NHK札幌放送局

【全文公開!】“読む”ラジオ #ナナメの場 ~徳丸ゆき子さん ゲストトーク~

NHK高校放送部

2022年2月24日(木)午後1時06分 更新

家族や友達とはちょっと違うナナメの関係の人たちとゆるーくつながり、 もうひとつの居場所を作ろうという「ラジオ #ナナメの場」。
「ゲストコーナー」では、生活に困っている世帯の子どもたちを中心に親子の生活支援を行っている、認定NPO法人CPAOの徳丸ゆき子さんにお話を伺いました。ラジオ未放送分も含め全文をお届けします!
放送日:2022年2月20日
(#ナナメの場 ホームページはこちら)

【ゲスト】
徳丸ゆき子さん
認定NPO法人CPAO理事長、大阪子どもの貧困アクショングループ代表。
大阪市生まれ。NPO法人で不登校、ひきこもり支援に従事したのち、2002年から国際協力NGOの国内事業部に所属。
子どもの社会参画、子どもの貧困、東北大震災復興支援のスタッフを経て、
2013年にCPAOを設立。

【ラジオ #ナナメの場 MC】
⽔野莉穂(ずーちゃん)

紅茶の喫茶店アグラクロック オーナー。2017年北海学園大学を卒業して半年後、生まれ育った恵庭市で喫茶店をオープン。“自分が好きなじぶんで居られるところ”を大切にした場づくりを通して、輪づくりをしている。今後は、田舎暮らしを通して、季節と暮らしながら遊ぶ場づくりを計画中。

まえだゆりな
北海道函館発のうたうたい。 つまづきながらもまっすぐに生きるうたをうたう。日本や海外の子どもたちとの曲作りワークショップ、演劇やダンスチームとのコラボなど、表現をすることの可能性に挑戦。2018年車で日本一周”my way tour”、2019,2020年度NHKほっとニュース北海道ED曲、現在FMいるか 「サウンドセレクト」番組DJ担当。

【進行】
神門光太朗アナウンサー
(NHK帯広放送局)


なんて子育てのしにくい社会なんだろう

ずーちゃん:今日はよろしくお願いします。徳丸さんが普段行っているCPAOさんの活動のことや、関わっている子どもたちや親のリアルなお話、その話を聞いて私たちがどんなことをしていけるかということを今日は聞けたらと思っています。よろしくお願いします。まず初めに徳丸さんがどんな活動を行っているかお聞きしてもいいですか?

徳丸さん:私たちは2013年から活動していて、大阪を中心にやっているんですが、全国から依頼が来るので、全国でサポート依頼があればどこでも行くというフレキシブルな活動しています。2013年から始めているので今年で10周年になるんですね。速かったなという感じなんですけど。

もとの思いから、10年経つとどんどんいろんな活動に展開しているんですけれど、もともとの活動の原点というのが、私がまずシングルマザーで子どもを育ててきたんですね。息子は高校生になったんですけれど、本当に日本の社会の中で、女ひとりで子どもを育てながら、家事をし、家計を支えないといけないというのがこんなに大変なんだというのを、身にしみて感じて。本当に身を切るような思いで何とか子どもを育ててきたんですけど。

もともとNPOで仕事をしてきていて、今年で26年とか。4半世紀ですね、皆さんが生まれて育ってという年月をNPO業界で勤めているんですけれど、子ども関連の仕事をしてきました。
その中で自分が子どもを育てながら困ってきたということがありまして。この社会はなんでこんなに子どもを育てにくいんだろうか。
子どもの支援をずっとしてきたんですけどやっぱりそれは他人事であって、いろんな子どもたちや保護者の方たちに偉そうに言ってきたなということを、自分がやっと産んで困ってからわかったような恥ずかしい話なんですけれども。

(写真はすべてNPO法人CPAOの撮影です)


