NHK札幌放送局

札幌の「若年性認知症」の女性 新たな挑戦“誰かの勇気につながれば”

ほっとニュースweb

2022年10月12日(水)午後3時40分 更新

ことし9月、札幌市内の教会で小さな音楽ライブが開かれました。
ステージに立ったのは、4人の子どもを持つ52歳の女性。
自らが「若年性認知症」の疑いがあると診断されたことを伝えました。

「いつの日か大事な家族のことも分からなくなってしまうかもしれない…」

不安と闘いながらも、前を向いて一歩ずつ進みはじめた、彼女の新たな挑戦を見つめました。
(札幌放送局記者 浅井優奈)  

“妻の挑戦を見てほしい” 届いた1通のメッセージ

取材のきっかけは、ことし夏、彼女の夫からNHKの「ニュースポスト」に届いた一通のメッセージでした。

「わたしの妻は去年8月ごろ、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。その妻が、人生でやっておきたいことをしたいと、若い時にあきらめていたアーティストとしての活動を始めました。妻の挑戦を見に来てくれませんか」

わたしはさっそく、メッセージをくれたご夫婦に会いに行きました。

彼女の名前は、横山弥生さん、52歳です。
大学院を修了した後、技術者として仕事を続けながら子どもを育ててきました。
今は事務や家族経営の仕事をしています。

積み重なった小さな“異変”

弥生さんに異変が訪れたのは2年ほど前、この頃から頭痛に悩まされるようになりました。
当初は、年齢的に更年期障害かもしれないという診断もあり、原因の分からない体調不良をただ受け入れていました。

しかし次第に、家庭や仕事では、小さな”異変”が積み重なっていきました。
家では、息子に対してこれまでにないようなきつい言葉が向けられることがありました。仕事でも、重要な約束を忘れてしまうミスが起きました。
それでも当時の感覚では「ちょっと忘れっぽいな」という程度の受け止めでした。

そんな状況が続いていた去年の夏、セラピストから、得意なことや不得意なことが分かる知能テストを受けてみないかと言われ、軽い気持ちで受けました。
そのあとすぐに「気になる結果が出た」と連絡があり、病院の受診を勧められました。
そして、病院で脳の血流などを詳しく検査をしたところ、初期のアルツハイマー型認知症の可能性が高いと診断されました。

弥生さん
「いつまでもこのままではない可能性もあるんだっていうのを急に突きつけられたような感じがしました。子どもたちが例えば結婚して、孫ができて、たまに面倒を見てとか頼まれてみたいなことを普通に想像できていたのが、そういうことをもうしてあげられないんじゃないかとか」

後悔しないため“今できる好きなことを”

これからどうなってしまうのだろう。
いつしか家族のことも分からなくなるかもしれない。
診断を受けてから、落ち込む日々が続く弥生さんに、あるとき夫の光紀さんが言葉をかけました。

「いまできること、好きなことをやればいいじゃん」。

光紀さんのこの一言が、弥生さんにとって再び前を向くきっかけとなりました。

“このままやらずに後悔をすることはないか”
そう考えた弥生さんの頭に浮かんだのが「音楽」でした。若い頃にはバンドを組んだり、歌のコンテストに出場したりしていましが、大人になってからは仕事や子育てに追われ、好きな音楽からは遠ざかっていました。

「自分で音楽ライブを開いて、歌いたい」

弥生さんが、若いころからいつかやりたいと思っていた夢でした。

弥生さん
「この先、いろいろなことを忘れても、わたしきっと歌は口ずさんでいると思うんですよね。今のまま生きていて、人生が終わる頃っていうと少し大げさなんですけど、やっておけばよかったなって思うとしたら何かなと思ったときに、やっぱり音楽をもうちょっと、やればよかったなって、きっと後悔するだろうなって思いました」

音楽ライブ開催へ 集まった仲間

弥生さんはさっそく、一緒にライブをやらないかと友人たちに声をかけました。
すると、友人たちは「いいよ」と、すぐに集まってくれました。
そして、とんとん拍子に音楽ライブの開催も決まり、仕事終わりに練習する日々が始まりました。

ライブで歌うのは12曲、すべて歌いきるには心配もありました。
歌詞カードを見ながら歌っても、途中でどこを歌っているか分からなくなってしまうことがあるのです。練習では、1番の歌詞を2回繰り返してしまうこともありました。
しかし、仲間と声を掛け合いながら、時間の許す限り練習をしました。

