NHK札幌放送局

アメリカ人教授、荒地を拓く #十勝農業放送局

十勝チャンネル

2021年10月6日(水)午後2時43分 更新

「十勝農業放送局」5回目のテーマは「離農跡地の再生」です。

高齢化や後継者不足が叫ばれている農業現場では、後継者がいないことなどを理由に離農する農家があとを絶ちません。
離農した農家が残した宅地などの「離農跡地」がそのまま放置されている現状があります。
この問題に危機感を抱き、離農跡地の再生を願って立ち上がった男性が帯広にいます。
男性の挑戦を追いました。

(NHK帯広 原祢秀平記者)


1本の電話から

9月中旬、NHK帯広放送局のニュースフロアに1本の電話がかかってきました。
「放置された土地を再び利用できるようによみがえらせたい」。
電話口の男性は英語でみずから始めた取り組みについて語りました。

電話を受けたニュースデスクから「男性に直接会って詳しい話を聞くことになったんだけど、原祢くんも一緒にどう?」と誘われ、同席することになりました。

帯広で2年間生活してきてさまざまな人たちとお話してきましたが、アメリカ人と会う機会は数えるほどしかありませんでした。期待が膨らみつつ当日を待ちました。

男性は「HELLO!」と元気よくあいさつしてくれる、身長が高くて笑顔がすてきなアメリカ人でした。
男性の名前はマーシャル・スミスさん(58)。帯広畜産大学で教授を務めています。

話を聞き始めてすぐにスミスさんの目に宿る、強い意志を感じ、彼の取り組みを追うことを決めました。


アメリカ人から見た北海道

アメリカ西部カリフォルニア州出身のスミスさんは、34年前に留学をきっかけに来日しました。
東京や四国で働いた後、祖父や父と同じ研究者の道に進みたいと公衆衛生学を専門に勉学に励みました。
帯広畜産大学への赴任をきっかけに帯広に移住して20年がたち、現在は妻や4人の子どもたち、それに犬や猫に囲まれた生活をしています。

20年もの月日を北海道で過ごしてきたスミスさん。
北海道に長く住んできたからこそ見えてきた問題があるといいます。
それは「離農跡地」の問題です。離農跡地とは、離農した農家が残す跡地のことです。


農地は引き継がれても

農業現場では高齢化や後継者不足が叫ばれていますが、北海道も例外ではありません。
道のまとめによると、平成30年に農家が離農した理由の62%が後継者問題でした。
その割合は6年間で13ポイント余り増えています。

そして、スミスさんが目を付けた「離農跡地」。
このうち、農地については85%が近隣の農家などからすぐに買い手がついて引き継がれています。(令和元年 離農農家の保有農地の権利移動状況調査より)

しかし、農地以外の宅地などの跡地は、放置されているところもあります。

マーシャル・スミスさん
「そのまま放置されている土地があることがもったいないです。北海道は恵まれた土地で、多くの美しい資源や自然、豊かさがあります。しかし、北海道の人々は自分たちが持っているものを十分に理解していないのではないかと感じることがあるんです」


離農跡地を購入し再生させる!

スミスさんは立ち上がりました。
放置されている離農跡地を購入し、みずからの手で再生させることで、誰でも離農跡地を引き継げることを示したいと考えたのです。

マーシャル・スミスさん
「北海道にはまだチャンスがあります。人々が賢く行動することで、次の世代のために北海道を守ることができるのです。私はそれに貢献したいのです」


待ち受けていたのは…

しかし、公衆衛生学が専門のスミスさん。農業の経験や知識はなく、一からの挑戦です。
待ち受けていたのはさまざまな困難でした。

土地を購入しようにも、建物の一部がすでに亡くなった人の名義になっていたため、購入が思うように進みません。

マーシャル・スミスさん
「すぐに土地の購入を実現できると思っていたのですが、長いプロセスでした」

慣れない日本語での複雑な書類手続き。
それでも、スミスさんは持ち前の行動力で法務局にも出向いて解決法を探り、ようやく芽室町上美生の土地を購入することができました。
しかし、その土地は…

マーシャル・スミスさん
「今までこんなに大きくなった雑草を見たことがありません」

スミスさんが購入した離農跡地は雑草が生い茂り、身長が190センチほどあるスミスさんより背が高い雑草もありました。

さらに、敷地内にある牛舎の中は整理されておらず、古い農機具や使えなくなった家具などであふれかえっています。

マーシャル・スミスさん
「日本人はきれい好きな印象がありましたが、ここでは裏切られました(笑)」


次世代につなぐ土地を目指して

さまざまな困難に直面しながら始まった挑戦。

まずは、牛舎や納屋の中に残された物を一つ一つ運び出し、慣れない手つきで草刈り機のエンジンを入れながら雑草を1本ずつ刈り取るところから始めています。
地道な行程ですが、スミスさんは楽しそうに作業を進めています。

雑草を取り除いたあとは畑を作って野菜を栽培し、牛舎ではヤギを飼えないかと検討しているほか、周辺の山林も購入し有効活用の方法を考えています。
将来的には北海道に移住を希望する住民や学生などにもその過程を公開して、ノウハウを共有していこうとしています。

放置された土地を再生させ、豊かで美しい北海道を残したい。
スミスさんの目には、未来の北海道の姿が映っています。

マーシャル・スミスさん
「もし、何らかの目標や信念を持っているのであれば、すべての選択肢に挑戦するべきです。私はすべての子どもたちにとって未来が持続可能で明るいものにしたいのです」
【取材を終えて】
スミスさんの第一印象は「強い意志」でした。私の英語力の問題で、最初はスミスさんが話すことの半分くらいしか理解できませんでしたが、目を輝かせながら話すその姿に「この人はなにかやってくれるはずだ」と可能性を感じないわけにはいかなかったのです。

私は何らかの目的を達成したい時、先に方法を熟考した上で行動し始めることが多いですが、スミスさんは逆でした。「意志あるところに道は拓ける」と先に手を動かし、強い意志で道を切り拓いていく姿はまぶしくて、新たな価値を生み出していくとはこういうことなのかと感銘を受けながら取材していました。

スミスさんが購入した離農跡地はまさに荒廃しているような土地です。最初に見た時は「本当にこの土地から何か生み出すことはできるのか」と不安に思いましたが、スミスさんの希望に満ちた顔を見た時に、きっと大丈夫だと思いました。挑戦はまだ始まったばかりですが、いつか大輪の花を咲かせるものだと確信しています。その時までには、私の英語力も向上させていたいと切に願います。

2021年10月1日放送

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