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海と森をつなぐ 知床世界遺産15年 web

  • 2020年11月9日

知床が世界自然遺産となって15年。日本の自然保護・管理の最先端の場として、さまざまなチャレンジがなされてきた。そのひとつは、川の生き物の移動を阻むダム=河川工作物の改良。どんなことが進み、次に何がなされようとしているのか、3つの川を訪ねた。 

※web版コラムとweb版動画を追加掲載しました。【2020年11月16日】
放送版:0755DDチャンネル 海と森をつなぐ 2020年11月7日初回放送

岩尾別川 サクラマスはダムを越えて

観光客が通り過ぎるすぐそばで

世界自然遺産の入り口にある知床自然センターから知床五湖に向かって道路を進んでいくと、大きな谷を下って最初に交差する川がある。それは岩尾別川。いわば「知床の大通り」の、ほど近くを流れる川だ。その支流で治山ダムの改良が進められてきた。
ダムは1960年代までに作られ、下流にある道路や建物を守る役割を担ってきた。しかし、同時に、海で育ち、川で卵を生むサケ科魚類たちの遡上を阻んできたことから、2005年の世界遺産登録をきっかけに、堤体の一部を切り下げたり、スリットを入れたりして、魚が通り抜けられるよう改良が進んできた。

「復元」をモニターする

知床の保護管理を担う知床財団は、開拓跡地の自然を復元する100平方メートル運動の一環として生物相の復元を目指し、岩尾別川のサクラマスの復元にも取り組んできた。その遡上状況を、毎年、調べている。 
2020年は8月終わりから9月にかけて調査が行われた。産卵直前のサクラマスが潜んでいそうな落ち込みに小型の水中カメラをさしこみ、撮影した映像からサクラマスの有無や数を確認する。

支流のピリカベツ川は、本流から分岐してすぐのところに治山ダムがある。そのダムは、遺産登録以来、中央に大きなスリットを入れる改良がおこなわれ、魚たちが行き来できるようになった。ダムの上流は、川底を小砂利が埋めながら、小さな落ち込みが連続する自然な環境だ。

調査にあたる知床財団の松林良太さんはその落ち込みのひとつを前に —

「ここでサクラマスが産卵していたんですよ」

と指差して教えてくれた。
ピリカベツ川はダムから上流へ1.5キロのところで、魚止めの滝がある。その滝壺では、前年にもサクラマスの姿が確認された。
つまり、ダムが改良されたことで、1.5キロ分の環境をサクラマスが再び使うことができるようになっていた。

知床財団自然復元係長 松林良太さん
「ダムの上流にのぼることで、卵を生む場所が広がります。ダムを改良した効果は、間違いなく現れていると考えています」

復元の新たな挑戦
岩尾別川では、これまでに、支流のピリカベツ川の1か所、同じく支流の赤イ川の2か所で、治山ダムの改良が行われてきた。さらにいま、岩尾別川本流にある治山ダムの改良も検討されている。
その検討対象になっているダムの直下にいたサクラマスのオスとメスがこちら。

そう遠くはない将来、こうした魚たちが、このダムを超えて、かつての産卵環境に向かう日がやってきそうだ。

サクラマスたちがダムを越えられるようになり、その効果があらわれるのはいつなのか…。興味深い研究がある。尻別川の支流のひとつ白井川で行われた研究で、魚道を設置したあと、その効果が顕著に表れたのは3世代=9年を経たあとであった。
研究を行った道立総合研究機構さけます・内水面試験場研究主幹で河川工作物アドバイザー会議のメンバーでもある卜部浩一さんは —

「再生産の適地を使えるようになることで、それまでに比べて生き残りが高まったと考えられるのですが、その効果は世代を重ねることで、ようやく目に見えるようになったという結果でした」


 

オッカバケ川 人と自然のチカラで

「世界が注目」する人力工事

知床世界自然遺産にある河川工作物について、行政側が、河川生態・防災などの専門家から意見を聞く、河川工作物アドバイザー会議が毎年開催されている。治山ダムの改良後の評価や、新たな改良工事の進捗、これから考えるべきこと、などが話し合われてきた。
2020年度第1回の会合は9月下旬に開催、その席上、会議の座長を務める中村太士北海道大学大学院教授(生態系管理学)は、羅臼側のオッカバケ川で進む工事について触れた。

「オッカバケ川のダムの改良工事は海外の専門家も注目していて、大きく紹介されています」

オッカバケ川での工事とは、鋼鉄製の治山ダムの中央部分を切り下げていく工事(2017年工事開始)を指す。2019年9月、現地を視察で訪れたIUCN=国際自然保護連合のサケ科魚類の専門家は、報告書にこう書いた。

「鋼鉄製治山ダムを撤去する担当者の熱意と真剣さを見るのは刺激的であった。担当者は鋼鉄製ダムを切断し、部材を背負って徒歩で運び出している」(IUCN諮問ミッションより)