助けて!って言ってもええねんで

徳丸さん:その中で、2013年になぜ活動を始めたかということを話しますね。
大阪市内の北区に、天神橋筋商店街という2キロメートルくらいの日本一長い商店街があって。近所には区役所もあり、メインの場所にあるんですけれども。たくさんの飲食店があったり、いつもお祭りかなというくらい歩きにくかったりする、その商店街の裏に天満という場所があるんですけれども。

そこで3歳と28歳の母子が変死した、餓死したんじゃないかという事件が起こったんですね。そんな繁華街、飲食店とかがたくさんあるような商店街のすぐ裏で、なぜ食べ物がなくて亡くならないといけないんだということなんですよね。

私は子育てがきゅうきゅうとしていましたので、その親子のことが他人事だと思えなかったんですよ。自分がもうちょっと若くて仕事とかもなかったりしたら、こういうことになったかもな、みたいな。自分もすごく追い詰められてましたし、他人事とは思えなくて。

そこでずっと子どもの支援をしていて恥ずかしいなと思ったんですよ。個人的な自分のプライベートと仕事というのがあって、仕事としても子ども支援に関わってきたわけなんですよね。でもこんなことが大阪で起こるんだ、恥ずかしいなというのがあって。

その事件が起こった翌日から、仕事でもともと関わっていた人にも声をかけて、天神橋筋商店街で「『助けて!』って言ってもええねんで」というカードを配りまくるということから始めたんです。

ずーちゃん:そんなすぐに。

徳丸さん:はい、止むに止まれぬ思いみたいな感じで、勢いで始めたんですけど。
それをやっていると、続々いろんな支援とか、いろんなメディアの人とかが「何やってるんですか」とくるんですよね。「商店街でこんな事件があって、本当に声をあげてくれたら心ある人がいるし、私もできることを何でもしたいし、声をあげてほしいんです、ということで『助けてって言ってもええねんで』というカードを配ってるんですよ」ということを言っていたら、続々、一緒の市民の方とかメディアの人とか、いろんな人が集まってしまって。

なので、私が行動したということだけで今も続いている感じなので。そんなに大した事は本当にできていないんですね。なのにずっといろんな方が応援してくださったので、何とか活動を続けられているんですけど。こんなにたくさんの人が応援してくれているのに、もっとできないんだろうかとか、子どもたちにも申し訳ないなという思いなんですが。
でも何とか10年続けられているのはそのモチベーションです。

自分が子育てをしながらしんどかったということ、そして支援者としてずっとやってきたのに何をやっているんだということ。
心中なんて最悪じゃないですか。お母さんも悲観して、子どもも置いていけないと思って、子どもも一緒に死んでしまったほうがいいと思ったわけですよね。そうじゃなかったら、置いていける社会だったら子どもは置いていくわけですよね。本当につらくて。
その思いだけで、当初の気持ちから変わらず、できることがあればよりしんどい子どもたちや保護者をサポートしながら何かやりたいと言う思いがあるというのが原点です。


まずはごはん!

徳丸さん:大阪では実は、もう少し前、2010年にも1歳と3歳のお子さんが亡くなったという事件があったんですね。お母さんは風俗の仕事をされていて、メディアでもたくさん報道されたんですが、男の人の家を渡り歩いていて、1歳と3歳の子を1か月以上置いていて、その子たちが餓死したという事件があったんですね。
その時から私は一生この仕事をするって、NPOにその時もいましたけれど、何があっても絶対にこの仕事をすると思ったのが2010年の事件からなんですけれど。

その時も、1歳と3歳の子どもたちがなくなったということで、お腹を解剖してみたりもするんですけど、オムツの破片が入っていたりとか。壮絶ですよね。
なので私は、自分が関わった子たちには絶対ひもじい思いをさせないということで、「まずはごはん!」、これを中心にやろうということを、2010年の事件と2013年の事件をもとに決めたんですね。

その時から、私が食いしんぼうということもあるんですけど、おいしいものを食べたら元気になるし、私の育てられ方もありましたけれど、「食べないと力出ないよ」と。まずはご飯だよと言うことが身に染みていると言うこともあるんですけど。
なので、それを中心にした活動を10年間展開してきて、今もなおやっています。

子どもたちと一緒にご飯を食べるんですよね。一緒に食べられないなら、今はご飯を届ける。
コロナ禍では集まれなくなったので、お弁当を一生懸命お母さん達と作って、子どもたちにあたたかいごはんを届けようということで、「ホットミールプロジェクト」というのを今も週3回やっています。2年前の2月29日から大阪は学校が休校になったんですけど、3月1日から活動を始めて、ホットミールプロジェクトも続けています。


宝は“当事者の声”

ゆりなさん:支援している子どもや家庭にはどういう風に出会っているんですか?

