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野村良太×服部文祥 トークイベントほぼ全文公開!

  • 2023年12月21日

『未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~』に関連して、12月13日(水)に、野村良太さんと服部文祥さんによるスペシャルトークイベントを開催。お二人それぞれの登山への想いや面白さ、可能性についてお話いただきました。ほぼ全文文字おこしでイベントの模様をお届けします。

野村良太さんが出演の
『未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~』
現在NHKプラスで配信中です。
再放送は2024年1月1日(月)午後6:05~[総合]

まずはお二人のプロフィールのご紹介。

野村良太さん
1994年生まれ、大阪府出身。大学への進学を機にワンダーフォーゲル部へ入部し、登山活動へのめり込む。大学卒業後は登山ガイドとして活動し、22年4月に史上初の積雪単独北海道分水嶺ルート連続踏破を達成し、植村直己冒険賞を受賞。

服部文祥さん
1969年生まれ、神奈川県出身。K2登頂・黒部縦断など国内外で多くの登山歴を持つ。食料を現地調達し、装備を極力廃した「サバイバル登山」を実践し、自著の「ツンドラ・サバイバル」では第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。

以下、敬称略

(進行:渡部)
「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」関連イベントにお集まりいただきありがとうございます。登山の魅力をさらに知ってもらおうということで、登山家の野村良太さん、登山家の服部文祥さんにご登壇いただきます! 本日はよろしくお願いいたします。

(野村、服部)
よろしくお願いします~。
(服部)
今、2人とも登山家と紹介されたけど、“登山家”とはなんだ、というのはちょっと気になるよね。ぼくは、最初の本で“サバイバル登山家”って自分で名乗ってしまったんだけど(笑)。
(野村)
僕は、みなさんに言われるがままに登山家になっていますが、自らは登山家と名乗ったことはない気がします。
(服部)
あんなかっこいい番組出たんだから、登山家でいいんじゃないの?!
(野村)
ありがとうございます。登山ガイドをやっているので、ガイドと名乗りたいんですが。
(服部)
ガイドおもしろい?

(野村)
おっと、トゲがありますね(笑)。 僕は楽しいですよ。
(服部)
自分のやっている登山と、お客さんがやっている登山は違うじゃん?
(野村)
それは全然違います。そこはスイッチの入れ替えというか。
(服部)
僕は、自分で判断するところが、登山の柱だと思っているから、柱のところをガイドに任せるのは、登山じゃないんじゃないかな?とつい思っちゃうんだよね‥‥‥。
(野村)
そういう見方もあると思います。

ワンゲルとの出会い

(服部)
まず、どうしてワンゲル(ワンダーフォーゲル部)に?
(野村)
僕は大阪出身で小中高校と野球やっていたんですけど、全然うまくなくて。大学(北海道大学)で北海道に来たときに、ワンゲルなら何か北海道らしいことできそうという、ふわっとした感じで入部しました。
(服部)
僕もねワンゲルだったんですよ、東京都立大学の。で、兄貴は北大だったんだよ、しかも水産学部。
(野村)
僕と一緒だったんですね。水産学部は1~2年は札幌で、3~4年は函館なので、入学当初はワンゲルでゆるく活動して、2年でサヨナラのつもりだったんです。でも、いつの間にか海の勉強そっちのけで、山にのめり込んでいて。大学2年のときに、今もお世話になっている山岳ガイドの先輩に山であって、声をかけてもらたったのをきっかけに、そこから先輩の手伝いをして、ガイドという存在を知って、こういう生き方があるのか、と。その頃からガイドになりたいって思うようになって、禁断の休学用紙に手を出してしまいました。
(服部)
休学後にちゃんと、函館に2年間行ったの?
(野村)
行きました!ちゃんと6年かけて卒業しました。函館に行ってからも、大雪山に登りに行ったりしてましたよ。

