NHK札幌放送局

車いすラグビー白川楓也 パラリンピック挑戦への道

ほっとニュースweb

2022年1月24日(月)午後3時54分 更新

東京パラで銅メダルを獲得し、日本中を熱狂させた車いすラグビー日本代表。北海道には、2年後のパリパラリンピックで代表入りを目指す、期待の若手選手がいます。札幌出身の白川楓也選手(22)が、夢の舞台に向かって奮闘する姿を取材しました。(札幌局 高伽耶)

北海道の期待の若手!パリを目指す白川楓也選手

車いすラグビー日本代表候補の白川楓也(しらかわ・ふうや)選手は、札幌出身の22歳です。
2024年にパリで開催されるパラリンピックを目指し、重要な一戦である今年の世界選手権での初出場を狙っています。

白川楓也選手
「まずは2月の日本選手権で優勝し、世界選手権に初出場したいです。海外の選手たちと戦うのは初めてなので、パラリンピックに向けて経験を積みたいです」

白川選手は幼い頃に体操を始め、高校では体操の強豪校に入学してインターハイを目指していました。しかし、3年生のときに競技中に首から落下し、頸髄を損傷しました。胸から下の運動機能を失ったため、下半身の感覚はほぼありません。両手は自由に動かせますが、握力も半分ほどに落ちてしまいました。

車いすラグビーに出会ったのは、怪我からすぐの半年後のことでした。白川選手が入院していた病院に、函館出身の車いすラグビーのエース・池崎大輔(いけざき・だいすけ)選手が、リオパラリンピックで獲得した銅メダルを見せに来ていたのです。そこで池崎選手に誘われて観戦した試合で、白川選手は衝撃を受けました。

白川楓也選手
「たくさんの車いすの間を、池崎選手がスルスルと素早く抜けていって。車いすがぶつかったときの衝撃もすごいし。車いすってこんな動きできるんだ、かっこいいなと思いました。見に行ったあと、すぐにやろうと思いました」

(右 体操部だった頃の白川選手/左 池崎選手と試合する様子)

さっそく札幌のチームに入り、練習をスタートさせた白川選手でしたが、最初はあまり楽しめませんでした。それまで車いすとは無縁の生活をしていたため、車いすをこぎ続けるだけでも大変です。
一方で、車いす同士を当てることが許されるルールには、怖さもありつつ楽しさを覚えました。ふつう転倒した時、病院では怒られます。しかし、コートの中ではみんながなんてこと無いように笑っていて、開放感がありました。
そうやって、少しずつトレーニングをする内にできることが増えていき、車いすラグビーに夢中になっていきました。

そして、競技をはじめてからわずか4年ほどで、白川選手は東京パラリンピックの代表候補にまで成長しました。しかし、代表入りはかないませんでした。

あまりの悔しさに、当初はパラリンピックの試合中継を観戦しようとすら思えませんでした。その間も日本は順調に勝ち進み、ようやく白川選手がテレビをつけた準決勝。日本はこれまで負けたことのなかったイギリス相手に、予想外の敗北を喫します。日本代表は金メダルを有力視されていただけに、衝撃が走りました。

白川楓也選手
「絶望というか。今の日本代表のレベルでも金メダルはとれないんだなって。あの人たちを超えないと、金メダルには届かないんだって思いました」

課題克服のために立ちはだかる壁

東京パラリンピック後、さっそく白川選手は次のパラリンピックに向けて練習を開始しました。重点的に取り組むのは、日本代表の監督に課題と指摘されている、筋肉と体重の増加です。

激しいタックルの応酬が繰り広げられる車いすラグビーでは、転倒は当たり前なスポーツ。体の軸がしっかりしていないと簡単に倒されてしまいます。
しかし、胸から下の運動機能をほぼ失っている白川選手は、腰回りに力が入らないので、腕の筋肉しか鍛えることが出来ません。
課題克服のためにほぼ毎日、ジムでの筋トレや、体育館で車いすの走り込みに励んでいます。

