NHK札幌放送局

馳 星周×鈴井 貴之 後編

北海道道

2020年10月23日(金)午後0時00分 更新

直木賞作家・馳星周さんと鈴井貴之さんの対談。 後編は、馳さんが見る社会の移り変わり、直木賞受賞の本音、 そして、故郷・浦河町への“リターン”について。二人のトークはますます盛り上がりました。

※前編はこちらです

時代の移り変わりー震災・コロナ

鈴井:「不夜城」のデビューから根底にあるものは変わってはいないと思うんですけども、多岐にわたる様々な作品を世に出してきて、いろんな作品を書く背景として、社会の移り変わりとか、そういうようなものを感じて書かれていたりするんですか。

馳:現代を舞台にする小説を書く限り、やっぱり社会情勢を無視した小説というのは、僕だけじゃなくて誰も書けないので、それはあると思いますね。例えば、今、新型コロナウィルスで世界が変わりつつありますけれども、これから今後書かれる現代を舞台にした小説から新型コロナのない小説っていうのはなくなるはずなんですね。例えが悪いですけど、スマホが登場して、スマホの登場しない現代を舞台にした小説っていうのは無くなったんですよ。だってみんな持っているんだからないのは不自然じゃないですか。僕はガラケーなんですけどね。

鈴井:ああ、そうなんですか。

馳:だから時々編集者にこんな使い方しませんとか、指摘されるんですけど。それと同じで新型コロナがこうなってしまった以上、新型コロナ抜きの世界は描けない、そういうことは僕に限らず小説家みんなそういう枠にとらわれて仕事をしてかなきゃいけないっていうのがあると思います。

鈴井:じゃあ、本当にある種コロナ以前、コロナ以降っていう、そういう岐路に立っている。

馳:と思いますね。

鈴井:今までで、何か大きな自分自身で感じることってございました?

馳:東日本大震災じゃないですかね。結局、それまで一番簡単って言えば原発ですけど、みんな何となく危なそうだなと思いながらそのままにしてきたのが、何かあったら本当にやばいんだぞってことが暴かれてしまったわけじゃないですか。だけど、それをまた無かったことにしようとしている日本の社会っていうのがあって、そういうなんていうのかな、みんなが日常だと思っている社会にひずみがあらわれるっていうのは、小説家としては敏感に反応しちゃいますね。

鈴井:今、ひずみという表現をなさいましたけど、やっぱりそういうところは無視して作品は描けないと。


時代とのシンクロニシティ

馳:描けないですね。あと面白いのは、その東日本大震災のちょっと前に、僕が「光あれ」という連作短編集を出しているんですけれども、敦賀の原発を舞台にした小説なんです。それを書き終えた直後に東日本大震災があって、今回も新型コロナウィルスで非常事態宣言が出されるちょっと前に、奈良時代を舞台にした「四神の旗」という、藤原不比等という男の4人の息子を書いたんですけど、この4人の息子とも権力を握った後に天然痘でみんな死んじゃうんですね。自分では考えてもいないんですけど、馳さんは時代を先取りしている感があるとか、よく言われますが、全然そんなこと考えてないですよ。たまたま原発の話を書いたら原発事故が起こるし、ウィルスで死んじゃう男たちの話を書いたら世界にウィルス広まっちゃうし。何か変なシンクロニシティみたいのはありますね。

鈴井:それは本当にご自身としては偶然・・・

馳:偶然です、偶然です。

鈴井:何かきっかけが、あるわけでは・・・

馳:ないです。藤原不比等の息子たちの話っていうのは、3年も4年も前から書くとは決めていた話だし、原発の話は、たまたま何かの取材で福井県を訪れた時に国道に大きな遮断機があったんですよ。これは何って聞いたら、もし原発に何か起こった時に交通を止めるためのものだって。「お前ら原発は事故は起こらないって言ってんじゃねえか」って、それで興味をもっていろいろ調べて書いたもので。その後に事故が起こるとかそんなこと全然思ってはいないですね。

鈴井:遮断機を見て小説を書こうと思われたという話ですが、やっぱり日常生活の中のあるきっかけがあって?

