急速な少子高齢化に直面する北海道の地方では高校の統廃合が相次いでいます。
ピーク時の1999年に245校あった道立高校は今や191校。20年余りの間に54校が姿を消しました。
存続する高校でも子どもの数は減っています。
1学年1クラスの「小規模校」は全体の約3割。
子どもたちは教育環境が充実した都市部の高校を目指すようになり、人口流出に拍車がかかっています。
地元の子どもたちに選んでもらえる学校に。
状況を打開するため、道内ではオンライン授業を駆使して地域の高校の魅力を向上させようという取り組みが始まりました。
少子化社会を生き抜くため、動き出した教育現場の取り組みを伝えます。
(藤井凱大)
少子化の波
オホーツク海側に位置する北海道清里町。
世界自然遺産の知床に近く、日本百名山の1つにも数えられる斜里岳を望む自然豊かな町です。人口はおよそ3800人。少子高齢化が急速に進んでいます。

町で唯一の高校、道立の清里高校は昭和26年に定時制高校として誕生。昭和50年に全日制高校となりました。
ピーク時には1学年の人数が80人を超える時期もありましたが、生徒数は、年々、減少。
平成29年に隣町の高校が廃校になったことに伴い、生徒は町外からも通ってくるようになりましたが、減少傾向に歯止めはかかっていません。

選ばれない、その訳は
減少傾向に拍車をかけているのが、町内から入学する生徒の少なさです。
今年度、町立の中学校から入学した生徒は、わずか10人。
卒業生のほとんどが高校に進学する中、清里高校に入学したのは3割ほどに過ぎません。
このまま、子どもたちに選ばれない高校になってしまえば、学校の存続は危うくなる。清里高校の危機感は、そこにあります。

なぜ、町内からの入学が減っているのか。
学校が理由の1つと考えたのが、大学進学のニーズに応えられていないという点です。
教員の数は、法律に基づいて、クラス数に応じて決められます。
清里高校の教員数は養護教諭などを除いて10人。
道教育委員会が独自に2人を加えて配置していますが、「物理」や「化学」、微分・積分を学ぶ「数学Ⅲ」など、より専門的な指導が必要となる授業は単独で行うことが難しくなっています。
大学への進学を希望する生徒たちは、より授業が充実している都市部の高校を選択し、その結果、町内からの入学が減少してしまったと学校は見ています。

「例えば、理系の大学に行きたいと考える生徒がいても、どうしても先生の人数の関係で、物理や数学Ⅲなどの授業自体が組めないという事情がありました。進学を重視している生徒は、地元を出て、授業がある他の学校に行ってしまうという傾向があったんです」(清里高校・杉山賢一教頭)

切り札はオンライン授業
こうした状況を打開するため、全国的にも珍しい取り組みが、2021年4月から北海道で始まりました。
道教育委員会が札幌市に設置した遠隔授業配信拠点「T-base」からのオンライン授業の配信です。
清里町から「T-base」がある札幌市までは、その距離、300キロ。
専門の教員が、清里高校のような小規模校では単独で行うことが難しい授業をオンラインで届けます。

今年度の配信先は29校にのぼります。
書道など芸術の教科も配信していて、オンライン授業と現地の教員による対面授業を組み合わせて、生徒の習熟度に応じた授業もできるようになりました。
夏休みや冬休みにオンラインで無料の講習会を行うほか、模擬試験の前後に傾向と対策をオンラインで解説する講座も設けています。
合い言葉は、「夢は、地元でつかみ取る」。
都市部の高校に引けを取らない授業を届けることで、ふるさとを出て行く子どもたちをつなぎ止めようというのです。

地元という選択
「T-base」のスタートから1年。
清里高校には、生まれ育った町に住み続けながら、「T-base」の配信授業で難関大学への進学を目指す生徒も出てきています。
国立大学の理系学部を目指している2年生の矢口新大さんは、函館にある私立高校にも合格しましたが、最終的に、清里高校への進学を決めました。
「清里高校では理系の大学に進学することはなかなか難しいと聞いていました。進学を目指す先輩たちが網走の高校などに進学したこともあって、自分も地元を出ようかと考えたこともありましたが、やっぱり地元での暮らしは魅力があるなと思って清里高校への進学を決めました。『T-base』が始まると聞いた時は、うれしかったし、期待もありました」(矢口新大さん)

ふるさとから夢を目指す
矢口さんの自宅は学校から徒歩5分。
高校受験の際に検討した町外の学校は、近いところでも、列車で往復3時間かかります。
「T-base」のおかげで、その分の時間も勉強に充てられています。
町を出れば、下宿のお金や通学費用もかかりますが、そうした家計への負担も軽くすることができました。
「本人が(町外の進学校に)進みたいと言ったら、その意思を尊重して進ませようと考えていましたが、実際に通わせるにはお金もかかるので、経済的には助かっています。地元にいながら、レベルの高い勉強を教えてもらえるのは、とてもいいことだと思います。それに、私も清里高校出身なので、自分の後輩ができたかなって。うれしい気持ちもありますね」(父親の正樹さん)

矢口さんの将来の夢は宇宙物理の研究者になることです。
地元の高校からでも夢をかなえられることを後輩たちに示したいと考えています。
「宇宙物理学を専攻して、将来、その分野で何か未知なものを発見したいという夢があります。地元だから何かが出来ないということではなくて、地元だからこそ、努力したら出来るんだよということを伝えていきたいです」(矢口新大さん)
選ばれる学校に
地元の子どもたちから選んでもらえる学校に。
清里高校では、「T-base」を最大限に活用した「進学クラス」を新たに設置し、大学進学を目指す生徒たちの指導に力を入れています。
さらに、学校は、町や中学校などの関係者と定期的に意見を交わす場を設けました。
どんな学校であってほしいか、どういう学校を目指していくべきなのか、地域全体で考えることにしたのです。
知床での課外活動の充実や、町議会と共同で地域の課題への提言を行う取り組みなど、清里高校でしか経験することができない“ならでは”の魅力をつくろうと協議を重ねています。

「地域に根ざした学校を目指していきたいと思っています。地域に高校があることによって、地元の人たちが高校生と一緒に地域活動を行えるようになり、町に活気が出てきたという声も聞いています。こういった小さい町でこそ、高校を存続していって、若い力を町に還元していきたいと考えています」(杉山賢一教頭)
地域全体の課題として
「T-base」を活用した取り組みについて、教育政策に詳しい北海道大学の篠原岳司准教授は、次のように話しています。
「『T-base』は、進学を希望する中学生にとって、地元の高校に進学しても、十分、進路は叶えられるんだという期待が持てる1つのきっかけになっていくだろうと思います。ただ、それだけでは十分ではありません。どう地域で学習の環境や高校生が成長できる環境を整えていけるかがポイントになります。自治体が地域全体の課題として積極的に取り組んでいく必要があると思います」(北海道大学・篠原岳司准教授)

地元で学び、夢を実現させる。
地方の高校の生き残りをかけた挑戦が続きます。
札幌局記者
藤井凱大
2017年入局。函館局を経て札幌局に。現在は北海道政を担当。
教育や暮らしに関わる分野に関心を持って取材。
2022年4月26日
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