NHK札幌放送局

「絞め殺しの樹」に込めた思い

ほっとニュースweb

2022年8月9日(火)午前9時52分 更新

いま、根室市を話題にした、一冊の本が注目を集めています。 別海町出身の作家、河﨑秋子さんの作品「絞め殺しの樹」。時代は昭和の初期、畜産を営む家に働き手として引き取られた、ある少女の物語です。地元の歴史をもとに執筆したという河﨑さん。込めた思いに迫りました。(札幌放送局・浅井優奈) 

「絞め殺しの樹」の作者、河﨑秋子さんは29歳のとき、実家の酪農をしながら執筆活動を始めました。2014年に「颶風の王(ぐふうのおう)」で三浦綾子文学賞を受賞して作家デビューし、いまは作家業に専念しています。

そして今回の作品の舞台は、根室市。河﨑さんのふるさと、別海町の隣町です。昭和の初期、両親を知らずに新潟で育った主人公の少女は、突然、生まれた土地の根室にある畜産を営む家に働き手として引き取られます。

河﨑さん
「しんどい状況を生き抜いていく主人公にしようという意図がありました。根室を舞台に選んだのは、実家の近所だからというのと、全国の読者からみて、北海道、しかも道東の少し歴史のあるような場所というのは、物語として魅力的ではないかという思いがありました」

保健婦として生きた主人公

作品のきっかけには、ある冊子の存在がありました。それは、地元の別海町のお産の歴史をまとめた資料です。河﨑さんはこの冊子をきっかけに「保健婦」という家庭訪問で健康管理を指導する女性たちの存在を知ります。そして作品では、主人公が戦後は根室市で保健婦として生きた姿を描いたのです。

河﨑さん
「拓殖産婆さんと開拓保健婦さんたちの経験談をまとめた冊子をいただきました。まだ医療が行き届いていない時代のことを知り、その時代の苦しみだとか奮闘を盛り込みたいという思いもありました」

根室市、そして北海道を舞台に、河﨑さんは何を描き、伝えたかったのか。そう尋ねると、河﨑さんは「根室の過酷な自然環境のなかで、家族や地域といった人間関係に悩み、もがき苦しむ主人公たちの様子」とした上で、その主人公たちに込めた思いを語りました。

河﨑さん
「苦しんで悩んで、もがき苦しむ中から何かを見つけられるのかどうかという、そういう人間性を私の小説では問いたいなと思いました。家族や職場、学校のなかの狭い人間関係など、逃げられないなかで自分の望まないような人間関係を結び続けなければならないという苦労は誰しも、程度の差はあれ、あるかと思うんですよね。今回の作品ではそれを家族としての形で顕現したものが大きかった。生まれた環境、生まれた地域、もしくは生まれた人間関係のどの場所に生まれたのかなど、そういったもので逃げられないもの、逃げづらいものはどうしてもあると私は思っています」

言われているほど簡単には割り切れないのが、人と人とのつながり。そして誰もが誰かとの関係にとらわれながら生きている。でもそれこそが人生だと、河﨑さんはいいます。

河﨑さん
「いまは多様性の時代ですから、個人の意思を尊重する、個人の幸せを最大化するっていうことを考えていくと、家に縛られると言うのはものすごいナンセンスだということに単純になってしまうのです。辛いんだったらやめちゃえばいいじゃない、今までのを断ち切って逃げてしまえばいいじゃないということになります。幸福を最大にするには多分それがベストアンサーではあるんだろうけれども、そうはできないところに物語というのは生じると思っています」

生き方を自ら決定し、全うする

物語では、主人公の人生について語った印象的な文が、各所にあります。

「あなた、自分で思っているほど、哀れでも可哀相でもないんですよ(文中より)」
「ちゃんと生きていらっしゃいましたよ。誰しもそうあるように、働いて、眠って、働いて、眠って。立派に生きていらっしゃいましたよ(文中より)」
河﨑さん
「生まれたからには生きなければいけない、死ぬ時までは生き続けなければいけない、本当にただそれだけの淡々としたことなのですけれど、それにどれだけの労力がいるのかということです。生き死にも含めて自分で決定をする、そしてそれを受け入れたからには全うするというのも、私の中では軸としてはあったのかもしれません。それは別に誰かがそれを褒めてくれるわけではないし、それによって本人たちが満足を得られるものでもないかもしれないけれども、きちんと生ききった、その選択を自分で下したということで、その作中のなかで誰かが褒めるわけではないのだけれども、それはそれでひとつの高潔な生き方だというふうにわたしは捉えながら書いていました」

そして作品のタイトル「絞め殺しの樹」。ほかのしっかりと立っている木にしがみ絡みつき、無理矢理のしかかって栄養を吸い取り、中の芯の木が死んでいくまでしがみ続ける木のことだといいます。

河﨑さん
「人間関係のなかで、例えばものすごく真面目で頑張り屋な人がいると、その人をあてにしてしまう人間の弱さは誰しもあると思います。また、絞め殺されている芯の木も、ただ立っているわけではなくて、違った視点から見ると、その木も他の木を絞め殺しているかもしれない。そうした人間関係のイメージを重ねているんです」

人の人生とは、まるで「絞め殺しの樹」のよう。別海町出身の河﨑さんが、根室市、そして北海道を通して全国に伝えたかった、物語です。

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