馳:そういう場合もありますし、全然そうではなく机の前で、ああどうしよう、もう新しい連載はじまるし、締め切りも近づいているのに何にも頭にねえなあって言って、とにかく締め切りが来たから何か書こうっていって書き始めるときもあるし。いろいろあります。ケースバイケース。

鈴井:今お話をお伺いしていると、非常にいろんなパターンがあるんだなっていう。作品もそうですね。

馳:そうですね。結局それでじゃあ、遮断機からきっかけになるとか、もう締め切りが来たからしょうがなく書き始めるとか、何とかそれで書けちゃうのは、一番最初に言ったいっぱい物語を読んでみているので、それに対応する構造が浮かんでくるんですよね。

鈴井:書けないな、書けないな、どうしようどうしようみたいなことっていうのは・・・

馳:だから「少年と犬」も、一番最後におさめられている「少年と犬」というのは、実は一番最初に書いたんですね、雑誌に発表した時は。あれも犬の話を俺が書いてやるって言ったけど、何も考えてなくて締め切りが来ちゃう、どうしよう、どうしよう、どうしようで、とりあえず書いちゃえって書いて、一番最初に書いたのを、結局一番最後に持ってくることになるんですけど、とりあえず締め切りが来ているので、書き始めた。


直木賞は頭になかった

馳さんは今回の直木賞受賞の知らせを、故郷の浦河町で聞きました。
「文学賞は面倒くさい」とぶっちゃけますが、地元の人々に祝福されたことは最高にうれしかったそうです。

鈴井:どうしよう、どうしよう、どうしようで書いたものが直木賞取ったんですか?

馳:そうです。

鈴井:それは、すごいですね。

馳:結構みんなそうなんじゃないかと思いますけどね。

鈴井:そういう賞というのは、取ろうとして取るものじゃないんですね。

馳:違います。賞のことなんかこれっぽっちも頭にはないですね、やっぱりね。

鈴井:今回だったら7度目のノミネートでというところの、さすがにとか、そういうプレッシャーとかも

馳:ないです、ないです。なんだろうな、もらえれば嬉しいけど、もらえなくても別に俺のやることに変わりはないよという感じですね。だから結局、今回も苦節7度目とかいろいろ新聞とかに書かれていたけど、苦節じゃないし、しかも俺は立候補したわけじゃなくて向こうが勝手に候補に選んでいるだけなんで、「俺関係ないけどなあ」みたいな感じですよね。もちろんもらえたのは嬉しいですよ、ありがたいと思っているんだけど。なんだろう、直木賞って候補になるだけでもいろいろ面倒くさいですよ、前取材だとかいろいろあって、「どうせ落っこちるのに馬鹿だなこいつら」とか思いながらやったり、すごく面倒くさくって、もう本心は、もういいやってずっと思っていたんですが、本っていうのは、僕が書いて僕の名前で出るんですけど、商品になって売られるまではいろんな人が関わっているんですよね。一番は編集者なんですけど、編集者たちがどうも馳さんに何としても直木賞を取って欲しいと思っているらしいっていうのが何となくわかるんですよ。だから俺が面倒くさいからって言って候補になった時に断るのは、編集者がかわいそうかなっていうのがあって受けていただけで、別に落選したからって落ち込むこともないし、今回もらえて嬉しかったですけど、舞い上がることもないし、だから本当にぶっちゃけた話、もう妻が毎日税理士さんと話して、税金対策どうしようって(笑)

鈴井:リアルな現実だ(笑)


故郷・浦河町の再発見

去年から、夏の間を浦河町で過ごすようになった馳さん。実に30年以上ぶりの故郷での生活。きっかけは、意外なものでした。

鈴井:それで、浦河のお話をちょっとお伺いしたいなと思うんですけども、そもそもはずっと戻っては来てなかったんですか?