徳丸さん:活動当初からたくさんのメディアが取り上げていってくださったということがあったんですね。それを見て、テレビや新聞で報道されたからここは大丈夫な団体なんじゃないかと思って連絡がくる。安心するんですよね。それも危ないよと思うんですけど。だけど、メディアに取り上げられたというのも大きかったです。

後は、活動のはじめはどこから手をつけていいかわからない。街で「声をあげてください」というカードを配ったところで、1000枚配っても1人か2人なんですよ、声をあげてくれる人は。それでも、1人の人でもと思って配りまくっていたんですけど。
それじゃちょっとどうしようという思いがあったのと、私も1人のシングルマザーではありましたけど、みんなそれぞれ事情が違うじゃないですか。

だから勝手な思いで活動したくないということがあったので、まず、当事者、シングルマザーのお母さんたちの声を聞きたいと思ったんですね。
だから100人のお母さんに話を聞くという調査も始めたんです。街でカードを配りながら調査を始めたんですね。いろんな支援団体に声をかけて、こんな調査をしているので協力してもらえませんかと。

そうして会ったお母さん方の話を、大体1人1回最低2時間聴く。長い人だと4時間5時間とか。何回にも分けてとか。
それで聞いたんですけど、聞けば聞くほど壮絶な人生で。「こんなに暴力にまみれてるんだ、この社会は」と思わざるをえない状況がたくさんあって。
子供の頃から虐待を受けていたり、その後学校でとか地域でとか、仕事の中でとか。後は結婚されてからDVですよね。もうあらゆる暴力を受けてきた女性の話を聞いて、人間不信というか。
3組に1組はDVだと言われていたんですよね、日本社会は。子ども支援ばかりしてたので、こういう女性の大変さがあるのかというのがわかったんですけれども。

調査というのはどういうことをしたかと言うと、その方がどういう生い立ちだったのか、生育歴と言いますが、小さい頃どういう親のもとでどういう環境で育ったのか、結婚する中でどういう生活だったのか、どういう形があって離婚されて今シングルマザーになっておられるのか。
そして、今何が困っているのか、どういう支援があったら助かりますかと言うニーズ調査。
これを1人2時間ずつ100人に聞いたんですね。私がほとんど、80人ぐらい聴いています。あと20人くらいは他の仲間が聴いて。
だから、それが宝なんですよね。当事者の声を聴いたということ。そこからニーズに合わせて、一番必要とされていることから手をつけていこうと。


緊急支援も居場所づくりも「すぐやる」

ずーちゃん:実際にはどんなことを始められたんですか?

徳丸さん:まず、そのまま帰せないという人もたくさんいました。調査が終わって「さよなら」とできない。「もう無理ですよね、その生活」と。
調査で聞くけど、「もう回ってないですよね、それだけの借金があられて、食べられる食べ物もないんじゃないですか」と。それでさよならってできないじゃないですか。お子さんとかもそんな状況ですかと。

なので、終わった途端に、生活保護につながってくださいということで、そのまま役所についていって同行支援をしたこともありました。
でも生活保護を受けるにはいろいろ整理しないといけない。例えば借金があったら無理とか、持ち家があったら無理とか、車があったら無理とか。様々な状況を一度整理しないと生活保護にもつながらないということがあるので、その整理からだということで、弁護士さんのところに連れて行って、法テラスを使って債務整理をしたりとか。