(服部)
僕は、山岳部とワンゲルと両方入ってたんだけど、人が多いワンゲルにばっかり行くようになったんだよね。
(野村)
高校までは?
(服部)
高校まではハンドボール。でも球技では一流にはなれないと思って方向転換した。若かったこともあって、とにかく野望系だった。ビッグになりたいと思っていたんだよ。
そこで山登りの世界だったら、って思ったんだよね。小さい頃から山で走り回っていたから。あと、本多勝一(冒険論を唱えた)の影響もあって、山登りをやってみたら、身体に合っていて、のめり込んでいったって感じだよね。
本当の野望系だったらちゃんと自分の活動をバーンっとすればいいと思うんだけどどこかでやっぱり怖いと思っていた。そこまでの根性がないから、なんとなくクラブにいて、クラブの御山の大将をやりながら自分の登山を続けていって。クラブの中では御山の大将だけど、登山界全体で見たら、ただいきがっている若者でしかない。そのギャップに自分で気がついていて、あーどうしようかな、みたいな感じだったけど。野村くんはそういうのない?
(野村)
たぶんそれが僕らの世代は‥‥‥っていう話になっちゃうのかもしれないですけど、あんまり野望系ではないですね。
(服部)
そうだよね。
(野村)
自分がやりたいことやってるだけで、やりたいほうにズンズン進んでいって気がついたら、今、ステージの上にいて、人前で話しているみたいな感じなんです。
(服部)
俺も息子がいて、今社会人1年目なんで、野村くんと年齢が近い。息子とか、今いっしょに登っている若いやつとかみても本当に野望でギラギラしたやつはいないよね。
(野村)
僕もその一派な感じかな。でも山にのめり込むきっかけは、ビッグになりたいじゃないけど、少なからず劣等感みたいなところあって。高校はそれなりに進学校にいたんですけど、学業では勝てないなっていうフェーズがあって。アカデミックな方では僕は勝負できないんだろうなっていうのを、今思えば15歳16歳ぐらいの時に感じていたところもありますね。漠然と突きつけられ、じゃあ俺は何をしていくんだと考えた時に、机に向かって勉強系というよりも、フィールド活動するみたいなイメージがすごくあったので。北大は海洋船も持っていて、1ヶ月とか航海して北極で何かをとってきて、研究するみたいなことをやってるんですけど、そういうのできたら面白そうだなぐらいの。頭使って勝負するのは勝てないんじゃないか、という考えがなんとなくあって。外に出たいっていう気持ちが少なからずあったんだと思うんです。そして山に出会って、山にのめり込んで、海はどうでもよくなっちゃったんですけど。

どんな登山を好む?

(服部)
今ガイドの資格はどこまで持ってんの?
(野村)
僕まだ登山ガイドの2しか持ってないです。資格は国際ガイドが一番上にあって、その下に山岳ガイドの2、1ってあって、その下に登山ガイドが3、2、1ってあるので下から2番目ですね。最終的には一番上の資格までとりたい。
(服部)
国際は大変だぞー、いわゆるクライミング系(=ロープなど使って壁を登る)をちゃんとやらないといけない。
(野村)
そうですね。周りから、あまりに(クライミングは?って)言われるのでやったほうがいいのかな?って思っていますが。
(服部)
やったほうがいいでしょう。
(野村)
ただ、本当に自分がやりたいことなのかな?ってちょっととまどっているのが正直なところで。
(服部)
水平系のほうが好きなの?
(野村)
どちらかっていうとそうですね。それこそ“登りの山岳部”で、“水平移動のワンゲル”で、“滑走の山スキー”みたいな棲み分けのイメージで。それで言うとワンゲルでの集大成的な計画が北海道縦断だった。
(服部)
ワンゲルの活動も縦走(=尾根を歩いて旅すること)がメインだったの?
(野村)
クライミングはしないですね。なんかその時間があったら縦走に行きたくなっちゃう。
(服部)
沢登り(=谷や沢を水の流れに従って遡っていく登山)は?
(野村)
沢登りはします。学生の頃は、夏は沢登りばっかりしていたんで。でもそれも、難しいところに1泊2日で沢に行くとかじゃなくて、沢を詰めてカール(=圏谷)に泊まって、今度はこの沢降りてみたいな。それこそ、夏に文祥さんがやっているのに近い感じです。
(服部)
北海道的なやつね。あれのほうがいいよね。沢にクライミングを求めてもね、あんま気持ちよくないんで。やっぱり獲物を求めた方がいい。
(野村)
そうですね(笑)。