馳:全然ですね。十何年前に祖母が亡くなって、その葬儀で来たくらいです。祖母が亡くなるともう親類縁者も浦河に居ないので、母は今札幌にいますし、なのでほとんど来ようとも思ったことなかったですね。

鈴井:聞くところによると、NHKの俳句の番組か何かで・・・

馳:そうです。一昨年にちょうどNHKの「俳句王国が来る」っていう番組なんですけど、浦河でロケをやるんで、浦河出身の馳さんにゲストで来て欲しいと。俳句なんか知らないし、何言ってんだと思ったんですね。最初断ろうと思ったんですけど、ちょうどその頃から僕と妻の2人で競馬にはまっていて。それまで馬なんか嫌いだったし見向きもしなかったんですけど。

鈴井:そうですよね、馬の産地である場所で生まれたけども逆に。

馳:なぜかいろいろあって競馬にはまっていて。妻を浦河に連れてきたのは祖母の葬儀の時だけで、葬式が終わったら忙しかったので帰ったし。この機会を逃したら妻に浦河をゆっくり、俺の生まれたところをゆっくり見せる機会もないし、どうせ今、競馬を好きになっているんだから馬産地見せてあげたいし、これがもしかすると俺が浦河にくる最後になるかもしれないなあと思って引き受けることにしたんです、出演を。それが2年前で、番組のロケがあったのが7月の半ばなんですが、その年の内地は酷暑で、猛暑で、7月の頭位に梅雨が明けてから連日都会は35、6℃とか。うちは夫婦でどこか出かけるときは犬を買った犬舎に預けるんですよ、一番安心だから。その犬舎が浜松にあるので浜松に立ち寄って犬を預けて、名古屋のセントレア空港から千歳に飛んだんですけど、もう名古屋が午前中で35℃とかになっていて、どうなるんじゃこれはと思って、千歳に来たら千歳は22度で浦河が18度だったんです。いやあ、こんなに涼しかったっけって思いましたね。
道民は暑いと思ってると思うんです、今年の夏なんかね。実際僕も2か月いるんで暑いんですけど、内地の人間からしたら天国なんですよ、それでも。こんなに涼しかったんだ。それで昔に比べて町もきれいになったし、僕は普段長野に住んでいるんで、長野って周りは険しい高い山ばっかりで視界が開けてないんだけど、やっぱり北海道は、バーンと視界が広がっているし、食い物うまいし。その番組収録している時の控室に浦河の町長さんが挨拶に来られて、その時にぽろっと「いやあ、町長、涼しいですよね、浦河。夏の間だけ浦河で過ごせませんかね」って。犬のことが頭にあったんですけども、僕の住んでいる軽井沢は避暑地として有名なんですが、温暖化で全然暑くて。

鈴井:夏、暑いんですか。

馳:30度平気で超えるようになっているので、特にそれで、気温だけじゃなくて湿度も高いところなので、もうムシムシなんですよ。犬の為に軽井沢行ったけど、「夏、かわいそうだなこいつら」と思っていた時に、浦河があまりにも涼しいので、「夏の間だけ過ごせませんかね」ってポロって言ったらトントン拍子に話が進んで、いろいろやりますから是非来て下さいみたいな話になったので、じゃあ、行かなきゃ駄目だよなみたいな。去年来て、一番の心配は妻だったんです。妻は東京生まれの東京育ちなので、1週間くらいならいいかもしれないけど、2か月もこんな田舎町で過ごして大丈夫かなと思ったら、全然妻も気に入ってくれて、それでもう毎年来ようということになっているんですけども。