様々な調査をやりながら、すぐに緊急的なサポートが始まる。そしてメディアからもいろいろある、支援したいという人もいっぱい来る。だからパニック状態でした。

ずーちゃん:マニュアルの作れる仕事じゃないですもんね。

徳丸さん:そうですね。あとニーズ調査をしていて一番大きかった声は、やっぱり皆さん、愚痴ひとつ言える場所がない。居場所がほしいというのが、ほとんどのお母さんの声でした。

もちろんお金とかも困っているけど、そんなのは簡単に他人が出来るようなことでもなく。
サポートしてつないでいく事はするけれども、私たちにできると思ったのは居場所づくりということで、2013年5月24日の事件の翌日から活動を始めて、調査は6月から始めて、12月には居場所活動を始めました。

ゆりなさん:迅速に、その時その時で対応してきたんですね。

徳丸さん:「大阪子どもの貧困アクショングループ」という名前をつけたのでね。すぐやる。今もそうです、すぐやる。

ずーちゃん:それぐらい緊急性がある問題ということですよね。

徳丸さん:そうなんです。それでも、いろんな事情でみんな「できない」と言うわけですよね。大人は。
それにも私は嫌気がさしていましたし、いろんな組織も渡り歩いてきましたけど、もう何か月もかかっちゃうんですよね。プロジェクトひとつ起こそうと思うと企画書を作ってと言われて、プレゼンしてなんだかんだあって、お金がどうのこうのってあるじゃないですか。

でも今困っている人に今やらないと、もう終わってますけど、みたいになる。明日がない仕事ということもあるので。なので、すぐやるということ、フレキシブルにやるということ。大変ですけれどやってます。


その時その時、全力を尽くす

ずーちゃん:実際支援して変わっていく親子を目の当たりにする事はありますか?

徳丸さん:ほぼほぼ、何もできなかったというか。私は当事者でもあるので、できることが少ないなということなのでね。あまりポジティブなことも言いたくないし。
何が正解ってないじゃないですか、この人生に。成果ってなんですかと聞かれて、本当に難しいですよね。
私はよかった、これで何とかなったかなと思っていても、本人はどう思っているかわからないし、それがこの先、1年後どうなったかというのはわからないじゃないですか。

だからあまりそういう事は考えていないんですよ。できるのはその時その時全力を尽くす。
私だけで考えず、当事者の声、子どもたちの声、その周りの人、聞けるだけの専門家の人にも聞く。
そしてその時の最善、最も良いということで「えいや」っとやる。ダメだったらその時にまたやるということですね。
だから関わり続けているということが大事かなと。

ゆりなさん:瞬間、瞬間で最善のことをやると。

徳丸さん:そう。あまり深く考えない。考えれば考えるほどできない。例えばDV支援をしていても、家を出るか出ないかというのはすごく大きな決断を迫られますよね。人生がすごく変わるわけですよ。

仕事を一回もしたことがないような専業主婦の方とかには、そこまでひどい暴力だったら出てくださいと思うけど、その人にとっては仕事をしたこともないし、社会に子どもを連れて出て行くというのはどれだけリスクかということですよね。
それでも何とかなりますから、命だけでも助かって何とかしましょうというのを必死でやるわけですよね。それでこういう支援もあるしこういうサポートもあるし大丈夫ですよということを、もちろんあわせて伝えて。


子どもたちと思いきり遊ぶ

ずーちゃん:さっき、いろんな声を集めるという話をされていたんですが、シングルマザーのママさん達は、大人になるほど言葉が出て来やすいのかなと思っていて、子どもたちのほうが心を開くのに時間がかかったりしなかったりするのかなと思ったんですけど。

徳丸さん:子どもって広いでしょ。0歳から18歳。1歳の子と18歳の子で全然違う。幼児から小学生中学生高校生とどんどんステージが変わっていくので、子どもってすごく難しいんですよ。

ずーちゃん:中学生とかが難しいのかなというイメージがあったんですけれど、そういう子でも助けを求める子たちはいっぱいいますか?