(服部)
でも、ヒマラヤはクライミングっぽかったわけじゃん?
(野村)
ダブルアックス(=アイスアックスを両手に持つこと)で登る部分はほとんどなかったです。ロープは繋いでいますけど。
(服部)
あの1回目のアタック(=山頂を目指す日)の、最後のところ、氷がガリンガリンで行くのやめたところの、そのガリンガリンな氷は野村くん見た?
(野村)
僕見てないんですよ。
(服部)
見てないんだ。ダブルアックスは持ってなかった?
(野村)
縦走用ピッケルとアイスアックスという組み合わせだったのと、こんなアップダウンは地図にないはずっていう下りが出てきて、そこを想定したロープとかスクリューとかを最低限しか持っていなくて。この装備でどこまで降りられるかわからないし、この先に似たようなアップダウンがまだあるかもしれなくて、突っ込まないほうがいいんじゃないかっていう判断になりました。
(服部)
なるほどそうか‥‥‥。僕は番組を見ながらガリンガリンでも突っ込めよって思っていた(笑)。

今回のヒマラヤ未踏峰について

(服部)
あの山(=ジャルキャヒマール)はそもそもどうやって見つけたの?
(野村)
番組では僕が主人公みたいになっていますけど、隊長でもなく、僕は先輩(隊長)に誘ってもらう形で、隊の下っ端として参加した身なんです。
(服部)
その先輩は本州の人だよね?
(野村)
隊長は礼文島です北海道の。あとの二人は山梨と、奈良のガイド。

(服部)
隊長がジャルキャヒマールを知っていた?
(野村)
実はその奈良の先輩ガイドが2020年にジャルキャヒマールにチャレンジして撤退しているんです。その奈良の先輩ガイドはネパール政府が公開する未踏峰リストの中から、Google Earthに緯度と経度を打ち込んでなんとなくの斜度のイメージを見て、これなら自分たちもギリギリいけるかなって選んだようですね。
(服部)
その緯度経度は正しいの?
(野村)
まあざっくりですよね。リストにあがっている山の中には、現地に行ったら隣だったみたいなことあるらしい(笑)。
(服部)
ジャルキャヒマールは大丈夫だったんだ?
(野村)
今回は合っていたみたいです。でも隣のもう一個別の名前のピークがあるんですけど、そのピークがこの地図とこの地図で、絶対これ位置違うでしょみたいなのは割と頻繁にあるみたいですね。
(服部)
事前合宿とかやったの?
(野村)
ヒマラヤへの出発が3月の末だったんですけど、年末に八ヶ岳にみんなで集まって合宿して。その後3月中旬に上高地で合宿して、そのまま東京の常圧低酸素室をお借りして自分の傾向(高所に向いているなど)とかをデータで見せてもらいました。それで現地行ったらこんな風になるのかなみたいなのを想像して出発するかんじです。
(服部)
そのデータは高所に強いって出た?
(野村)
いやなんか強くも弱くもない。どっちかっていうとちょっと弱いかもみたいな、そういう感じだったと思います。
(服部)
2つ遺伝子があるっていうよね。その2つが揃っていると高所に結構強くて、1つだと普通で、両方ともないと話にならないみたいな。
(野村)
じゃあ1つだったのかな。
(服部)
番組を見てて時間が足りないんじゃないかなって気はしたんだけど。

