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専業主婦が縄文にハマって学芸員になったワケ #道南WEB取材班

道南web

2021年6月18日(金)午後5時17分 更新

意外な「告白」でした。
 地元で長年、縄文遺跡の発掘作業に携わってきたその人は、そもそも発掘作業が行われていること自体、知らなかったというのです。

 それが今や遺跡の管理運営を任され、ガイドの育成まで担当することに。 世界文化遺産の登録が目前に迫るなか、遺跡の一般公開に向けた準備に追われるなど、目が回るような毎日を送っていますが、本人はどこか楽しそう。

 聞くと、「縄文にハマってるんです」 

その縄文の魅力、私にも教えてください。 

生っ粋の「南茅部っ子」

縄文にハマっているのは、こちらの女性。坪井睦美さんです。

函館市南茅部地区にある「函館市縄文文化交流センター」を管理運営する財団で、学芸員を務めています。

南茅部は北海道唯一の国宝「中空土偶」が発見されるなど、道内有数の「縄文の里」として知られている地域です。世界文化遺産に登録される見通しの「北海道・北東北の縄文遺跡群」を構成する大船遺跡と垣ノ島遺跡があるのも、この南茅部です。

坪井さんはそんな南茅部で生まれ育ち、一度もほかの地域に移り住んだことがありません。まさに生っ粋の「南茅部っ子」で、それだけに地元の遺跡が世界文化遺産に登録される見通しとなったことに、喜びを隠しきれません。

「勧告は『やった!』っていう感じですね。待ちに待ったことだったので、とてもうれしかったです」

現在67歳の坪井さんは、大船遺跡や垣ノ島遺跡を含む縄文遺跡の発掘に30年以上携わってきました。いわば「縄文のプロフェッショナル」です。

しかし、もともと縄文文化には全く関心がなかったそうです。

「子どものころ、母親が裏山で畑をやっていて一緒に連れられていったときに、土器や石器があったのは今も記憶しているんですけど、せいぜいそのくらいですかね。全くの専業主婦で、関心もありませんでした。だいたい発掘をしていること自体、全然知らなかったです」

もとは専業主婦

そんな坪井さんに転機が訪れたのは、子育てが一段落した30代半ばでした。

仕事を探していたとき、当時の南茅部町が縄文遺跡の発掘作業員を募集しているのが目にとまり、応募したのです。その理由も「発掘作業に興味があったから」というわけではありませんでした。

「たまたま同じ町内で、職場も近いところにあったのと、土日が休みだということが書かれていて、『子どもと同じ土日休みなら、子どもと一緒に家にいられるな』と思ったのが、単純な応募のきっかけでした」

こうして発掘作業に参加するようになった坪井さんですが、もちろん当時は縄文文化の「素人」。何が何だか分からないうちに、あっという間に1年が過ぎてしまったといいます。

そうしたなかでも、気になるものがありました。発掘現場でいくつも見つかる土器です。

「当時の人たちはどうやってこの土器を作ったんだろう」と次第に興味を引かれた坪井さんは、自分で作ってみたいとの衝動に駆られ、実際に土器作りに挑戦してみることにしました。

ところが・・・

「土器をみると、形がとてもシンプルですよね。簡単にできるだろうなんて思って、実際に作ってみたんです。ところが、なんとこういう形にはならなくて、斜めに曲がってしまうんです。縄文の人たちは、日常的に使う道具をいとも簡単に作っているようですが、実はそこにはすごい技術があったんだということを自分で作ってみて改めて感じました」

さらに坪井さんを引きつけたのが足形付土版です。

足形付土版は、亡くなった子どもの手形や足形を粘土板に写し取ったもので、親が生きている間は住居内につるし、親が亡くなると一緒に埋葬されたと考えられています。

「幼くして亡くなった子どもをしのんで、親が粘土板に手形・足形をつけたものなんだよって聞いたときに、子を思う親の気持ちは縄文の人たちも今の私たちと変わらないんだと思って、ぐーっと何千年も前の人たちの気持ちが迫ってきたんですよね。そうすると、自然と折り合って生きている縄文の人たちのいろんな考えや生活がすごく身近に感じることができたんです」(坪井睦美さん)

ついに学芸員に

徐々に縄文文化にのめり込むようになった坪井さんは、その後、周囲の勧めもあって学芸員を志すようになりました。

しかし、家庭の事情で高校に進学できなかった坪井さんは、まず当時の大検に合格する必要がありました。このため、通信教育で勉強して、半年間かけて大検に合格。その後も大学の通信教育で勉強を続け、少しずつ単位を取ったということです。

そして57歳のとき、ついに学芸員の資格を取得しました。

「発掘作業と家事の合間を縫って受験勉強をしていたので大変でしたが、勉強することに憧れていたので本当に楽しかったです。資格の取得に10年以上かかりましたが、家族や同僚の人たちの応援があったので、私は本当に恵まれてるなと思っています」

さらに、海外との学術交流にも積極的に参加するようになります。

去年2月にはドイツのベルリンで、縄文文化を含む北海道の文化史を考古学的視点で紹介するドキュメンタリー映画が公開され、上映後に行われたパネルディスカッションにパネリストとして参加しました。

そうした中で、新たな気づきもありました。縄文時代が狩りや漁、植物の採集で1万年以上も続いたことに、海外で高い関心が寄せられていたのです。

「国外の歴史が数千年単位で変わっていくのに対して、縄文文化は農耕牧畜をしないで、自然と共生し、その恵みを得ながら暮らしていた文化です。これは世界の先史時代では他に例を見ないことで、そこに海外の人たちはすごく興味を持っているのだと思います」

ちなみに上記のパネルディスカッションで、坪井さんがステージ上で実際に縄を使って紋様をつける実演を披露すると、会場からはどよめきが起きたそうです。

世界遺産はゴールじゃない

縄文文化が世界的に注目されるなか、坪井さんはいま垣ノ島遺跡でガイドの育成に取り組んでいます。

垣ノ島遺跡は一般公開を目前に控えていて、坪井さんはその準備に毎日大忙し。でも、その表情はどこか輝いています。

縄文時代の人々の息づかいが聞こえてくるかのような自然豊かな南茅部。その地元で世界遺産が誕生しようとしている、それを思うと坪井さんの感慨もひとしおです。

「南茅部で生まれ育ち、どこにも移り住んだことのない私が、縄文を通して国内外のいろんな人たちと出会うことができました。縄文というものに出会わなかったら今の私はないのではないかと思うぐらいで、これは本当に幸せなことです。しかも、たまたまこの南茅部にいて、大船遺跡と垣ノ島遺跡の発掘作業に関わっただけでなく、それが今や世界遺産になろうとしているのですから、本当にラッキーだったと思っています」

そして前をまっすぐに見つめ、気持ちを新たにしていました。

「世界遺産はゴールではなくて、通過点だと思っています。世界遺産になったあとも、遺跡をいろいろと活用することで、皆さんに縄文を楽しんでもらったり、その魅力を感じてもらえるよう努力する必要がありますし、縄文の人たちの生活や心、そういったものを次の世代の人たちにどんどん伝えていく、そういう使命が私たちにはあると思っています」

(2021年6月15日放送)

<取材した記者>
鮎合 真介(函館放送局記者)
2008年入局。佐賀局、沖縄局、横浜局、国際部、ネットワーク報道部を経て現所属。趣味はランニング、琉球古典音楽(三線)、イスラム教の聖典コーランの読誦。

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