徳丸さん:中高生とかになるとやっぱり声をあげなくなったり、しんどい子ほどあげませんよね。言っても無駄だという傷つき体験がある子が多いから。
思春期というのはそもそも、大人の話より仲間の話を聞くじゃないですか。最近だったらインフルエンサーとか。それがもともと思春期のある姿だから、それがしんどい状況にある中高生であればなおさらそうですね。頼ってよかった経験がない。

ゆりなさん:警戒心を持った子たちに、支援を届け、ご飯を食べてもらうようにするにはどうしているんですか?

徳丸さん:もともとは、調査とかメディアを通して声をあげてくれた人のもとに子どもがいるわけですよ。その子たちと2013年の12月からずっとご飯を食べているわけです。
休みの時はどこかに遠足に行ったりキャンプに行ったり。お泊まり会というのをやったり。夏休みだったら、コロナ前とかだったら長期だったら2週間預かったりとかね。毎日遊び倒すわけです。

もう何も関係ない、ただ「遊ぼう!何したい?」みたいな。全部子どもたちに聞くんです。子どもたちに聞いて、きれいな景色を見たいとか、誰もいないところで泳ぎたいとか言うわけですよ。そうしたらスタッフは必死で探しますよね。
夜中じゅうゲームをして学校に行かない子も、海とかで思いっきり遊んだら「スマホいらん!」とか。「勝った!」という感じじゃないですか。「やった」と。心の中でガッツポーズ。

そんなのを10年やってきているんですね。子どもたちと思いっきり遊ぶ。だから友達なんですよ、仲間なんですよ。そうじゃないですか。「親のいうこと聞かんでいい!」みたいな。「遊ぼう!」みたいな。
お母さんにはお母さんのケアをする。子どもとずっと一緒でしんどいというのであれば子どもだけ預けて、とか、親子で来れるなら一緒に来て、とか。
一緒に遊んだりおいしいものを食べたり。


「困ったときはいつでも言って」

徳丸さん:なので子どもたちは、今10年経ってますから、中高生になっていたりする。その子たちがもうわかってくれているので。私のこととかも「変なことをしない」と。「ほかの大人よりマシ」とか、いろんな言い方ですけど。
頼ってくれる。だから、支援をしやすいですよね。その子たちに何かあったらどこでも行くんです。「助けて」と子どもが言うと、「どこなの?」と私が聞くから。「東京」、「名古屋」とか。

ずーちゃん:「助けて」と来るんですね。

徳丸さん:どうしてもの時だけよ。あとの時は無視なんだけど。でも、困った時でも声をかけ続けるから。「生きてる?おはよう」とか、「うざいかな、ごめんね」とか言いながら。
でも「困った時いつでも言っておいでよ」ってお節介なおばさんが言うじゃない。そうしたら覚えてるんですよね。「そうやって言ってくれてたから、言ってみた」みたいな。「ほんまに来た!徳丸さん来た!」と言われるんです。「行くよ、行くって言ったじゃん」みたいな。
私がだめな時は、私が信用している人を送る。「この人を私と思って。絶対私の信用がある人だから安心して」と。

ごはんも、何でもやるんです。ごはんを食べるとみんな笑っているなというのがあって。
コロナ前は週3回ごはんを食べ続けたんですね、子どもたちと。子ども食堂みたいな感じで。
そうすると、「喧嘩した」とか「学校嫌だった」とかいろいろあるけど、食べながらしゃべって、「あーそうなの、もう無視しとき、そんなこと」とか、「そうなの、じゃあ学校に言ってこようか」とか、そういう話をみんなにしながら、大きいテーブルを囲んで食べていたりしたら、みんな最後はおいしいねと笑っているわけです。いろいろあっても。

ボランティアの人とかスタッフの人もごちそうを作ってくれるから、子どもたちを喜ばせようと思って。だから、食べている時はずっとゲラゲラ笑っているし、おいしいし。だから「まずはごはん!」って、そういう気持ちもあって。

しんどい人とかにも、例えば友達とかがしんどいなと言う話を聞いたりしたら、ご飯食べに行こうって言わないですか?