鈴井:じゃあ、これからは夏は浦河で過ごされるという生活なんですね。幼少期、子供のころは田舎町嫌いだったいうお話でしたけども、今実際に浦河に来てどうなんですか。

馳:逆にいうと、田舎だからいいなと思っていますよね。

鈴井:田舎嫌いだったのが田舎が好きに・・・

馳:田舎だからいいです。東京が好きで東京に行きましたけど、やっぱり田舎者なので、人混みが本当に嫌いなんですよ、今でも嫌いです。だから歌舞伎町とかで飲むときも、駅から歌舞伎町までは路地、路地、路地を進んで歩くんですね。大通りが嫌だから。軽井沢も普段は静かな町なんですが、ゴールデンウィーク、お盆とか鬼のように人が来るんですよ。鬼のように車の渋滞が始まって、嫌で嫌でしょうがなくて。それが、浦河来たら全然だし。ちょっと信号待ちが出来ると、浦河の人はチッて舌打ちするんですけど、こんなの渋滞のうちに入んないからって(笑)。もちろん町は人口が減って大変なんだと思うんですけど、逆にこれが変に発展して10万人とかの町になっていたら来ないと思います。税収も含めて本当に皆さん大変だと思うし、それもあっていろんな移住者を募ることをいろいろな自治体がやってるじゃないですか。100人、200人だったらいいけど、もしそれで1000人とか来ちゃったら、それはそれで町が変わっちゃうとこの町の魅力が失われちゃうよとは思うんですよね。そこをどうバランスをとるかっていうのが難しいところだと思うんですけど。


浦河町での生活

鈴井:そもそもは田舎者なんだからっていうお言葉ありましたけども、今までとは全然違う生活環境になるわけですから、その辺のところの変化とかは。

馳:でもね、生活環境の変化といっても、普段軽井沢に住んでいて、僕も妻も新型コロナの自粛の前からずっと自粛生活をしているような感じなんです。あまり外食もしないし、2人で飯食って、妻は外食の時以外は酒は飲まないので1人で晩酌してってやっているので、要するに浦河来てもやっていることは変わらないわけですよ。だからそんなにないですね、環境の変化で戸惑うということは。逆に涼しくていいなあと思っているだけで。

鈴井:かつて子供のころ思っていた自分の町と、今、大人になって犬と生活している町が全然変わったわけですね。

馳:そうですね。

鈴井:年齢的なことっていうのはありますか。

馳:あると思います。やっぱり50代だからだと思いますね。40代だとまだいろんなことに未練があって、東京に行くのにすごい手間がかかるじゃんとかはあると思うんですけど、もう50歳を過ぎてから東京にはできれば逆に行きたくないくらいなので。新型コロナがなくても、何かね、新幹線で東京駅に降りた瞬間からみんなイライラしてるわ、大勢でうごめいている人たちのなんていうんですかね、負の感情みたいのが渦巻いている感じがしてものすごい疲れるんですよ、東京1日いるだけで。

鈴井:僕もやっぱり田舎者ですからね、東京の仕事、日帰りにします(笑)必ず泊まらないで、日帰りでお願いしますっていう感じで。僕も10年前から実は森の中で生活しておりまして、僕もそもそも若い頃はネオンが大好きっていう、北海道に居ながらアウトドア大っ嫌いっていうタチだったんですけども、そこが180度変わって、しかもまた犬たちとの生活でっていう。
これ、年取ってからなのかなあっと思うんですけども、それこそ僕も大切なのは想像力だと思ってるので、田舎暮らしって想像なくしては生活できないなっていう・・・

馳:できないですね、うん。

鈴井:やっぱり都会はもう考えなくても生きていけるものがたくさんあるじゃないですか。お伺いしたところによるとお料理を作られる。

馳:はい

鈴井:人間の料理も…

馳:犬のご飯も作ります、自分で作ります。

鈴井:やっぱり料理ってすごく想像力を必要とするものだと思うんですよ。毎食作ってらっしゃるんですか。

馳:毎食作っています。

鈴井:かなりの腕だっていう話も・・・

馳:主夫なんですよ、だから毎日作っているわけですから、それはうまくなりますよね。もう30年近くやっていますよ。

鈴井:苦じゃないですか?