(野村)
時間っていうのは?
(服部)
全体的に高所順応する時間が足りない。天野(和明)くんもこの間6000m峰に行ってて言ってたんだけど、昔8000m登っていた時より、6000mぐらいを3週間で登んなきゃいけないほうが辛いみたいな。
(野村)
そういうことですね。2ヶ月、3ヶ月で8000mで登る方が楽ってことですね。
(服部)
そっちの方がゆっくり順応できるから。だからといって6500mぐらいの山のために2ヶ月、3ヶ月もかけられないからね、微妙なところだけど。逆に辛いんじゃないかなっていう感じはしていた。
(野村)
それも含めて僕はもう本当に初めてで。どんな感じなんだろうっていう、良くも悪くも何にも知らないワクワク状態だったので。やっぱり言われている通り、辛いなっていうのをニヤニヤしながら初体験している感じ。ただ、ニヤニヤする余裕がない時もあり、なんとなく順応できてきたなっていう感覚があったタイミングで、悪天候が来てしまったり。
(服部)
俺のK2の時は、日本では俺より強いやつが、5000m以上では全然だめみたいなのがあった。やっぱり高度順応の遺伝子が2つあるかどうかもあると思う。
(野村)
文祥さんは強いんですか?
(服部)
たまたまかもしれないけどK2のときは調子が良かった。僕が隊を登らせてあげたんですよって言っても隊員は怒らないかも (笑)。
(野村)
でも当時最年少でしたよね?
(服部)
そうそう26歳と10ヶ月ぐらいで登ったんだけど、その僕が登頂した時はそれが最年少レコードだったんですね。やった!最年少だ!と思ったら15分後に後輩が登ってきて、僕のワールドレコードは15分しかもたなかった。
(野村)
その話を本で読んだときめちゃくちゃ笑っちゃいましたよ。
(服部)
でも本当にあの時は調子が良かったので。まあ俺が一番ラッセルしたから、(この話しを隊にしても)多分怒らないと思います。
(野村)
そういう意味では僕は今回、中途半端だったかもしれない。
(服部)
隊のトップにあんまり出られなかったのかな?
(野村)
いまいち自分が切り開いている感を得られないまま登山が進み、そろそろ行けるかなと思ったら雪で閉ざされ。悶々としているうちに、体調悪くなってきて‥‥‥となかなか思うようにいかなかったです。
(服部)
現地では毎朝体操しなきゃダメだよ。
(野村)
体操?
(服部)
太極拳やるんだよ。ラジオ体操を超ゆっくりやるの。そうすると太極拳っぽくなる。俺はそれで結構調子が良かったなぁ。あと、K2隊が使ってたのはオメガ3っていうイワシなどに含まれている油。登頂した人たちは、みんな飲んでたと思う。ずいぶん昔の話だけどね(笑)。
(野村)
それを知ってたらな~。次は持っていきます。

他の人と登るということ

(服部)
他の人と一緒に登ることはストレスじゃなかった?
(野村)
どうなんですかねー。基本的に山に入って浸りたい人間なので、うまくいかなくても、晴れててなんか美味しいもの食ったら、あぁよかったってなれるタイプなんで。
(服部)
美味しいものってインスタントでしょ?
(野村)
何食っても美味しいんで(笑)。その状況で、何でもいいから気に入ったもの食べて、そんなに高くないお酒で充分満足できるんですよ。
(服部)
今でもインスタント大丈夫?
(野村)
僕は何の抵抗もないんですよ。
(服部)
俺はもうアルファ米食えねぇんだよー。
(野村)
そういうこと言う人多いですよね。
(服部)
野村くんと同じくらいの頃すごい食べたからなぁ。
(野村)
花粉症みたいに許容量があるんじゃないかみたいなことを言う人もいて。食べすぎるとどっかのラインで受け付けなくなるらしいですね。
(服部)
まあ食えって言われたら食うけどー。できれば食べたくない。インスタントの食事がいやで今やっている獲物系の登山をはじめたという面がある。
(野村)
そういうことですね(笑)。
(服部)
美味いもの食いたい!みたいな。野村くんの前の番組を見て、俺も冬の南北分水嶺をやりたくなったけど、でもまたアルファ米食うのかと思うと、ちょっとなぁ‥‥‥(笑)。
(野村)
僕は63日間で192袋のアルファ米を食べました(笑)。
(服部)
それでも大丈夫?
(野村)
大丈夫です。さすがに下山してきたら、白米の方が美味しいなって思いますけど、山の中で“これは食えない”と思うことほとんどないです。
(服部)
俺はもうガスで調理するのすら、嫌だもん。焚き火の方が美味いよ。
(野村)
そりゃそうなんですけど(笑)。
(服部)
前回は1人で北海道の宗谷岬から襟裳岬まで行って、今回は4人で行ったわけじゃん。そういうなんか人間関係ストレスみたいなのはない?
(野村)
結果的に今回はそこがあまりうまくいかなかった面はあるので、“ない”とは言いづらいです。
(服部)
番組見て、そうなんだろうなーっていう気はした。
(野村)
でも僕自身はそんなに気にならないというか、うまくやれるタイプなんだろうと思います。だから僕自身はそんなにストレスなかったんですけど、みんなも仲良くやってほしいんだけどなーみたいな感じでしたね。でも、僕ももう少し主張をすべきだったかもしれないと感じていて‥‥‥。僕自身の主張があんまり出せていないのかなと思う場面もあったり。なんか全部にいい顔していても、それで登山がうまくいくとは限らないと思うので。
(服部)
どっちかっていったら、野村くんはついていった感じだから?
(野村)
そうならないようにしようと思いながら出発したんですけど、どうしても後から振り返ると、そういう一面があったのかなと思っちゃいますね。
(服部)
特にあの2つの番組比べるとねー。北海道南北分水嶺縦断の方が、思い入れを感じるよね。

