異変”に気がついていたという男性が、匿名を条件に電話取材に応じてくれました。
証言によりますと、それは事故の2日前に斜里町ウトロで行われた訓練のときだったということです。訓練は航行中のトラブルなどを想定したもので、「KAZU Ⅰ」の船体が使われていたのです。
当時、撮影された写真には、「KAZU Ⅰ」のハッチがある船首部分に数人の参加者が集まっている様子が記録されています。

男性の証言
「訓練の途中、『KAZU Ⅰ』の豊田徳幸船長がハッチのフタを開けて下の船倉からロープを取り出しました。その後、ハッチを閉めようとしたのですが、うまく閉まっていませんでした。フタが少し“浮いている”ような状態でした。ハッチのフタにはストッパーといって航行中に開かないようロックをかけるための爪(留め具)があるのですが、その爪がしっかりはまっていませんでした」

男性はこの時、ハッチのフタのことを豊田船長に指摘しませんでした。当時はまだオフシーズン。営業運航が始まる日までに修理をするだろうと思ったからです。しかし、その2日後の営業初日に事故は起きてしまいました。
「ハッチを閉めずに出航したのでは」そう考えた男性は事故のあと、国の運輸安全委員会の聞き取り調査にも訓練で目撃した内容について話しました。

男性の証言
「なぜこんな事故が起きてしまったのか、毎日のように考えています。そして、やはり、ハッチさえしっかり閉まっていたら事故は起きなかったのではと考えてしまいます。あの時、自分が豊田船長に『お客さんを乗せて走る前にちゃんとハッチを点検しておけよ』と言ってあげればよかったと後悔しています」

国の検査での“見落とし”

実は、訓練の前の日、つまり事故の3日前には、「KAZU Ⅰ」は国の安全検査を受けていました。

この検査は国の代行機関であるJCI=日本小型船舶検査機構が年に1回行っています。
船の設備などが基準に適合しているかどうかを確認するもので、「KAZU Ⅰ」は特に問題を指摘されず、検査をパス(通過)していたのです。

NHKが独自に入手した当時の検査記録によると、ハッチについては「外観」の確認は行われていたものの、動作確認を意味する「開閉」は行われていなかったことが改めて分かりました。
これについて、JCIに検査業務を委託している国は「検査ルールどおりに外観を見て異常がないことを確認したが、留め具の動作確認は行わなかった」と説明しています。

海上保安庁の元幹部で、船の安全に詳しい専門家は、当時の検査ルールは不十分だったと指摘しています。

海上災害防止センター 伊藤裕康理事長
「当時のJCIの検査のルールでは、外観に異常がなければ動作確認は省略してもいいとなっていました。しかし、普通は、見た目だけで異常の有無は判断できません。私はハッチのフタを開けたり閉めたりしながら、フタとハッチの枠が密着しているか、ヒンジ(ちょうつがい)がちゃんと動作するか、それに浸水を防ぐゴムパッキンが劣化していないかなどを確認しないといけなかったと思います」

検査を厳格化 その実効性は

国は「検査方法が十分ではなかった」として、JCIに業務の改善を指示しました。ことし1月からは、より厳しい検査が各地で実施されています。
はたして事故の教訓は生かされているのでしょうか。取材班はことし4月に知床半島で行われたJCIの検査に密着しました。

取材したのは羅臼町にある観光船運航会社。この会社ではホエールウォッチングの小型クルーズ船を運航していて、所有する2隻が検査を受けました。

羅臼町 観光船運航会社 長谷川正人さん
「厳格化されて以降、初めて検査を受ける。JCIからは事前に『船を陸揚げしておくように』と通知が来ていた」

船長を務める長谷川さんによりますと、検査の大きな変更点としては「上架検査」と呼ばれる、船を陸に揚げした状態で行う検査が追加されたということです。これは主に大型船に行われてきた検査ですが、JCIは沈没事故を受けて一部の小型旅客船にも義務づけることにしました。

午後3時すぎ、JCIの検査員3人が到着。すると、さっそく検査が始まりました。
検査員たちは陸揚げされた船の底を下からハンマーで叩き、亀裂などがないかを確認していきます。また、船内の海水が適切に排水できるかどうかもチェックしました。

午後5時すぎ。従来の検査であれば、すでに検査が終了しているはずの時刻ですが、今回は違っていました。船首付近に長谷川さんと検査員が集まり、ハッチがしっかり開閉するか動作確認を行いました。これは今回の沈没事故を教訓に新たに義務づけられた検査項目です。
長谷川さんによると、検査員は留め具がきちんと機能しているかや、内側のゴムのパッキンに劣化がないかどうかも確認していたということです。

その後も、船の設計図と照らし合わせながら違法な改造などが施されていないかなども細かく確認しました。すべての検査が終了したのは、開始から3時間余りがたった午後7時近く。検査の厳格化に伴い、これまでの倍以上の手間と時間がかかるようになったといえます。
こうした新たな検査の対象となる小型旅客船は全国でおよそ400隻にのぼるということです。それぞれの船の所有者は、陸揚げなど検査の準備にかかる費用も負担することになります。

羅臼町 観光船運航会社 長谷川正人さん
「大型船に適用されていたような、今までなかった検査項目も多く、自分たち事業者も検査員も大変だよ。それでも、『KAZU Ⅰ』のような痛ましい事故を繰り返さないためには官民が総力を挙げて取り組んでいかなくてはならない、その一環が検査の厳格化なのだと思っている。自分たちも“あすは我が身”だという気持ちで船体の点検をしっかりと続けていきたい」

乗客家族「国とJCIにも責任」

未曾有の事故から1年。この間、運航会社「知床遊覧船」のずさんな安全管理の実態が次々と明らかになりました。しかし、会社を監督する立場だった国やJCIに対してもその責任を問う声が日増しに高まっています。今月、記者会見をした乗客家族たちも「事故を起こした運航会社と同等の責任がある」と厳しく指摘しました。
JCIは事故が起きた去年4月の時点で全国におよそ140人の検査員を擁していました。ただ、検査対象となる小型船は全国に30万隻あり、人手不足が課題でもありました。
ことし2月に国に提出した業務改善計画の中では、それまで「限られた時間でいかに必要な数の検査を行うか」に注力してきたと記しています。その結果が“不十分な検査”だったのだとしたら、安全よりも業務の効率性を優先させたと言われてもやむをえないのではないでしょうか。
JCIには船の安全を担う最後の“とりで”として、検査業務の見直しを引き続き進めるとともに、事故の「芽」を摘むための厳格な検査を徹底していってほしいと思います。

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