東日本大震災から10年。震災をきっかけに見直されたもののひとつに「防災教育」があります。今年度からは全国の小学校で「防災教育の充実」を盛り込んだ新たな学習指導要領が実施されました。取材を進めると先進的な取り組みを進める学校がある一方で、指導できる人材や教材の不足に頭を悩ませる学校も少なくないことがわかってきました。
(釧路放送局 頼富重人)。
《防災教育の充実 小学校の現場では》

千島海溝沿いの巨大地震が切迫し、大津波が想定されている道東。そのうちのひとつ、浜中町にある霧多布小学校では今年度から試験的に津波の防災授業を始めました。これまで避難訓練に力を入れてきましたが、みずからの命を守る力を身につけてもらいたいと、今年度からは総合学習の時間、35時間をあてて防災授業を行っています。ある日、子どもたちが調べていたのは自宅から避難先までの距離や時間です。


なかには避難先まで1キロを超える地区もありました。5年生の児童は「かなり避難には時間がかかるとわかった。きちんと急いで逃げないといけないと思った」と話し、どう備えなければならないか考えていました。


別の日には、61年前のチリ地震津波の際に町内で被災した人から話を聞く授業も行われました。体験談を聞いた子どもたちは、地震や津波が自分の地域でも十分に起こりうることを感じた様子でした。
《防災教育アンケート 学校で開きも》

しかし、こうした防災教育を充実させた学校は一部にとどまっています。NHKは、防災教育に詳しい北海道教育大学釧路校の境智洋教授とともに釧路・根室地方の浸水想定域にある小学校24校に地震や津波の防災教育に関するアンケートを行いました。

その結果、防災授業にあてた時間について、10時間以上の学校もある一方、1時間から2時間程度にとどまった学校は6割にのぼり、学校間で開きがあることがわかりました。その背景について境教授は、今年度からの新たな学習指導要領では、防災教育の進め方が学校に任せきりになっているからだと分析しています。

北海道教育大学釧路校 境智洋教授。
「防災教育をやらなければならないということは各学校はわかっているが、教材が少なかったり指導できる先生がいなかったりして、なかなかできない状況にあるということが見えてきたと思う」。
《小学校は「専門の人材教材が不足」》

詳しい状況を教えてもらうため、アンケートに答えてくれた学校を訪ねることにしました。防災教育を指導できる人材や教材の不足を感じている学校のひとつ、釧路市の青葉小学校です。

対応してくれたのは教頭の田崎博久先生です。先生は防災教育に使っている教材を見せてくれました。社会科や理科などの教科書や副読本で、専門の教材はありませんでした。このため、教えられるのは主に災害の基礎知識にとどまってしまうといいます。本当は地域のリスクに応じた備えを子どもたちに教えたいと考えていますが、ノウハウが少なく現状では難しいそうです。
釧路市立青葉小学校 田崎博久教頭。
「専門性がないというところがいちばんの課題になると思う。教員も学校がある地区に住んでいるわけではなく、危険性を十分に理解できていないところもある。専門的な部分もサポートしてくれる人がいると大変助かる」。
《防災教育は教員の“卵”から》


では、どのようにして防災教育を担う人材を増やしていくのか。境教授が10年あまり取り組んでいるのが、教員の“卵”・教育大学の学生たちへの講座です。地域に応じた防災授業を行える力を身につけてもらうのが狙いです。取材した日には、小学校での実習を控えた学生たちに、津波を起こす実験装置を使って、危険性や逃げることの大切さを伝える方法を考えさせていました。学生たちは、津波は押し流す力が強いことや何回も押し寄せることを伝えて、危険性を感じてもらおうという考え方をまとめました。


数日後、学生たちは、それぞれ小学校で実習に臨みました。すぐ逃げることや引き返さないことなどの心構えを津波の3か条として念入りに伝え、自分で自分の身を守るためのすべを教えていました。授業をした大学生は「単に学習指導要領を教えるだけでなく、生きていくうえで大切なことや現代に沿った課題を教えていくことも大事だと感じています」と話していました。
《地域全体での支援必要に》

さらに境教授が今年から取り組みを始めたのが現役の教員向けの研修です。対象は各学校で防災を担当する教員です。境教授は防災授業を行う具体的な方法を伝えるとともに「避難訓練だけでは足りない。年齢に応じた防災カリキュラムを各校で組んでいく必要がある」と訴えました。境教授はこうした取り組みを続けるとともに、専門家などが授業の方法を助言する枠組みをつくるなどして、防災教育を地域全体で支援していく必要があると考えています。

北海道教育大学釧路校 境智洋教授。
「学校に温度差が出たらいけないと思う。すべての子どもたちが防災の意識をつけていかないといけないし、自分の命を守るということを意識づけないといけない。行政と防災関係機関と大学が一緒になって、教材や人材を取りまとめて学校の要請に応えられるようなシステムをつくり上げることが求められている」
10年前の悲劇を繰り返さないためには、災害が起きる前に、一人一人が防災力を身につけるしかありません。ただ、その力を身につける機会は実生活では少なく、学校で行われる防災教育には大きな期待がかかっていると言えます。そうした重要な取り組みをさまざまな課題を抱える学校現場だけに丸投げするわけにはいきません。巨大地震が切迫している今こそ、この防災教育をいかに充実させていくのか、行政や教育機関は、防災機関、専門家などから助言をもらいながら、考えていかなければならないと思います。
2021年3月12日