(野村)
そうですね、北海道の縦断は北大ワンゲルで培った10年間の集大成だと自分の中で思っていた計画だったので。
(服部)
集大成だよね。
(野村)
トータルで人生を長い目で見た時の第一章があるとしたら分水嶺縦断で一章がおわり、今回のヒマラヤ遠征が、第二章のスタートだろうなっていう位置づけです。それを番組にしていいのかっていう問題もあるんですけど。

番組化への想い

(服部)
北海道の縦断もそうだけど、番組にするっていうのはどういう経緯で?
(野村)
一番最初はお世話になってる先輩ガイドに南北分水嶺縦断の計画は無理だと言われて。でもその後に、もしできるとしたらすごい計画だと思うんだけどメディアにアピールとかしてんのかって言われまして。その先輩がNHKの自然系番組の撮影のサポートをしていたので、知り合いのディレクターを紹介してもらうという感じでスタートしました。
(服部)
自分の登山を番組にすることへの抵抗みたいなものはなかった?
(野村)
この計画すごいだろうって言えるくらいの計画なような気はしていたのですが、番組化するということは、少なからずちょっと抵抗感というか、自分の中の矛盾みたいなのはあったと思います。でも実際にディレクターの方とお話しすると、縦走にはまったく同行しないということなので、それならやってみたいなと思う部分もありました。僕は、ついてきてほしくないなっていうのがまず一番にあったので。
(服部)
なるほどね。

(野村)
撮影にちょっとでも意識が奪われて自分の判断基準がブレるのは嫌なんですけど、今までも山で写真は撮ったりしているし、(動画撮影も)同じ感じかなと‥‥‥。しかも最悪番組にならなくてもいいというスタートだったので、まさかこんな感じで全国放送になるとは、当時はまったく想像しないままスタートしました。
(服部)
嫁が見てたよ。俺は放送のときは家にいなかったんだけど。あの番組が面白くて、いまここに集まってくれた方も多いと思いますよ。
(野村)
ありがとうございます。
(服部)
それで有名になっちゃったわけじゃん。簡単に言えばじゃあ次はヒマラヤだみたいな。
(野村)
分水嶺縦走に行く前からヒマラヤってどんな場所なんだろうなっていうのは漠然と思っていて。
(服部)
他の3人にはさ、今回もNHKの番組になるって言ったの?
(野村)
話をしたのが、1回目の八ヶ岳の合宿の時にテントの中で。どう思いますか?って聞きました。みんなの負担にならない範囲じゃないと、ぼくも番組化は嫌ですって話しながらも、最終的にはいいんじゃないかということになりました。今そういうチャンスがあるのに断る理由もないかなぐらいの。
(服部)
実際にヒマラヤで撮影していて、それが他のメンバーのストレスになったりしてなかった?
(野村)
他のメンバーがどう思ってたか完全にはわかりかねますけど、ストレスゼロではないでしょうね。僕はそういうことに無頓着で鈍感なタイプなんで、そこまでストレスは感じていないですが。
(服部)
カメラ回ってるからサービスしなきゃみたいなこととかも?
(野村)
いい顔しようっていうのは無意識には誰でも出ますよね。
(服部)
山野井(泰史)さんがマカルーの西壁行ったときも、いつ行くんですか?とかディレクターはぜったい聞かないんだけど、やっぱり取材スタッフがなにを考えているか想像してしまうっていってた。俺も情熱大陸のとき落っこちたじゃん。ちょっとサービスしすぎたなって気がする(笑)。なんか判断に雑音みたいなものが入ってしまう。雑音というか、登山に直接関係ない何かが入ってくるんだけども、それがモチベーションというかエネルギーになる部分もあるので、何とも言えないけど‥‥‥。
(野村)
今回は撮影に同行するのはベースキャンプまでだけにしてほしい、その上は自分たちだけで行くんだっていうところは、一つのラインとさせてもらいました。あくまで自分の動機で動き続けたいなって思っています。
(服部)
そうだよね。次、ネパール縦断してみたら?
(野村)
(笑)それたしか関野さんにも言われたんですよね。
少し失礼かもしれませんが、こういう風に周りから言われて、それいいですねーって言って、やるイメージはあんまりないんですよね。
(服部)
そうだよねー。発想っていうのは、そういうもんじゃないからね。
(野村)
発想は自分の中から沸き出てこそだと思ってます。ただ、いろいろな話を聞いて、そういう発想もあるのかーじゃあ自分なりのこっちかなっていう参考にはなりますね。
(服部)
俺はあんまり言われたくないタイプかな。
(野村)
インスピレーションになることはあると思う。自分の中だけで閉じ込めていると、もんもんとしてよくわからないものが出来上がるだけなので、僕はたまに刺激も欲しい。