オッカバケ川の治山ダムの改良工事は「手作業」で行われている。工事用の林道をつけず、重機を使わず、人力で鋼鉄製のダムを改良していた。

手作業と水のチカラ
 

2020年7月の早朝、オッカバケ川ぞいの駐車スペース。背負子にくくりつけた大型のラジオにスイッチが入れられ、スピーカーから聞こえる「番組出演者の声」を先頭に、6人の工事担当者が上流に向けて歩き始めた。オッカバケ川第2号治山ダムの改良工事に向かうのだ。

ラジオは「ヒグマ避け」。道中のところどころの枝に結び付けられたピンクテープを目印に、藪を抜け、岩のあいだを抜け、川を渡り、ヒグマのフンをよけ、距離にして700m進んだところに工事現場はある。
改良するダムは、1969年に作られた鋼鉄製、幅50メートル、高さが4メートルある。両脇を残して中央部分を幅10メートル分切り下げ、魚が行き来できる流れにもどすのが狙いだ。

作業は、鋼鉄の部材の接合部分をバーナーで焼き切り、少しずつ外していく。「部材」といっても、軽いものではない。ものによっては、数人がかりで抱えて動かす必要がある。その前に、バーナーの燃料のガスが入ったボンベはおよそ100キログラム。鉄パイプにくくりつけて「かご」のように持ち上げて、人力で運んできた。

冷たい水はバーナーの熱を冷ましてしまう。作業の進み具合にあわせて水の流れを変えるために、スコップとクワで土砂をかき出す。
ひと抱えもある大きな岩も、力をあわせて少しずつ動かし、最後にゴロンと転がった瞬間には、一同から思わず歓声があがった。

この改良工事を進める根釧東部森林管理署・総括治山技術官の齊藤和徳さんは —

「重機を入れるには大幅な土地の改変が必要ですし、河口付近の沿岸漁業への影響も考慮しなければなりません。大がかりな機械力に頼らない、可能な施工方法を考えた結果、人力主体の工事なりました」

改良工事は、周囲の環境へのインパクトが少ない方法がとられたことに加えて、自然=水のチカラが大きく関わっている。
工事前、このダムのすぐ上流は土砂がたまった状態になっていた。このため、一気に堤体を切り下げるのではなく、少しずつ切り下げ、その都度、雪解けや雨による水の力を借りて、土砂が少しずつ下流側に供給されていく形をとった。

2017年から始まった第2号治山ダムの工事は、2020年10月、最後の部材を運び出してようやく完了した。今回の切り下げで、川底の環境はどう改善されてきたのか、このあと変化を評価し、下流側にある第1号治山ダムの改良に役立てる。

前例のないこの工事について、河川工作物アドバイザー会議座長の中村太士教授は —

「オッカバケ川のダムの下流側は、どちらかというとサケの産卵に適さない環境だったのが、上流から自然の土砂が少しずつ供給されることによって、産卵床になりうるような環境が出来つつあります。人力でやっているので、現場はものすごく大変ですし危険もあると思うが、まわりの環境を作業道によって壊さずにできていて、誇れる工法だと思います」

オッカバケ第2号治山ダムの改良工事で、ダムの上流側の土砂がどのように下流側に供給されていったのか。2017年の工事開始から2020年の工事完了までを振り返ると…。

サシルイ川 世界遺産の価値を支えること

記録的な大雨で魚道が…

大雨による川の増水は、川底の土砂を動かして魚道を埋めてしまうことがある。
2020年10月12日から13日にかけて、知床は大雨に見舞われた。羅臼では1時間の降水量が45mmに達し、それまでの最大記録を塗りかえる雨となった。
この大雨にともなう増水で、羅臼町のサシルイ川第1ダムの魚道は、魚道内に土砂がたまり、本流との接合部分が上流側も下流側も埋まってしまった。

世界自然遺産を支えるということ

大雨から2日後の午後、そのサシルイ川の魚道で、土砂を取り除く作業が始まっていた。復旧作業を担うのはボランティア。地域の建設会社の社員で北海道魚道研究会のメンバーと、知床財団のスタッフだ。
まずは上流の入り口の土砂を取り除き、水が流れるようにする。その水の力を使って魚道内の土砂を足で浮かして下流に流していく。まるでサケが尾びれで川底の石を浮かし、産卵床を掘っていくような作業だ。
2時間をかけて、魚道内の流れはすっかり元どおりになった。

「すぐ下流の川の中にサケが何匹か待機していた。早く上流に行きたいんだね」

とは北海道魚道研究会のベテランメンバー。

石を下流に送り出す作業中にも、サケが魚道をのぼって行ったとのこと。もしやと、魚道の入り口付近の水中を撮影してみると…、サケが魚道の方向に頭を向けて遡上のタイミングをはかっていた。

世界自然遺産の魚道は、ボランティアで駆けつける人たちの情熱で支えられていた。

2020年11月9日
2020年11月16日更新

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