ずーちゃん:確かに、ごはんってキーワードになってるかも。

徳丸さん:「まずはごはん!」って言いやすいじゃないですか。「何があったの?」とか「相談だけ聞くよ」ってきついでしょう。
「ごはんを食べよう」っていうのは、和むからですよね。おいしいものを食べながら話せるから。それにかこつけてというのもあるし。
おいしいものを食べたら元気になる。だから「まずはごはん!」と言っていて。
何でもそうなんです。ごはんを通じて関係性を作る。それは誰でも社交術としてやっているんですよ。仲良くなりたい人にもご飯行きませんかって。


「助けて」と言わせない社会

ずーちゃん:「助けて」と声をあげたら助けてくれる人がいるんだなと、聞いていて実感したんですけど、助けを求める力というのはどうやって育てていくものなんですかね?

徳丸さん:それは、子どもたちや当事者だけでは無理ですね。それは調査してわかりましたけど、「助けて」と言わせない社会があるんですよ。
自己責任でしょ。そんなのわがままだとか、すぐ説教される。嫌でしょ。「そんなアドバイスくそやし」と思ってる時あるでしょ。そうじゃないんですよね。自分でも答えはわかっていたりするし、後押ししてほしいだけだったり、聞いてほしいだけだったり、寄り添ってほしいだけだったりするじゃないですか。

だからやっぱり、社会全体の問題で、大人が躊躇しているんですよ。大人自身が声をあげられないんですよ。もう自己責任だから。
そう育った大人が子どもを育てている。「そんなの、『助けて』って言っていいんですか」という若い子もいるし。「自分でなんとかすると思ってたんで」みたいなことを、中学生とかも言うわけです。

でも、「『助けて!』って言ってもええねんで」というカードを配っていた私自身も、今でも何でも言えるわけではもちろんなく、「自分でなんとかしないと」となっちゃう。責任感が強かったりすればするほど「自分でなんとかしよう、迷惑かけちゃいけない」というような。良いところでもありますよね。でもそれが行きすぎると、やっぱり子どもなんか育てられないなとなっちゃう。

だから、気楽に、自分が何でも助けてもらうというクセをつけないといけない。習慣だから。でも、もらってばかりもしんどくないですか。「私って無力」というだけですよね。引け目を感じますよね。
だから、相互にやったりやられたり。個人間だけではなくて、それを回すみたいな社会。抽象的に言うとそういうことですよね。気楽に、もっとちっちゃいことからでも気楽にやってもらう。それは当たり前だから。みんなでやろうよみたいな。
そういう社会にもっとしていかないといけないけれど、どこから手をつけたらいいかなという感じですよね。


助け合える仕組みづくり

ずーちゃん:確かに、社会の中で役割があるというのは、すごく前向きになれるというか。CPAOさんの活動で、カフェなどでママさん達が働いていたりするんですよね。

徳丸さん:そうですね。私たちも支援を長くしていると、「お金を貸してください」とかがたくさんあるんですけど、やっぱり難しいんですよ。私たちは「貸したら返してもらえないかな」と思って貸します。当たり前ですよね。
だけど、本人としてはどうかというと、責任感があったら、「次、頼りにくいな」「返していないのに、また違う『助けて』を言っていいかな」と思っちゃうじゃないですか。そうすると縁が切れちゃうことが何度もあったんですね。一方的にやっていたらダメだと思って。

コロナ禍で、2年前の2月くらいから、非正規雇用の方でどんどん給与未払いの人とかが出てきて、倒産したところもあったりして。「じゃあ貸すよ、しょうがないじゃない」と言ってお金を貸したりしたんですけど、すぐに声がかけられなくなって切れちゃう人が増えたんですね。お金を貸しているけど返せないからですよね。

なので必死で考えて。お金はないけど、みんな時間があったりする。仕事がないから。だから、仕事を作ろうと思って。貸すんじゃなくて「来て」って。
だから「まずはごはん」、お弁当を一緒に作ってもらうところにお母さんたちに入ってもらって。それで日払いでお金を払うことをしたんですよ。助かるじゃないですか。それで1週間分の食材が買えたとか。2回来たら携帯代が払えたとか。

