今年6月、恵庭市のコミュニティFMで初めての試みの新番組がはじまりました。
障害者の就労を支援する事業所に通う利用者のみなさんが、制作しています。
パーソナリティに挑戦しているのは、上野結稀さん。ADHD(注意欠陥多動性障害)など複数の障害があります。19歳で障害の診断を受けてから、一度は人と関わるのが怖くなってしまったという上野さん。自らの障害を隠さずに発信していこうと思うようになったのにはどんなきっかけがあったのでしょうか。
番組動画(放送日から公開します 2ヶ月限定)
事業所の一角がラジオブースに
番組を制作しているのは、恵庭市内にある、多機能型事業所“ノバス”の一角。
ノバスは、障害のある方や通常の就労が難しい方に、就労移行支援と就労継続支援(B型)をしている施設です。

ノバスは、おしゃれなシェアオフィスの2階にあります。
1階はシェアキッチンで、時間によってオーナーさんが変わるカフェ。
利用者は、決まったお仕事があるのではなく、カフェのスタッフをしたり、雑貨を作ったり、デザインや映像制作をしたり、それぞれ別々のことをしています。
自分の得意を生かせる仕事を見つけながら、自分のペースで作業にあたるのがノバス流。
コミュニティFMでのラジオ制作もそんなお仕事の選択肢の一つになろうとしています。

ラジオブースは、事業所の一角のスペースに機材を持ち込んで作り、出演したい人は誰でも参加することができます。
40人以上の利用者の中で、ラジオに関わりたいと20人以上が手を挙げました。
パーソナリティやゲストなどの話し手だけでなく、編集のための文字起こしや、YouTube版動画制作など、みんなが関われるようなチームが作られています。
この日収録していたのは、「障害あるある」について話すコーナー。
障害を隠さず話す
上野さん「過集中なんだよね~。掃除機も充電がなくなるまでやっちゃったり、この前は、コロコロも気付いたら1ロールなくなってた!笑」「わかる~!」

番組のパーソナリティの一人、上野結稀さん。
ADHD(注意欠陥多動性障害)や双極性障害、不安障害などの複数の障害があります。自分の障害の特性についての失敗談を語ると、周りからも「あるある!」と声が上がりました。
いまはこうして、障害について赤裸々に話す上野さん。これまでずっと、障害について隠して生きてきました。
障害がばれたら人生終わり?
障害が分かったのは、19歳のとき。
上野結稀さん
「もう終わりだ~、もう終わりだ~って思いました。しゃべりたいのにしゃべれない。寂しい人間なんだ。ひとりぼっち。」

障害が分かったきっかけは、高校を卒業して勤めた薬局での仕事がうまくいかなかったこと。薬の場所や仕分け方の指示を受けても、周りと同じようには覚えられませんでした。
上司から指摘を受けるのが怖くて夜眠れない日々が続き、病院を受診。
不眠の原因の一つとして、自らの障害が分かりました。
想像もしていなかった診断結果に上野さんは大きなショックを受けます。
まさか、自分に障害があるなんて。
「あのとき障害が分からなかったら、きっと生きづらさは感じてたかもしれないけど、普通に生活できてたと思います。
これから先、(周りの人に)障害だって分かったら、ばれたら、みんな絶対離れていっちゃうって思ってました、ずっと。」
上野さん、本当はおしゃべりが大好きでした。
でも、思い返せば、学生時代、周りとうまくコミュニケーションが取れなかったことや、自分にとっては何気ない一言が友人を傷つけてしまったことがありました。
一度自分に障害があると分かったら、いままでの小さなすれ違いの経験が、障害の特性にひもづいてどんどん思い返されるようになり、「自分は誰とも話してはいけない」とふさぎ込むようになったといいます。
それから7年、親や親友意外とは全くしゃべることができない日々が続きました。
同じように悩みを持つ仲間と出会って
家にこもって過ごす日々が続いていた2年前、
母親の勧めで、事業所ノバスに通うようになります。
そこで出会ったのは同じように障害への悩みを抱えながらも、事業所で自分らしい生活を送る仲間。

最初は編み物などの制作・販売を担当していました。
作業を通じて、他の利用者とも交流できるようになったといいます。
「なんだ。みんなも“そう”なんじゃん。全然一人じゃないじゃん。」
固く閉ざしていた心が、少しずつほどけていき、
気づけば、障害のある自分を受け入れることができるようになっていきました。
ラジオがやりたいならやろうよ!
そんな上野さんの歩みを、見守り、ラジオ制作に踏み出すきっかけを作った人がいます。
事業所ノバスの職員の大杉大輔さんです。
大杉さんは、事業所の利用者と相談しながら、それぞれの得意や好きを生かした仕事内容を一緒に考えてきました。