文字表現の話

(野村)
文字表現の話をお聞きしたいなと思っていたんです。
(服部)
文字表現ね…面白い原稿書くのって結構大変なんですよ。まず本をたくさん読まないと!自分が面白いと思う本はちゃんと読む。でも、執筆に関するアドバイスはちょっと偉そうな話になっちゃうんだよなぁ‥‥‥。
(野村)
ぜひ、聞きたいです。
(服部)
今後山登りの世界で生きていくわけだよね。ガイドでもちろん金稼ぐっていうのはあるわけだけど、例えば動画系のメディアとか、俺がやってる文字表現とか、そういう方面もイメージしている?
(野村)
ガイドになりたいって決めたときに一番最初に思っていたのは、ガイドってどっちかというと肉体労働のわけじゃないですか。体で稼ぐ仕事と、脳みそで稼ぐ仕事と2本の柱が欲しいなっていうのは学生の頃からずっと思っていて。動画系は多分苦手で…文章を読むとか書くっていうのはすごく好きなので、そっちの方で芽が出たらいいなと思っています。
(服部)
どんどん読んで、どんどん書かなきゃダメだね。俺はかなり読み物が好きだったから。もともと文学部だし。山登り始める前から、物書きになりたかったので。
(野村)
あ、そうなんですか。