そんな感じの延長で、もっと何がしたい?と私たちが聞くから、「カフェとかやってみたいです」「スイーツとか作ってみたいです」と言う人がいたのでやっています。


「助けてあげよう」ではなく「支え合う仲間」

ゆりなさん:徳丸さんがそうやってシングルマザーの家庭を助けている活動をされているのは、本当にエネルギーがないとできないことじゃないかなと思ったんですけど、きっと同じように自分も何か力になりたいと思っている人ってたくさんいると思うんですよ。そういう人がどういう一歩を踏み出したら、力になってあげられるのかなと思ったんですけど。

徳丸さん:そもそも助けようなんて思っていないんですよ。だって私も当事者ですから。シングルマザーの。息子は今大きくなっちゃいましたけど。私が始めた時はまだ小学校1年生とかですから。
だから、おこがましいんですよ、助けようなんて人。私ができることをやるから、できないことを助けてと。支え合う、協力し合う仲間を作っているイメージです、今も。

自分だって困ってる。今だって息子も思春期で。私が女で、聞いてくれないところも、もともと関わってくれていた男性のスタッフやボランティアの大人が声をかけてくれたりとか、アドバイスしてくれたりとか。すごく助けてもらっているんですよ。
ずっと小さい頃から息子も遊んだりご飯を食べたりキャンプしたりしている大人がいっぱいいるわけですね。みんな仲間なんですよ。

だからそういうことを、小さくても地域でやればいいと思うんですよ。何か助けてやろうというのは、上からで嫌だなと。でもその人だって、生きている中でいろんなことに困っている。
例えば、今一番自由度が高い人は、今コロナで難しいんですけれど、65歳とかで定年した人とかがすごく元気ですよね。お金もあったりして。だからボランティアをしたいという人がたくさん来るんですけれど、ついつい上からだったりする。
時代は変わっているし、皆さん苦労してここまでやってきたんだと言う自負がある方が多いんですけれど、そういう視点だと子どもたちもうるさくて嫌だとなるし。お母さん方も「あの人なんか嫌です」と。

でも「あなたも実は1人で寂しいんじゃないの?」と私は思うんですよ。伴侶の方が亡くなって、自由度が高まってお金もあるしと言うけど、本当はその人自身も子どもたちとごはんを食べて、ごはんを作って美味しいと言ってくれて、嬉しいんじゃないですかと。win-winなんじゃないですかって。

ずーちゃん:与えて与えられてなんですね。

徳丸さん:生きていたら何か起こる。自分や子どもや親戚も含めたら、いろんなことが起こるじゃないですか。何も困ってませんという勝ち組の人はいるかもしれないけど、その人だってずっとそうですかということですよ。
孤独だったりすると思うんですよ、お金があったって、1人だったとしたら寂しい。独居老人の問題とかも大丈夫ですかと思うんですよ。
人は何らかの当事者だし、助けるとかじゃなく、支え合うような仲間がいれば生きていける。


自分で動く、小さく始める

ずーちゃん:子育てとかしていても、子どもと私だけの世界って狭くなりがちなのかなというイメージがあるので、思春期を迎えた子どものことを理解できないとなったときに、すごく苦しくなってしまうのかなと思うんですけど。

徳丸さん:思春期の時は本当に、親のほうもお金も時間もものすごくかかるんですよ。そこが最後勝負だなと思っていて。

ずーちゃん:でもそういう時に仲間がいると。

徳丸さん:何か言ってくれるだけでもいいし、直接やってくれるだけじゃなくても、いろんなアイディアとか、こういうのがあるよという情報でもいいし。
そうやって言ってくれる、考えてくれる人がいるだけで、半分救われたみたいな感じじゃないですか。じゃあもうちょっとだ頑張ろうと思えたりとか。

