NHK札幌放送局

野村良太 本人寄稿 一年が過ぎて

番組スタッフ

2023年2月7日(火)午後2時08分 更新

2023年2月6日。大縦走を終えて一年。野村良太さんが植村直己冒険賞を受賞するというニュースが飛び込んできた。私たち取材班が出会った2年前には「学校を出たばかりの山好きの兄ちゃん」だった彼。冒険家や登山家を名乗るほどの実績は持たず、山岳ガイドの資格試験にもまだ合格しておらず、あえて肩書きをつけるならアルバイトの歩荷だった。
偉業から一年。彼をとりまく周囲の目は、がらりと変わった。その中で今、何を思い、どこを目指すのか。自らの言葉で記していただいた。 


「総括。放送を終えて」 

2023年2月7日 野村良太

あの濃密な日々から、早くも一年が経とうとしている。63日間の記憶はあまりにも鮮明で金輪際色褪せることはない、と書きたいところだが、いつかの日記にも記した通り人間の記憶はひどくいい加減だ。今僕が鮮明だと思い込んでいるあのシーンは、すでに美化された幻想に過ぎない。そしてこれからも少しずつ美化されていくのだろう。(ほろ苦い失敗談だけは増幅されて)

だからこそ、今回このようなご縁をいただき全国放送していただけたことを光栄に思う。映像は記録であり、記憶と違って美化されることは無い。もちろん起こった出来事全てを記録は出来ないけれど、客観的な視点で一つ形となったことが素直に嬉しい。
単独行がゆえの素人感あふれる映像素材がこうまとまるのかとプロの仕事に感服した。この場を借りて感謝の意を表したい。ありがとうございました。

結果的に撤退することとなった2021年の1度目の挑戦からは2022年は大きく計画を変更した。主な変更点は以下の5点だった。
・3月末に出発⇒2月末へ
・襟裳岬から北上⇒宗谷岬から南下へ
・50日間⇒64日間へ
・デポは2か所⇒さらに2か所増やして4か所へ
・全区間スノーシュー⇒佐幌山荘まではスキーで
1度目の撤退から一年後に、懲りずにリベンジすることに迷いはなかった。少しは全体像のイメージがつき、ようやく計画らしくなった感覚もあった。それでも天候など運に左右される部分も大きく、上手くいく可能性は30∼40%がせいぜいだろうと思いながら出発したのだった。

今振り返っても本当に多くのアクシデントが起こって、心配と苦労の絶えない山旅だった。
最初の異変はザックのバックルだった。40㎏越えのザックを背負ってのスキー滑走は体への負担と同じくらいザックへの負担も多かったようで、まだまだ序盤というタイミングでバキッという音とともに肩が軽くなり、バランスを崩して雪面に倒れ込んだ。その後も不定期でいくつかのバックルが割れ、その度にカラビナやスリングで固定することでやり過ごした。
第3デポ地点のヒサゴ沼避難小屋を越えて十勝連峰の美瑛岳手前のテント場(ただの雪の斜面)では、撤収の際にテントポールを雪面に置いてしまい、気づいたときにはカリカリの斜面を見えなくなるまで数100m滑り落としてしまった。あまりに一瞬の出来事に僕はその場に呆然と立ち尽くすしか無かった。
その他にもスキー用のアイゼンが破損したり、2本のストック破損や佐幌山荘のデポ食料のネズミ被害は本放送でご覧いただいた通りだ。最終的には周囲のサポートを受ける判断をせざるを得なかった。
唯一誇れることがあるとすれば、あらゆるアクシデントに対して「どうすれば乗り越えられるだろう」と思えていたことだ。「もうだめだ」と諦めてしまったらそこでこの夢の時間は終わってしまう。それだけは避けたいと真っ先に思えた。それくらいには僕は山が好きでこの計画へ思い入れがあったらしい。

食料事情にも苦労した。
今回の計画では一日あたりのカロリーは3500cal、主食は1食100gのアルファ化米を1日3食(64日間で192食分)とした。雪を溶かして作った水で事前にアルファ化米を戻しておく。お湯だと15分で戻るが、水なので1時間待つ。アルファ米、ペミカン(アメリカ先住民の伝統的な保存食を日本風にアレンジしたもの)、それに乾燥野菜と高野豆腐を鍋にひとまとめに入れ、フリーズドライのスープで雑炊のようにする。こうすれば水を沸騰させる必要がないので燃料節約となる。行動食はもっぱらビスケットとチョコレートにナッツ類。そのほかに紅茶用の砂糖を3㎏、カロリー要員としてマヨネーズ2.2㎏などを用意した。
64日間毎日ほとんど同じものを食べ続けることになる。そう聞くとあまりの無機質さに飽きがきてしまいそうだが、この旅を通して“飽き”こそが重要なのではないかと言う結論に至った。と言うのも、2ヶ月も雪山を縦走していると背負える量に限界があるので3500kcal/1日ではどうしても足りないのだ。1日の食料を食べ終えても満たされないそのときに、美味しいものをバリエーションよく揃えていたらどうだろう。しかも足元にはこの先10日分以上の食料たちがテントの片隅で幅を利かせているのだ。意思の弱い僕ではきっと誘惑に負けてしまうに違いない。

ここまで書き連ねると、さも用意周到な計画力とハイレベルな心技体を兼ね備えていると思われるかもしれない。だが実際の僕は怠惰で大雑把な人間だ。休みの朝はいつもダラダラと寝てしまうし、ましてや毎日日記をつけるようなマメさもない。そんな自分を自覚しつつも、少しでも“理想の自分”に近づきたいと思って生きてきた。この計画をやり遂げられれば少しは“マシ”になれるだろうと信じたかった。
現代社会に守られて街では通じる言い訳も、山はおいそれとは認めてくれない。妥協し楽な方に流されると、見透かされて大きなしっぺ返しを食らう羽目になる。そんな環境に身を置くと山に後押しされるように自然と視線は前を向き成長のチャンスが見えてくる。その感覚が心地よく性に合っているからこれからも山にお世話になるのだろう。

この計画で北海道の分水嶺を歩いていたのは遠い過去の自分だ。あのときの自分のがむしゃらさを誇りに思う。それと同時にあの日の自分に誇れるような今でありたい。
2ヶ月後にはヒマラヤの未踏峰へ向かう計画をしている。初めての海外遠征、高所登山で僕の身体はどんな反応を示すのか。そしてそこで何を想うのか。今からどうにもワクワクが止まらない。

白銀の大縦走~北海道分水嶺ルート670キロ
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