音楽制作などのキャリアがある大杉さん。
機材の準備や編集なども自分たちだけでできるようにサポートしています。
事業所に来た当初全く話そうとしなかった上野さんとも、マンツーマンで向き合いつづけ、一緒にできることを探してきました。

ラジオをやるきっかけになったのは、
上野さんがふと、学生時代ラジオ局でボランティアをしていたのがすごく楽しかった、という思い出を話したことでした。
大杉さん「去年あたりから、特定の人だけじゃなくて心を開いて、率先して場所の空気を明るくしてってくれるようになってきて。じゃあラジオ、やってみよう、って」
上野さん「もちろんって言いました。(障害を)受け入れたから、逆に発信していこうと思って」
協力したのは地元のコミュニティFM
大杉さんと上野さんは、恵庭のコミュニティFM“いーにわ”に相談へ。
いーにわのプロデューサー三浦真吾さんは、その提案をすぐに快諾、一緒に準備を進めてきました。

コミュニティFMの放送の目的とは、という話から、
ラジオのコーナー企画のアイデア出し、
話すスピードや相づちの仕方など細かくレクチャーしてきました。
“いーにわ”にとって、障害のある当事者が集まって作る番組というのははじめてでした。
打ち合わせを重ねる中、プロデューサーの三浦さんは、事業所のメンバーが持つ「事業所の外へ、自分たちのリアルな考えを伝えたい!」という大きな熱量に驚いたといいます。
この番組が、地域で同じように生きづらさを抱えている人を勇気づけられるかもしれない、と考えています。

三浦さん「困っている人とか、声にならない小さな声って、この地域にもまだまだあるはずなので。そういう人たちが、この番組をきっかけの一つとしてもらって、何か私もちょっとメッセージ送ってみようかなとか、そんなことになればいいなと」
“いーにわ”には、たくさんの市民ボランティアで作っている番組があります。
ノバラジも現在はボランティアとして放送していますが、
継続して番組を作っていくため、ラジオ制作を事業所の利用者の仕事として成立させていくため、今後、メンバーは三浦さんたちと連携しながらスポンサー集めにも挑戦していくとのこと。
なかなか前に進めない人へ
取材最終日。収録していたのは、番組のメインにもなっている“ROAD to労働”のコーナー。
市内のいろいろな立場の人と「働くってなに?」を考えるコーナーです。
かつては、障害を受け入れられず、自分自身の殻に閉じこもっていた上野さん。
「働ける、って当たり前じゃないときもある」と体験してきたからこそ、リスナーに伝えたいことがありました。

上野結稀さん
「障害が最近分かりましたよーとかね、私、元々障害がありますとか、障害ではないけどなかなかもう前に進めないとか。そういう気持ちが私は痛いほど分かる、どれも経験してるからね。立ち止まってしまって前に進めないのは分かる。けど、少しずつ、本当に少しずつでいいと思うんだけど、前に進んでみてほしい。」
ノバラジ
■恵庭市コミュニティFM“いーにわ”(77.8MHz)
■毎週金曜 15:00~15:30
■インターネットでの配信も行っています。
取材後記
障害についてラジオで楽しく発信し、身近に感じてもらうこともノバラジの目指すところ。
そしてそれ以上に、上野さんや仲間たちが、障害について臆せず話しながら「ラジオができている」こと自体が、地域に暮らす人たちへの力強いメッセージとなっていると感じました。
私も別の番組企画のご縁で、函館エリアのFMいるかさんに、少しだけ出演させていただいたことがあります。はじめは自分なんかが出ていいのかしら…と恐る恐るだったけれど、気付いたらついついしゃべりすぎていました…。
自分たちの声が届く範囲がしっかり見えているからこそ、ちょっと近所で立ち話をするように気軽に、自然と伝えたいこと話したいことが見つかっていくように感じたのを覚えています。
コミュニティFMは、ローカルならではのあたたかみのある特別なメディア。
上野さんたちが踏み出した一歩によって、地域にどんなやさしい輪が生まれていくのか、いちリスナーとしても、とっても楽しみにしています。
ディレクター 堀越未生
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