馳:苦じゃないですね、全然。例えば、妻がどっか出かけて自分ひとりだと作らないです。基本的に美味しいと言ってくれる人がいるから作るんであって、この間も妻が友達と出かけたときは、セイコーマートのお弁当食べてました(笑)

鈴井:そういうものなんですね。ちなみにレパートリーとして一番自分でこれはいいぞというのは?
馳:和洋中なんでも作りますから、だから本当に主夫なんですよ。主夫に一番の得意料理は何ですかって聞かないでしょ(笑)


改めて感じた故郷の魅力

鈴井:そういうところも含めて、全て意外性が。世間一般の馳星周さんというイメージとかなりかけ離れて、やっぱり「不夜城」が大きすぎたというか。
今後も浦河町、夏になったらいらっしゃるという話なんですが、改めての浦河の発見みたいなものってありますか。

馳:改めての発見ね。やっぱり子供の時に嫌だった田舎の、逆に大人になってから来る良さっていうんですかね。やっぱり静かに過ごせるし、例えば直木賞をいただいた時に東京の者たちは花とか酒とかを送って来るんですよ。こっちに居ると近所のおじいちゃんおばあちゃんが家で作った野菜だけどとかって持って来てくれて、それがまた美味しいんですよね、いいなあと思います、素直に、本当に。花貰うよりこっちの方がよっぽどいいわとか思いますけどね。

鈴井:うわべだけじゃない人と人とのぬくもりがある関係性。やっぱり、そうは言っても田舎ってまだ残っていますよね。

馳:残っていますね。それはあまりにも濃くなっちゃうとちょっとウザイかなって思うんだけど、北海道はそこのところは内地に比べると結構さっぱりしている気がするね。

鈴井:意外にドライなんですよね。

馳:意外にさっぱりしてるんで、そこはいいとこだなと思いますね。今住んでいる軽井沢というところも、僕が住んでいるのは別荘地なので、旅行シーズン以外は周りに誰もいないので、楽なんですよ。これが町民の方々が住んでいる町の中に住んでいたら冠婚葬祭とか面倒くさいことがいっぱいあってあれだなと思うんだけど。

鈴井:町内会がどうのこうのと・・・

馳:そういうのがあって、今、浦河では町中の一軒家借りて住んでますけど、そんなうるさいこともなく。これは俺の好きな道民性だなと思ってますけどね。


馳星周にとってのふるさととは

鈴井:この番組「北海道道」という番組で、北海道の皆さんに北海道のいろんなことを知っていただきたいということなんですけども、馳さんにとっての浦河、北海道っていうのはどういう存在ですか。

馳:基本的には、ふるさとですよね、俺が生まれ育ったところなので。イメージとして先ほどちょっと言いましたが、祖父が浦河の山奥に住んでいたんですけど、俺も、浦河っていうか北海道の森がすごく好きだったんですね。だから東京に行った後で軽井沢に行ったのも、結局森を求めていったのかなあという気がしないでもなく。そういう子供の時の嫌いだったこと、好きだったことのイメージは無意識に刷り込まれているのかなって気がしないでもないですね。やっぱりね、東京行って辛かったのは、ジンギスカンが食べられないことなんですよ。今は1回ジンギスカンが流行って、羊肉とか東京の人たちも普通に食うようになりましたけど。

鈴井:最近ですもんね。

馳:僕が行った頃、ないんですよ、スーパー行っても羊肉なんて。「えーー食わんのかい!」とか思いましたしね。あと、こっちにいると鮭なんか、タダ同然の魚だと思っていたら、東京に行ったら高いつうの。