ずーちゃん:そういう人やそういう場にどうやって出会えるんですかね、普段の生活で。

徳丸さん:私も、元はそう思っていた1人のシングルマザーだったんですよ。いろんなものがないからといって調べまくったし、いろいろ行ったし。なかったからやっている。
やったら何とかなった。10年やったので。だから、今のほうがすごく人を信じているんですよ。この活動の前のほうが、人のことを信じていなかった。

何かやっていたら人はどこかで見てくれているし、心ある人は絶対いるから。全員とは言いませんが心ある人は必ずいるんですよ。地域にめっちゃいる。何かのコミュニティーの中にも1人はいる。
3人寄れば文殊の知恵と言いますけど、自分以外に2人ぐらいそういう人を見つけて、小さく始めたらいいと思うんですよ。そこで、別に増やさなくても、その2人が協力メンバーならいいじゃないですか。それで3人でご飯を食べ続けていたら、まずはいいんじゃないですかね。


お腹と心が満たされれば “夢中”は芽生えてくる

ゆりなさん:今回夢中というテーマを掲げていて、今お話を聞いていたら、徳丸さん自身がその活動をすごく、自分が楽しんでというか、本当に熱量を持ってやられているのが伝わってきたんですけど。
夢中ってどういう力で、そういうものにはどうやって出会ったり、突き進んでいったりするといいなという、徳丸さんなりの考えはありますか?

徳丸さん:私も夢中になった経験というのは子どもの頃からたくさんあって。
私もしんどい子供時代で、不登校とかもしてたので。何が救いだったかというと、本とか、今日もですけどラジオとか、音楽とかファッションとかに夢中になれたんですよね。学校は嫌だったけど、そこに逃げていたというかね。
楽しかった。一人でも全然。だって私の世界は広いし、「あんたらなんていいもん」みたいな感じでね。いじめられたりしても。逃げ場だった。
だから夢中になるという事は今もやっているし、夢中になったら得があるんだって思ってるからね。楽しいから。

でも、今関わっているような当事者の人、特に子どもたちというのは、そういう経験がほぼないんです。なぜか。
それ以前に、例えば、お腹が減っている。寂しい。怖い。つらい。
そういう、生きていくために必要な基本的なところですね、それがなければ。
お腹が減っていてどうやって夢中になれるんですか。お腹が減っていたらお腹が減っていることばっかりですよ、考える事は。ずっと怖いと言う事だけですよ、頭の中は。

だからやっぱり、まずはごはんを食べてもらいたいし、次は心を満たされてほしいし、怖いとかつらいこととかをなくしてあげるような環境を作りたいし。
そうした暁には、言っている通り、私たちがアウトドアに連れて行ったりとか、1週間遊んだりする中では、どんどんあれやりたいこれやりたいって没頭して、いろんなことをやっていくわけなんですよ。

難しくないんです、やっている事は。ごはんを食べさせて、清潔にして、理不尽なことが起こったりせず、嫌な事はせず。
そういう環境を作っていたら、子どもたちは力があって、勝手に育っていくんですよ。

ずーちゃん:まずはごはん。次は心を満たしたときに、夢中が芽生えてくるんですね。

徳丸さん:うん。勝手に出てくると思います。やりたいことが出てきますよ。満たされていたら、いろんなことを経験して、これが僕に合うかも、これ好きかもというのをどんどん見つけてくる。

ゆりなさん:CPAOさんの活動で、一緒にごはんを食べたり遊んでいる子どもたちは、すごくパワーをもらっているんですね。

徳丸さん:そう、だから私が元気になる源、続けられる源は、子どもたちがいるからです。いつも遊んでくれてありがとうって思ってます。「おばちゃんとずっと遊んでや~」って。

ずーちゃん:徳丸さんのその夢中が飛んできて、みんなの体温がどんどんあたたかくなっている感じがしました。
今日は本当にありがとうございました!

徳丸さん:ありがとうございました。


徳丸さんの話と合わせて読んでほしい本&聴いてほしい音楽はこちら↓
“読む”ラジオ #ナナメの場 ~ずーちゃんの一冊&ゆりなの一曲~

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