平成元年の廃線から30年以上が経過したJR天北線。この路線の跡地を観光資源として活用して、地域を盛り上げたい。道北の中頓別町でことしから新しい挑戦が始まっています。注目したのは自然の中を歩きながらゆっくりとした時間を楽しむ「ロングトレイル」。
日本全国で人気が高まっていて、本州のある地域では利用者が30万人を超えるロングトレイルもあるんです。「最北のロングトレイル」の実現をめざし奮闘する男性に密着しました。(稚内支局・山川信彰)
廃線跡に新たな光を!ロングトレイル体験会
8月下旬に中頓別町で行われた「ロングトレイル」の体験会。参加したのは地元住民や観光団体の関係者など、およそ10人です。試験的に整備したおよそ3キロのコースを4時間かけて楽しみました。

取材で同行していると、廃線跡から眺める標高およそ700メートルの壮大な敏音知岳(ピンネシリ)を横目に、いたるところに廃線となった当時の名残が見えてきました。使われていた鉄橋や今も残っている小屋など…。歴史を感じさせます。
イベントを主催したのは地元の観光団体で統括本部長を務める蓮尾純一(はすお・じゅんいち)さんです。この日の体験会ではガイド役を務めました。

中頓別町の人口は1589人(2022年8月末現在)。1920年(大正9年)には8373人でしたが、現在は5分の1ほどにまで減少しています。蓮尾さんは「全国で最北のロングトレイル」をキャッチコピーに、利用者を呼び込むことで町の交流人口を増やし、かつてのような「にぎわい」を少しでも取り戻せないかと考えているのです。
なかとんべつ観光まちづくりビューロー・蓮尾純一 統括本部長
「天北線が走っていたころは町が栄えていたんだよって話を住民からよく聞きます。天北線自体が忘れられたような存在だったので、今クローズアップして光をあてていく。改めて線路として使われていた天北線の表情とは別に観光の一つのコンテンツとして天北線の違う魅力が見つかったりするので新たな発見かなと思います」
体験会に参加した地元の60代の男性も天北線を懐かしみつつ、ロングトレイルを通した今後の可能性に期待の声を寄せていました。
参加した町民
「いつも車で通っている景色と全然違うので違う感じに見えてよかった。年配の方は昔天北線を使っていたのですごい思い入れがあります。このまま忘れられてしまうのは寂しいです。この取り組みで中頓別とか地域の市町村が少しでも活性化されると面白いなと思っています」
“地域の足”を支えたJR天北線
天北線は大正3年に開業。音威子府駅と南稚内駅の間のオホーツク海側をまわる形でおよそ150キロを結ぶ路線として走り続け、平成元年に廃線となるまで地域の足を支えていたのです。

イベントを企画した蓮尾さんは北見市出身の43歳で13年前に移住してきました。町内でコーヒー店を経営しながら、地域を盛り上げられないかと観光団体「なかとんべつ観光まちづくりビューロー」の統括本部長を務めています。活動を通してかつての天北線を懐かしむ声を聞く中で、ふたたび地域を盛り上げられないかと蓮尾さんは考えたと言います。
なかとんべつ観光まちづくりビューロー・蓮尾純一 統括本部長
「天北線に若い人からお年寄りまで興味がある人が多いんだと知ってなにか活用できないかなと思いました。当時は石炭から酪農用の肥料や飼料を運んだって話ですし、この地域の発展には欠かせない存在だったんです。30歳20歳の子たちはもう天北線に乗ったことすらないという状況なので、天北線があったという歴史を伝えていく意味でも大きな意義がある」
交流人口増加を目指して!信越トレイルの成功例も
どうすれば、かつての「にぎわい」を取り戻すことができるのか。
蓮尾さんが目をつけたのは、全国で人気が高まっている「ロングトレイル」でした。
日本ロングトレイル協会に加盟するのは現時点で29団体にのぼります。
特に長野県と新潟県で17年前(2005年)に整備された「信越トレイル」は県境に連なる全長110キロの里山やのどかな集落をめぐるコースが人気となり、これまでに30万人を超える利用者が訪れています。

運営する「NPO法人信越トレイルクラブ」によりますと、利用者は関東を中心に、全国各地から訪れていて、新型コロナウイルスの流行が始まる前はカナダやオーストラリア、イギリスといった欧米から、団体で多く訪れていたということです。
まずはコースの整備から!
全国で多くの利用者を集めている事例を参考に、蓮尾さんが取り組んでいるのがトレイルコースの整備です。かつての天北線の線路は、すでに撤去されていて、跡地は管理されていません。高さ1メートルほどの雑草が生い茂っている状態です。

さらに町有地や民有地と土地の管理者もバラバラのため、地域の理解を得ながら地道にコースの整備を進めてきました。8月下旬には体験会で使用するコースの草刈りを朝から夕方まで4日間行いました。
なかとんべつ観光まちづくりビューロー・蓮尾純一 統括本部長
「むかしここを列車が走っていたと思うのは草木が生い茂ってしまっていてなかなか想像しづらいですね。天北線の名前の通り、一番北のほうで最果てだなと感じながら、車窓から眺める景色はどういうものだったかと想像するときれいな景色だったんだろうなと。道北特有の原野が残った風景、牧草地帯が残った風景を楽しむことができるのかなと思います」
シンポジウムで今後の可能性を探る
ことしに入ってから地元でシンポジウムも開催。蓮尾さんは、北海道大学の専門家や観光会社の関係者などを招いて可能性を探ってきました。

この中では、ロングトレイルが人気が高まれば、長期滞在型の利用者の増加も見込まれるので、地域経済への効果が期待できるとの声があがっていました。
北海道大学観光学高等研究センター 木村宏教授
「コロナ禍もあって歩くことがレジャーのひとつとして認識されている中、ロングトレイルで長い距離を歩く人は増えてきています。最北のトレイルという意味で、非常に注目を浴びるのではないかなと。トレイル好きの方や鉄道ファンの方たちを中心に多くの方が訪れるのではないかと思っています」
期待が高まるロングトレイル。蓮尾さんは地元の住民に魅力を知ってもらいながら、地域をあげて取り組みを進めていきたい考えです。
なかとんべつ観光まちづくりビューロー・蓮尾純一 統括本部長
「地域の理解がないと事業は続かないと思いますし、なるべく多くの人に関わってもらうことで魅力を高めることができます。新たな魅力を発掘して観光コンテンツとしていくことで交流人口なども生まれてくる。地域の方々と天北線を改めて光をあてて、町外の人に魅力として発信できるようなコンテンツとして作っていきたい」
およそ150キロの区間を結んでいた天北線の跡地は、中頓別町内だけでおよそ40キロ。蓮尾さんは、今後もことしの秋や来年にもシンポジウムを開催する予定で地域全体の理解を集めながら、5年後を目標にコースの整備を目指したいということです。将来的には定期的にイベントツアーを開催するなどして利用者を呼び込み、町内のほかの観光スポットと連携していきながら観光を盛り上げていきたいということです。

長野県や新潟県の「信越トレイル」のように多くの利用者を呼び込める起爆剤になるか、今後の動きから目が離せません。
↓9月12日「ほっとニュース道北オホーツク」で放送
記者プロフィール
稚内支局記者 山川信彰。2019年入局。釧路局を経て去年11月から現所属。再生可能エネルギーのほか、自然環境、地方鉄道問題などを取材。
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2022年9月12日