鈴井:かなり高級な・・・

馳:そうそうそう。鮭ってこんなに高かったのとか、そういう意味では、子供だったけどものすごい贅沢な食生活だったと思うし。例えば東京のすごい高い美味しい寿司屋に行っても、僕はウニは頼まないんですよ。なぜならウニは、子供の時にそこの海にいって取って、海水でしゃぶしゃぶして食べたウニよりうまいものはないと思っているんですね。そういう意味では、贅沢でしたよね。飯寿司ってあるじゃないですか。あれはね、僕が子供の時、浦河って結構キンキの飯(い)寿司(ずし)だったんです。それが捕れなくなって、今無くなっちゃったんだけど、キンキを飯寿司にしてたって…

鈴井:高級魚。

馳:そう。そういうの、ありますね。

鈴井:お子さんのころ、町の規模とかそういうものでは、ここにいても何かいろんなものが始まらない、本屋さんがないだとか、そういう思いがあった。でも実際に食べていたものだったり、森の景色であったりというところ、自分の周りの環境の中では、ずっと心の奥底にこれが好きだった、これが日常だったみたいなものがあって、それがよみがえってきたのかもしれませんね。

馳:きてますね。

鈴井:そういうところでは、北海道、自分自身の中で北海道のDNAというか、そういうもの・・・

馳:それはあります、ありますね。よく妻にも、あんたのいい加減なところは北海道のあれなのってよく言われますけどね(笑)

鈴井:北海道民は、いい加減である。まあ、それは否定できないところがあるような気がしますね(笑)

最新作『黄金旅程』

鈴井:最後にこれからお書きになる題材というか、何か、今この浦河を舞台にした小説を。

馳:はい、「黄金旅程」という小説なんですけど、浦河で馬産に関わっている人達の話を書いています。これは僕と妻が競馬にはまっているんですけど、ステイゴールドっていう種牡馬がいまして、このステイゴールドっていう馬が僕も妻も大好きなんですよ。この「黄金旅程」というタイトルはそのステイゴールドが香港で競馬に出たときに向こうでつけられた名前なんですね。その小説に登場するのも、ステイゴールドをモデルにした馬とそれに関わる人達みたいな感じで書いていて、今、例えば新型コロナの中で競馬って続いているんですけど、知らない人はこんな時に競馬やっているのかっていうんだけど、競馬やらないと馬が死んじゃうんですよ、競馬が続かないと。競馬があることによって賞金とかで馬主も馬を養えるとか、そういうのがいろいろあるので、何が何でも続けなきゃいけないんですね、生き物が関わっているんで。そういうこともあるし、人と馬が、もちろん暗い側面も競馬っていうのはあるんですけど、人と馬が一緒になって、本当に人馬一体っていう言葉がありますけど、人馬一体になってやっていくことの美しさを書きたいなあとは思っているんですね。

鈴井:それはいつくらいに

馳:今書いている最中なので、出るとしても来年後半ですかね。

鈴井:やっぱりそれにもノワール的な側面は加味・・・

馳:いや、今回、あんまり出てこないですね。

鈴井:そうですか、人死なないですか…?

馳:人、死なないです(笑)


小説を書く楽しさ

鈴井:その創作意欲というか、そういうのを維持していくというか、将来的に例えば枯渇しちゃうのではないかと、そういう不安とかはないんですか。

馳:ないですね。ないのと、今は創作意欲というか、小説を書くことが毎日楽しいので、多分枯渇することもないんじゃないかと思っていますけどね。だから本当に天職なんですよ。ありがたいな、天職に巡り合えてって。

鈴井:そうですね、お話聞くと。実際今までの小説家人生の中で辛いなっていう時期あったんですか、書くことが。

馳:書くことが辛いっていうか、書くことが嫌だなと思ったことありますよ。やっぱり30代半ばから40代くらいまでのころは。いつも同じものばかり書いてて、とかね。

鈴井:そうですか、自身を自己検証して、そういうふうに。

馳:もう、なんだかなあって。

鈴井:それが今すごく小説を書かれることが楽しいとおっしゃったじゃないですか、何かそういう超えるみたいなもの、あった?

