ページの本文へ

NHK北海道WEB

  1. NHK北海道
  2. NHK北海道WEB
  3. ほっとニュースweb
  4. 利尻島の明るい未来を! ウイスキーが紡ぐ仲間の絆

利尻島の明るい未来を! ウイスキーが紡ぐ仲間の絆

  • 2023年7月5日

利尻島に去年建設された日本最北のウイスキー蒸留所。ここでは、2年後のウイスキー完成に向けて「原酒」の熟成が順調に進んでいます。
蒸留所のオーナーで、アメリカ・ニューヨーク出身のケイシー・ウォールさんは、当初から、地元の人たちに「大変な時こそ夢を」と訴えてきました。
人口減少が続く利尻島では、今、その訴えに応えるように、ウイスキーで地域を活気づけようと、蒸留所のメンバーと島民が「島の明るい未来」に向け一致団結して動き出しています。(稚内支局  山川信彰)


利尻島は特別な場所

世界で、年々人気が高まるジャパニーズウイスキー。
今から100年前、日本のウイスキーの父と呼ばれる、竹鶴政孝(2014年朝の連続テレビ小説マッサンのモデル)が、日本初の蒸留所の建設工事を始めたことからジャパニーズウイスキーの歴史は始まりました。
道内各地に続き、去年7月には、利尻島に日本最北のウイスキー蒸留所がオープン。建設したのは、アメリカ・ニューヨーク出身のケイシー・ウォールさん(44)。7年前に家族で利尻島へ旅行で訪れた時、島の壮大な景色と島民の様子を見て、日本らしくも日本らしくない神秘的な雰囲気を感じたと言います。
利尻山から流れ出るミネラル豊富な水、年間の気温差45度を超える熟成に適した気候。思い出したのは、世界的なウイスキー作りの本場、スコットランド・アイラ島。そこからケイシーさんのプロジェクトは動きだしました。

ケイシー・ウォールさん
「島に来たときにフォーリンラブ(笑)。利尻島は特別な場所です。旅行帰りのフェリーでウイスキーの計画を一生懸命作っていました」


地元の漁師が感じた衝撃

ケイシーさんが、利尻島で蒸留所の建設計画を説明する中で知り合ったのが、島の漁師、小坂善一さん(46)です。
小坂さんは、地元の利尻高校を卒業後、札幌市内の大学に進学し、利尻島を離れました。
その後、札幌で26歳まで証券マンとして勤務。しかし、両親が交通事故で亡くなったことをきっかけに島に戻り、20年間にわたり、漁師として島を支えてきました。

小坂善一さん
「ここで最北ウイスキーを作りたいと。今まで誰も発想しなかったことで、すごく衝撃を受けましたね」

人口減少が続く利尻島の状況に危機感を感じていた小坂さん。ウイスキー蒸留所の計画を熱く話すケイシーさんに、心を動かされ、島民として真っ先に、出資しました。

小坂善一さん
「最初は地元の人も半信半疑で大丈夫なのかと、そんな意見が、とても多くて。でも、ケイシーの思いが島民に伝わって次第に見方も変わってきた。新しい取り組みはどうしても反対されることも多いけど、将来的に地元を助ける産業になると信じて。我々の世代が島を盛り上げていく気持ちでやったら小さい子たちも、この利尻島の魅力を感じてくれる」

ケイシー・ウォールさん
「小坂さんや他の島の皆さんが信じてくれて少しずつ動き出しました。夢を持って新しいことをやるときは、最初に信じてくれる方が、2~3人いれば、何とか少しずつ前に進んでいける。これからの10年、30年、50年、100年、みんな一緒に頑張りましょうと。その気持ちを届けたかった」


島外から集まり始めたスタッフ

島民からの出資もあり無事に動き出したウイスキー蒸留所の建設計画。しかし、蒸留所だけ建設しても職人がいなければ、蒸留を始めることはできません。
島外から働く人に集まってもらえれば、地元での雇用も生み出されるはず。小坂さんは、そう思っていました。

小坂善一さん
「魅力的な仕事ができる職場が利尻に一つでも二つでも増えていってくれることを願っています。ウイスキーを通じて島に雇用が生まれて人口が増えていく。当初からの狙いだったので、着実に一歩ずつ、前に進んでいるんじゃないかなと思います」

去年、蒸留所がオープンした時には、福島県出身の男性、南米チリ出身のウイスキー職人、現役東大生の3人でしたが、ことしは、さらに島外出身の2人のスタッフを雇用しました。