白川楓也選手
「僕は体の7割くらいは動いてない状態なので、腕の力だけで車いすをこぐしかない。それに比べると体幹や全身の機能が残っている選手とは、車いすをこいだ速さが全然違います。彼らはタックルを受けた時も姿勢を保っていられるし、自分の好きな位置に体を動かせるのでターンが早かったりします」

体重を増やすのも簡単ではありません。
体作りのために大事な食事ですが、胸から下の運動機能をほぼ失っている影響で空腹を感じにくいといいます。おなかが張ることで満腹になったかどうかは分かりますが、空腹感が乏しいため食事をたくさんとることが辛く、練習よりも嫌いだといいます。

それでも食事のあとは、味が苦手なプロテインもかかさず飲みます。
後悔しない結果を残すため、毎日できることを少しずつ積み重ねていきます。

経験不足を埋めるため、高知で武者修行!

白川選手にはもう一つ課題があります。
それは経験不足

北海道は車いすラグビーの競技人口が少なく、試合形式の練習がなかなかできません。白川選手のようにプロを目指す選手もなかなかいないため、いつも1人で筋力トレーニングをするか、車いすバスケの練習に参加させてもらうことで、車いすの扱いなどを練習していました。

代表入りに少しでも近づくためには、さらに経験をつむことが欠かせません。
そこで、思い切って札幌から高知のチームに移籍することを決めました。
その大きな理由が日本代表のキャプテンである池透暢(いけ・ゆきのぶ)選手です。高知出身の池選手は正確なロングパスが持ち味の、世界でもトップクラスの選手。パスを得意とする白川選手にとって一番の目標です。白川選手と同じように選手や施設が少ない地方に住みながら、世界屈指のプレイヤーになりました。

最初はフェリーで片道22時間をかけて高知の合宿に参加していましたが、去年末からは4か月ほど1人で高知に滞在することを決めました。パラアスリートとして所属している大阪の企業から生活費の支援を受けながら池選手のもとで武者修行を始めました。

平日は池選手と一緒に練習し、具体的な練習方法だけでなく、モチベーションの保ち方やストイックに自分を追い込む心などを学んでいます。土日は、他のチームメンバーも集まって試合などを行い、経験を積みます。

白川楓也選手
「北海道の中だと自分より速い選手がいないので、満足のいく練習がなかなかできませんでした。池選手を相手にするのはとてもきついですが、池選手を抜けるってことは、日本の選手も海外の選手も大体抜けるって事になるので、本当にすごく良い練習になっています」

そんな白川選手を、池選手も高く評価しています。

池透暢選手
「地元から遠く離れた高知にわざわざ来て、自分と一緒にトレーニングしたいと言ってくれるのは自分としてもすごくありがたい。まだ経験は浅いものの、どんどん成長しているし、強い気持ちを持っている選手なので、とても期待しています」

誰かに夢を与える存在に、自分もなりたい

パラリンピック出場に向けて一心に努力する白川選手。車いすラグビーに出会えたおかげで、人生が大きく変わったと感じています。けがをしてすぐに池崎選手に出会い、車いすラグビーという心から打ち込める物を見つけたおかげで、前を向くことができたからです。

車いすラグビーに出会わなかったら、もっと生活が不自由だっただろうと言います。
外出一つとっても、車いすの人にとっては坂道や砂利道など障害物を一つずつ乗り越えなければいけない大変な行為。車いすラグビーで鍛えているおかげで、萎縮せずに色んな場所に出かけることが出来ます。

だからこそ、かつての自分のように障害をおった人たちが、自分の姿を通して希望をもってほしいという思いがあります。

白川楓也選手
「障害をおってしまった子たちに、こういう道があるよって示せたらいいなと思っています。だけど、自分が日本代表に入っていないと説得力がない。だからこそ日本代表に入りたいというか、パラリンピックに出たいという気持ちがあります」

憧れの人を追いかけて始めた車いすラグビーで、いつかは自分も人の道を照らす存在になる。
熱い思いを胸にパラリンピックへ挑戦します。

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