馳:40代半ばくらいの時に肩肘張ってノワール、ノワールって言わなくてもいいんじゃないかと。その時書きたいものを書きたいように書けばいいんじゃないかって思えるようになったんですね。それが転機ですね。

鈴井:素直に、表現をしていこうと、そういうきっかけ。やっぱりそれも自分のこだわりというか・・・

馳:こだわりですね。こだわりを捨てたら楽になりましたね。

鈴井:なるほど。それはいろんな人に通ずるものがあるのかな。

馳:こだわりが大切な場合もあるけど、こだわりが足かせになる場合もあると思うんですよ。僕の場合は足かせになっていたので、それを取っ払ったら自由に楽になったっていう感じですよね。

鈴井:そして天職である小説を書くことが今は楽しい。

馳:楽しいです。


コロナの時代に見据える未来

2時間に及んだ今回の対談。最後に、新型コロナで混乱する社会を馳さんがどのように見ているか、そして、作家として今後どのような生き方をしていくか、尋ねました。

鈴井:コロナ以前、以降。これから社会はどういう風になっていくとお考えですか?

馳:それまで当たり前のように行われてきた経済活動が滞るようになりましたね。結局、今の資本主義のシステムというのは、どんどんどんどん拡大していかなきゃ追いつかいないようになっていて、もう多分みんないつか終わりが来るというのはわかってるんですよ、多分、資本主義の仕組みというのは。ただ止めるのが怖いから誰も止めないだけ、だけどいつか絶対破たんする。そういうやり方に誰か、まあ地球でも神様でもいいけど、警鐘を鳴らしているのではないかなという気がしますよね。今も、本当にすべてが過剰で、食べるものも消費も、何もかも過剰で、そんなに食わなくたって死なないだろうっていうのに食う。そんなにスマホ見てなくても死なないだろうというのに見る、とかね。なんでも過剰な世の中になっていると思うんだけど、このままだと環境破壊も含めて、いつか破たんするだろうなと、多分みんな心の内ではわかっているんじゃないかなと思うんですけど。それを今新型コロナでいろんなことがストップした時に問われているんじゃないかと思いますよね。本当に今のままでいいのかと。
もちろん食べていかなきゃ死んじゃうので、苦しんでいる人たちがいっぱいいることはわかっているんですけど、その裏で株やっている人たちだけは、どんどん金が増えているとかね、おかしいじゃないですか、あからさまに。そういう世の中で本当にいいのかって問われている気がするし、いつかは特効薬とか出来るんでしょうけど、1年2年はこの状態が続くんだろうし、それでもまだオリンピックやるって言い張っている人たちもいるくらいですから、どうなっちゃっているんだろうなとは思いますけど。そういう分岐点に私たちはいるんだろうなとは思っています。

鈴井:それに気づくかどうかっていうことですね。今やっぱりブレーキを・・・

馳:ブレーキ踏まなきゃだめだって地球に言われている気がするんですけどね。

鈴井:そうですね。だから馳さんが浦河に来るっていう方向性に向くっていうこともありますよね。

馳:ありますよね。一部の人たちは東京都とか都会を離れて地方に住むことを選択している人たちも少しずつだけど増えているじゃないですか。そういうのは、さっきも言ったけど一挙に変えるのは無理なので、少しずつでも変わっていけばいいんじゃないのかなとは思っていますね。

鈴井:集中するのではなくて徐々に分散して・・・

馳:分散していく。

鈴井:そういう社会が成り立っていくということですよね。それにはやっぱり今、コロナっていうものがきっかけとして前と後という社会の形成になっていくのかもしれないですよね。今日はどうもありがとうございました。

馳:ありがとうございました。

【終】

2020年10月23日

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