長野県出身の小沢健人さん(27)。ウイスキー職人になる夢を叶えようと、全く違う業界で働いてきましたが、決心して、6月に利尻島へ移住。職人見習いとして勉強をスタートしました。

小沢健人さん
「日本でもかなり特異な環境でプロジェクトに参加できる。ここしかないなって直感で思った。皆さん、いい人ですし、やるなら今かなと。利尻島は本当に自然がきれい、朝起きたら海が見えて、後ろを見たら利尻山がそびえ立つ。言葉にならないくらいきれいで。すばらしいウイスキーを作りたい」


原酒の販売が島内でスタート

去年から蒸留が始まった利尻島では、2年後のウイスキー完成を前に、5月から「原酒」の販売が始まり、利尻町の商店では納入した原酒が、すぐに売り切れてしまったと言います。

地元の津田商店 店主
「ウイスキーの原酒ないですかって声が多くて、うちも2回ほど、あわせて24本を仕入れましたが、その日のうちに完売しました」

6月23日には、蒸留所の前で初めて大規模な販売会が開催され、会場では原酒を購入したり、試飲したりする人が相次ぎ、会場を訪れた人たちからは、こんな声が聞かれました。

「まだ寝かせていないので、香りはなにもないけど、すごく飲みやすかったです。絶対有名になると思う。今の段階で結構、ウイスキー好きの間では話題になっていますよね」

「海産物だけでなく、ウイスキーも利尻にあるんだぞとアピールしてもらって。すごいウイスキー利尻にあるぞって誰がみても思えるようなそんなウイスキーになってほしい」


初開催のフェスティバル大盛況

ウイスキー作りだけではなく、蒸留所を起点に、どうすれば、過疎化が進む利尻島を盛り上げることができるのか。ケイシーさんや小坂さんたちは、6年ほどかけて考えていました。そこで浮かんだのが、原酒の販売会に合わせて初めて開催したフェスティバルでした。

小坂善一さん
「ケイシーさんの新しい視点は自分も含めて、島民の方にも浸透していくのではないかな。新しい考えを取り入れて過疎化に歯止めをかけたい。蒸留所を起点に、経済の流れを良くしていく。ここから利尻を盛り上げていきたいって、その思いで頑張っています」

フェスティバルにはおよそ400人が集まり大盛況。島の海産物を味わいながら、原酒を味わう。音楽ライブを聞きながら語り合う。そんな姿が、あちこちで見られました。
そして、夜には、ケイシーさんから小坂さんを含めた地元の島民の皆さんにメッセージが…。

「皆さんが最初の仲間になってくれて。ビジョンを信じてくれて。この場所には、最初は、何もなかったけど祭りまでできて、夢を実現できるのはうれしいこと。でもこれはスタート。夢を大きく。ここから利尻の未来を作っていきましょう!」

小坂善一さん
「ケイシーさんと会った時から、今に至るまで、いろいろあったけど、本当に、夢が現実になった。いい握手ができて、これが一番うれしい。可能性は本当に無限大だし、これからの利尻の一つの産業として確立するまで自分も全力で応援していきたい」

ケイシー・ウォールさん
「大変な思いを乗り越えるとき、気持ちの中に夢があればなんとかできる。人生に夢があれば、ワクワク感が、毎日起きます。10年後、15年後、世界どこにいっても利尻という地名をみんなが知るようになること。それが僕たちのモットー(目標)です」


取材後記

ケイシーさんのあいさつのあと、蒸留所の前の海で打ち上げた花火。この花火に仲間たちが、重ねていたのは、これからの利尻島の明るい未来でした。その現場に取材者として立ち会えたことは、私にとっても、大きな財産になりました。
10年後、20年後、私も、その時を楽しみに、これからの取材活動を続けていきたいと思います。

2023年7月5日

この記事のVTRリポートは、👇こちらから
利尻島の明るい未来を 利尻ウイスキーで紡ぐ仲間の絆

過去の記事も👇からぜひ!

日本最北!利尻島のウイスキー蒸留所から目指すオンリーワン
利尻島の日本最北の蒸留所 ウイスキーにかける仲間たちの夢
注目と期待集まる 利尻島で生産開始のウイスキー原酒を初販売

※宗谷地方の特集はこちら。稚内支局取材です👇
豊富町 未利用の天然ガスで発電 目指せ!企業誘致
“日本最北”ワインを目指す 中頓別町
日本最北のロングトレイルに!JR天北線の廃線跡地を観光資源に
紙おむつが燃料に!? 道北5町がリサイクル
猿払のイトウ 産卵激減 猛暑と"幻の魚"
北海道で挑む 再生可能エネルギー拡大への壁 

ページトップに戻る