(服部)
本多勝一には憧れてたし。高校生ぐらいの時はやっぱ日本の文豪、芥川龍之介とか、井伏鱒二とか梶井基次郎とか、夏目漱石ももちろんそうなんだけど、カッコいいなと思ってたんだよね。特に芥川龍之介はカッコいいなと思っていて、こういう人になりたいなって。芥川龍之介は『杜子春』とか『蜘蛛の糸』というイメージだけど『地獄変』っていうすごいカッコいい作品があるんで、ぜひ読んでみてください。
(野村)
はい読みます!
(服部)
『地獄変』を読んだとき、うわーこんな作品書きたいなーって思ってて。ちょうどおばあちゃんがワープロを買ってくれたんだよね。それでカチャカチャ小説を書こうと思ったら、書くことがない。自分の中が空っぽだと書けないんだなって気がついて、もっと人間としての経験が必要だと考えて、山登りを始めたところもあるんだよね。
(野村)
じゃあ、書くために登っている?
(服部)
いや、文字表現にすごい興味があったんだけど、山登り始めたら登山表現のほうが面白くて、しかも周りの人より自分はちょっと上手くできるなっていうのがあったから、ぐわーって登山にのめり込んで行った。文字表現をちょっと横に置いといたんだけど、ぐるっと回ってまた文字表現のところに戻ってきた感じかな。
文字表現が好きだったけど、いきなり大学卒業してライターとかになれないだろうなと思っていたので、関係のある出版社で修行して、後々は文筆業で生きていくんだ、みたいなことを一応思ってたんだよね。そしたら運がいいことにというか、気がついたら本に書くべきものが自分の内側に溜まってた。それを拾ってもらって本にして、今ここに至るという感じ。表現者に憧れていて、アーティストになりたかったんだよね。
(野村)
野望系でアーティストになりたかった?!
(服部)
とにかく自意識過剰なんですよ。でも絵描きにはなれないし、歌も歌えないし。自分は本が好きだったから、もしかしたら文字表現だったら何か出来るかなーという思いがあって。
僕はね、村上春樹が好きなんですよ。それを言うと結構驚かれるんですけど。村上春樹を親父と呼んで、村上春樹の真似をしているつもりなんですよね。全然ちがうじゃんって言われるけど(笑)。
(野村)
え、どういうことですか?
(服部)
会ったこともないのに偉そうな言い方になるけど、村上春樹は文字で世界を表現するということが、どういうことなのかをすごい考えて、モノを書いている。文字表現が得意なことは何なのかということを意識して文字列を組んでいかないと、うまく作品になっていかない。恐らく昔は、山行記を日記として出せば成立していたと思う。今は、そういう時代ではなくて、読み物として独立した作品でなければならない。ウソは書いていないけど、取捨選択して分かりやすくしたり読みやすくしたりしているのも、矛盾のようなものは常に感じている。
(野村)
そういう部分は僕も気になっていました。
(服部)
最近、服部文祥の本は、私小説として読んだら面白いっていう投稿をSNSで見つけて、最初はバカにされている気もしたんだけど、小説として読んでもらえるということは一つの作品として捉えてもらっているわけだから、正しいアプローチだし、褒めてくれているのかなとも思ったんだよね。
(野村)
このエピソードは本になりそうだなとかは現地で思い浮かぶのか、あるいは、全部終わったあとにこの冒険はこうだったなってなるのか、お聞きしたいです。
(服部)
いやぁいろんな矛盾がそこに含まれているので。具体的に細かい話しをすると、山入って、これはエピソードとして面白い!ってなったときは、地図のウラにひとまとめで書いちゃうこともある。こまかいことは地図に単語を書いておけばあとで思い出せる。角幡くんは、例えば選択肢Aと選択肢Bがあったときに、どっちを選ぶかって言ったら、本にしたときに面白いほうを選ぶって言うんだよ。
(野村)
それはもう、作家ですね。
(服部)
俺はね、そこまではしない。しないけど、ある程度あやうい状況に自分を突っ込んだり、ある程度自分にリスクをかけないと、面白いエピソードは出てこないんだよね。
(野村)
計画通りうまくいっちゃったら、なんの起承転結もない、きれいな登山で終わっちゃいますもんね。
(服部)
でもリスクをかけすぎると死んじゃう。だから最近はもう犬(ナツ)に期待ですよ。
(野村)
それはもう、予想できないから、どう転んでも面白いぞっていう(笑)。それは素晴らしいですね。
(服部)
特に大きい獣との出会いっていうのは、まったく同じことがないから。殺しちゃうからドラマって言ったら獲物に悪いんだけど、でもやっぱりね、ドラマがある。そういう意味では、出会って殺して食べる獣にも期待しています。最近はナツがよく働くようになったんで面白い。「山旅犬のナツ」っていう本が一番新しい本ですので、ぜひ。
(野村)
やっぱりナツと山に一緒に行くというのは、新しい感覚を求めているというか。
(服部)
犬は予定調和じゃないじゃん。ナツの活躍で獣に出会ったり。しかもナツが、今までに見たことなかった能力を発揮したりする。こんなことってあるんだっていうのが、小さいことから大きいことまでいろいろあるんで、犬は面白いよね。
(野村)
ぼくはまだまだ未熟なので犬を相手することはできないですが、北海道の縦断が面白い番組になっているとしたら、スマートに縦断したわけではなくて、ポールが折れて、食料をネズミに荒らされてとか、思うようにいかなかったから‥‥‥。
(服部)
あそこは、ネズミ食べなきゃ~。

