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若き新館長 先人の思い次世代へつなぐ

  • 2024年2月16日

北海道旭川市にある、アイヌ民族の文化を伝える「川村カ子ト(かねと)アイヌ記念館」。2023年夏に24歳の川村晴道(かわむら・はると)さんが4代目の館長に就任しました。アイヌの歴史や文化、先人の思いを受け継いで、次の世代に伝えようと意気込む若き館長の姿を追いました。(旭川放送局  山口琉歌)

“国内最古”アイヌの文化を伝える博物館

旭川市にある「川村カ子トアイヌ記念館」は、アイヌ民族の歴史や文化を伝える施設としては国内で最も古いとされています。その歴史ある記念館の4代目館長に2023年7月、24歳の川村晴道さんが就任しました。

アイヌ記念館ができたのは大正5年(1916年)。旭川に陸軍第七師団が移されて以降、和人の入植が急速に進んだ時代でした。

晴道さんのひいおじいさん、川村イタキシロマさんが、当時、アイヌの仲間や子どもたちが好奇の目で見られる状況を憂いて、自宅の敷地内に民具などを展示したのが始まりです。

以来、館長は100年以上にわたり、晴道さんの家族によって引き継がれてきました。

 

“アイヌのことから離れたい”自身のルーツに悩む

幼いころからアイヌの伝統行事に慣れ親しんできた晴道さんですが、みずからがアイヌであることに悩んだ時期も。中学時代、アイヌの儀式に参加する両親を見た同級生からいじめを受けたこともあります。

川村晴道さん
「アイヌということで差別を受けたので、そこでアイヌに対するネガティブなイメージがうまれた。中学校や高校ではあまり友達が多くなく、わりと暗い感じだった」

父親で、3代目館長の兼一さんはアイヌ民族の権利回復や文化継承に熱心に取り組みました。家庭では口下手で、多くを語らなかったといいます。

川村晴道さん
「父は僕や姉、母に対して、家族らしい態度では接しなかった。僕から見たら『父が熱心に取り組む活動のほうが家族よりも大事なんじゃないか』と思ってしまった。父に“アイヌのことをやれ”と言われたこともあったが、やっぱり素直に応えることはできなかった。父が言うから、なおさらイヤだったというのはある」

“アイヌのことから離れたい”と高校卒業後に上京した晴道さん。しかし、兼一さんが体調を崩したため旭川に戻ることに。そこで転機が訪れました。

 

黙々と祈りささげる父  思い受け継ぐと決意

病魔に冒されながらも毎日黙々と神々に祈りをささげる兼一さんの姿を見て、「記念館を引き継がねばならない」という責任と自覚が芽生えたのです。

川村晴道さん
「父も相当覚悟があって館長を続けてきたんだろうなと感じた。神に感謝をささげるアイヌの伝統儀式、カムイノミを見ても、ただ形としてやっているとしか自分は捉えることができなかった。でも、火があって神様がいて、その空間でやっぱり何か感じるものってある。父も『本当に神様がいる』と感じていたからこそ、すごい真剣にやっていたと思う。自分も儀式を執り行うようになると、すべてに対する向き合い方が変わった。昔から続いてきたカムイノミは、準備ひとつとっても決して軽い気持ちでやってはいけないと考えるようになった」

「息子と記念館を頼む」。兼一さんは妻の久恵さんに遺言を託し、この世を去りました。2年後の2023年7月、記念館の新館開設にあわせて晴道さんが4代目館長に就任しました。オープンを祝うセレモニーで、久恵さんは涙ぐみながら参列者にあいさつしました。

晴道さんの母  川村久恵さん
「きょうのこの日を先代の夫にも見せたかった。その夢はかなわなかったが、息子がなんとか館長を引き継いでくれた」

 

館長として木彫りの技術極めたい

24歳の若さで父親の後を継いだ晴道さん。アイヌの歴史や文化、儀式など学ぶことが山ほどあります。そのなかで「ひとつ極めたい」と打ち込んでいるのがアイヌの生活に古くから根づく木彫りの技術です。師として仰ぐのは同じ旭川市出身の木彫り職人、藤戸幸夫さん。国内有数の技術を持つ藤戸さんから指導を受け、晴道さんは「地元のアイヌの目標になりたい」という思いを強くしました。

川村晴道さん
「藤戸さんの作品を初めて見たときに、こんなすばらしいものを作る人がいるのかと驚いた。お目にかかるとすごく謙虚な人。その優しい藤戸さんに『木彫りのことを優先してできないくらいだったらやめろ』と言われた。死ぬまでどれだけのレベルに自分を高められるのかと。それぐらいの気持ちでやらなければいけないと思う。私が木彫りを続けていれば、その姿に憧れて木彫りを始める若者も出てくるかもしれない。そうなればいいと思っている」

 

記念館をアイヌが集い語り合える場所に

伝統を受け継ぐ一方、若い人たちにも興味や関心を持ってもらおうと、晴道さんは地元の小学校に出向いて旭川アイヌの歴史や文化を伝える活動も積極的に行っています。そして、ゆくゆくは記念館を地元のアイヌが集い、未来を語り合える場所にしたいと考えています。

川村晴道さん
「私自身がアイヌであることで悩んだように、同じように悩んでいるアイヌの人も実際にいる。お互いに悩みを共有して語り明かせる、そのような場所が必要だと思っている。それぞれが自分の本音を言って、そのうえでどうするのかというのを一緒に考える、その中心にこの記念館があったらいいなと思う」

「川村カ子トアイヌ記念館」の展示は現在、民具や祭具などが中心です。晴道さんは今後、地元の旭川アイヌや彼らが手がけた作品を紹介するコーナーを設けて、内容をより充実させたいと考えています。「伝統を守るだけではなく、生きたアイヌ文化を伝えていきたい」と話す晴道さん。若き館長の挑戦は始まったばかりです。

2024年2月16日

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