弥生さん
「最近こういうふうに歌うようになって私は本当に歌が好きだったっていうふうに改めて気づきました。もしかすると、音楽をやるきっかけを、逆に病気からもらったのかなって思います。最初は迷惑かけちゃうんじゃないかなっていう心配の方が大きかったのですが、仲間が受け入れてくれた上で、一緒に解決策を探してくれたりして、うれしかったです。今まで人を信じていなかったわけではないですが、病気をして、なんというか、より関係性が良くなっているような感覚があります」

新たなチャレンジ 支える家族

夢に挑戦する一方、家族との日々の暮らしや仕事は試行錯誤の毎日です。
弥生さんは今、記憶が抜け落ちたり、簡単な漢字が書けなくなったり、スケジュール調整や段取りが必要な料理をすることが苦手になったりしているといいます。
そのため、家事では、料理は夫や子どもが担当、食器洗いは弥生さん、と家族で分担しています。

弥生さん
「負担を減らしてくれるような方法を考えてもらったりとか、みんなでフォローしてくれるような形をとってくれます。家族の仕事を増やしてしまうなという気持ちと、助かるなという気持ちと両方ありますね」

夫の光紀さんは、弥生さんの診断が早くついたことは大きかったと感じています。
診断がつくまでは、弥生さんが発した言葉に子どもが傷つくこともあり、弥生さんとの関係に悩んでいた時期もあったそうです。しかし今ではそれも病気によるものだったと受け止め、対処できるようになったといいます。

夫の光紀さん
「診断がなければ『なんで何度も言っているのにわからないのだ』と家族から責められ、本人は心当たりがないことで苦しむことがあったかもしれません。苦手なことはありますが、周囲の理解と、周囲のサポートでクリアできる部分もあります。新しくチャレンジすることが病気に対して効果があるかどうかはわかりませんが、楽しい、嬉しいという感情を多く刻んでもらいたいです」

「人生は自分次第」 歌に込めた思い

そして迎えたライブ当日。会場には、遠方に住む家族や友人などおよそ60人が集まりました。

弥生さんは、カーペンターズの「Close to You」から、キャンディーズの「年下の男の子」まで、1曲1曲に心を込めて歌い上げました。心配だった歌詞や曲の紹介も思うように伝えられました。

そして最後の曲の前。
弥生さんはあらためてマイクの前に立ち、みずから若年性認知症の疑いがあることを伝えました。

“自分と同じような悩みを抱える誰かの勇気につながれば”
その思いを込めて、集まった人たちに静かに語りかけました。

弥生さん
「自分次第で取り方次第で、まだまだできることだったり楽しめることだったり、何かお手伝いだったりとかしていけるんじゃないかなって、思いたいなと思っているし、思えるようにしたいなと思っています」

弥生さんが最後の曲に選んだのは名曲「ケ・セラ・セラ」でした。
「なるようになる」「人生は自分次第」という意味もあるというこの曲に、自らの思いを込めました。

弥生さんは温かい拍手に包まれ、会場に遠くから駆けつけた娘の実央さんも、そんな母親の姿にエールを送りました。

娘の実央さん
「すごく楽しそうにやってくれてるのが一番、私としても嬉しいなって思います。母とは友達みたいな感じで、本当に私もいろいろ話を聞いて、私の話も聞いてもらってきました。多分ここからまた変わっていくとは思うんですけど、これだけ支えてくれる人が周りにいれば、何とかなるんじゃないかなって思います。好きなところに行って、好きなことをして、人生を楽しんで欲しいなって思います」

“人生でやり残したことがないように”
弥生さんは、これからも家族や友人の温かい支えを受けながら、ライブ活動を続けていきます。

弥生さん
「みんなライブをよかったって言ってくれたのでやってよかったと思いますし、よかったなって思ってもらえるものをなんとかですけど届けられてよかったなって。まずは1人じゃないよということと、もし自分と同じような人がいたら、いろいろトラブルもあるけどできることもまだあるし、できることの方を見ていきたいよねと伝えたいです。前を向いてこれからも進んでいくというか、楽しい経験をなるべくつくっていきたいなと思います」

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