(野村)
食べてはないんですけど、捕まえてストーブに入れました(笑)。
(服部)
食えばよかったのに~(笑)。山のネズミは全然汚くないからね。ネズミに食べられた食料も大丈夫だから。
(野村)
フンも混じっているのがあって‥‥‥。
(服部)
それはさすがにねー。でも、そのやられた分の食糧の補填で、ネズミ食べちゃえばよかったんだよー。それ食べてたら、本になってたね(笑)。
(野村)
ぼくはそういうタイプではないので(笑)。
(服部)
獲物系はまだかなぁ。
(野村)
でも、いつかは狩猟免許とりたいとは思っています。文祥さんや、角幡さんの本を読んでいると、どんな世界なのかはすごく気になります。それがいつになるかは分かりませんが。アルファ米の物足りなさを感じるときがある気はしているので。獲物をとりはじめたら戻れなくなりそうですもんね。
(服部)
そう、戻れなくなるのよ。だから今のうちは、ちゃんと登山をしたほうがいいよ(笑)。
(野村)
ヒマラヤに行って、村で日本人が来たぞってなって、裏にいるニワトリをその場で捌いてくれたんですけど、目を背けないようにしました。
(服部)
それ、うまかった?
(野村)
すごくおいしかったです。
(服部)
じゃあ、若いニワトリを選んでくれたんだね。獲物系はまず、釣りからでもいいかもね。
(野村)
釣りは多少、やっています!
(服部)
お、いいね。

イベント来場者からの質問

質問)結婚して山に行くことや、生活で変わったことなどはありますか?

(野村)
僕は今のところ、特に変わっていなくて。文祥さんはどうですか?
(服部)
個人的には、結婚というより、子どもが生まれて、これで山で死んでも遺伝子が残るなって思いましたね。だから子どもが増えても、僕はあんまり家庭をかえりみず、山登りを続けてました。長男が生まれて2年ぐらいは年間100日ぐらい登ってて、次男が増えて80日ぐらいになって、3人になっても80日ぐらい。山は仕事だから、我が家は俺の山登りで生きてるからって言ってた。これやめたら、うちは食っていけないからね、っていうのがあったんで、大丈夫でした(笑)。でもね、繁殖はね、面白いよ。
(野村)
ははは(笑)。繁殖ですか。
(服部)
そう。子どもは、面白いよね。で、山登りは登ったら自分の手柄なんだけど、子育てとか繁殖は、育ったら俺の手柄じゃなくて、それはやっぱり本人のものなんだよね。人格として自立してくるんで。だから、そういう意味で、ちょっと寂しいところもあるけど、でも子どもを育てるのは面白い(笑)。

質問)お二人のおすすめの美味しい山ご飯は?

(野村)
マヨネーズが重宝しました。
(服部)
マヨネーズはチューって吸うの?
(野村)
いや、ご飯にかけて食べます。10日目以降ぐらいになると、油を欲している感じがあって、マヨネーズがささります。カロリーの塊って感じ。文祥さんは?
(服部)
なんでもかんでも美味いんですけどね。でもね、鹿はね、うまみってことに関しては、熊とか狐とかよりは少ないですけど、ずーっと食えるっていうか、主食になるぐらいの感じ。お米みたいな、お米っぽい肉みたいな感じです。食い飽きないっていう意味では、鹿の肉はいいですね。エゾシカは特に美味しいです。
(野村)
あまり鹿肉は(質問者の方には)参考にならないかもしれない(笑)。分水嶺縦走のときはアルファ米でしたけど、山に行って自分でお米を炊くのが好きなので、普段は生米を持っていってます。文祥さんのように焚き火で炊いてないんですけど、炊いたご飯はうまい。ガイドのときも基本は生米です。
(服部)
最近北海道産のお米おいしいよね。
(野村)
そうですね。
(服部)
北海道のご飯おいしいなぁ。まあ、気候の変動の影響もあるのかもしれないね。

本当にありがとうございました!

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