NHK札幌放送局

“滞在してたら腹が減る” 広尾グルメ=奥深き世界

ローカルフレンズ制作班

2022年7月20日(水)午後6時53分 更新

「ホテルは素泊まりしか認められません」
「えっ、せめて朝食だけでもつけてもらえませんかのぉ?」
「認められません!」

広尾町にお邪魔する直前、NHKの経費制度について確認したときの会話だ。これにより、広尾町でのひと月の滞在期間は、そのほとんどがコンビニかレトルトになるであろうことが、ほぼ当確となった。ホテルに頼んで自腹で朝ごはんを食べる手もあるが、ロケの出発時間も早朝から始まることが多そうだ。先行きの読めない中では、朝ごはんも頼みづらい。
日ごろ、決してグルメな食生活を送っているわけではないが、米も炊けない、みそ汁も作れないホテル暮らしの一か月は、正直、気が重かった。
余談だが、私はNHKで働く前、世界のふしぎを発見する番組を作っていた。アンデス山脈の山奥や、パプアニューギニアの離島など、世界の秘境でひと月ということも何度か経験しているが、“食べる”がここまでおろそかになるであろうロケは初めてだった。まさに、地獄の滞在のはじまりである。

“100年続く米屋”松波商店

こだわりの広尾産

そんな私の“食べる”に希望の光が差し込んできたのは、滞在4日目のことだ。
ホテルから15秒のところにある、米屋の松波商店だった。
“米屋のおにぎり”という、魅力満点のワードを聞きつけて、取材の合間、午前10時頃に店を訪ねた。すると、すでに棚にはおにぎりがない。
おそるおそる強面のおじさんに、「売り切れですか?」と尋ねた。
すると、「注文聞いてから作るから、何にする?」との答え。
「ややや!」コンビニおにぎりとは一線を画す“おにぎりの受注生産”。
広尾産だという鮭と昆布を注文。出来立てのおにぎりは、ふっくらとしてとんでもなく旨かった。米の甘味、海苔の香り、絶妙な塩加減。そして一個130円からと、懐にも優しい。一気にファンになった。地獄で仏とはこのことである。
ならば、取材をするまでだ。強面のおじさんにおそるおそる趣旨をお願いすると、拍子抜けするほどあっさりと、いいよ、とOKをしてくれた。優しそうなお母さんが、ハハハと笑っていた。

店主 松波宏知さん

妻 弘恵さん

100年続く老舗米屋、松波商店の朝は早い。
朝6時、店に併設する厨房にお邪魔すると、松波弘恵さんが、広尾産の昆布出汁を使った、だし巻き卵を作っていた。広尾産の昆布と聞いただけで、うれションしちゃう犬のような気分だ。
そして、メインの米。季節によって品種を変えるらしいが、今はコシヒカリとのこと。
米に含まれる水分量を正確に把握するため、弘恵さんは計量カップではなく、重量で水の量を決める。365日、うまい米を炊くプロのこだわりが垣間見えた。

広尾産昆布のおにぎり

広尾町で100年続く米屋、松波商店の歴史は、まさに広尾町の漁業の歴史だ。
サケマス漁などの沖合漁業に出漁するとなれば、船には100キロ200キロ、多い時には1トンもの米を積み込んだという。強面の店主、松波宏知さんは、オレはお坊ちゃんだったんだぞ、と茶目っ気たっぷりに、当時の繁栄ぶりを教えてくれた。事実、何人も使用人がいて、お坊ちゃんのお世話もしてくれていたらしい。
けれど、北洋漁業が低迷するようになると、米は売れなくなっていく。沖合漁業から、日帰りの近海漁業へ。さらに小泉政権時代に、これまで免許制だった米穀の取り扱いが規制緩和、実質自由化となると、スーパーなどの大型店舗でも米が販売されるようになり、窮状はさらに深刻なものになっていった。
そんな中、4代続く稼業の火を絶やしたくないと始めたのが、おにぎりとお弁当の販売だった。

今では評判を聞きつけて、町内のみならず買い求める客が集まってくる。
9時に開店して、11時にはお弁当の類がほとんどが売り切れ。受注生産のおにぎりのお米も残りわずかだ。決して利益が高い商売ではないが、美味しい米と広尾産の具材が、確かに老舗米屋の未来を照らしているように思えた。

亀田妙子さん

一方、知られざる広尾グルメがあると聞きつけて訪れたのが、一軒の個人宅。
いち主婦が、会社や友人たちでの食事会の場を提供し、料理を作っているという。
亀田妙子さん。青森七戸出身の亀田さんが広尾で暮らし始めたのは、22歳の時。マグロ漁師の夫、一義さんと結婚してからだ。以来、亀田さんは夫に美味しいものを食べさせたいと思い続けてきた。

夫、一義さんとマグロ漁船の前で

マグロ漁師は、海に出たっきりとなるため、一年のうち7か月もの間、家を留守にする。亀田さんは、夫、一義さんが家に帰ってきたときには、せめて、おいしい食事をしてもらいたいと腕を磨き、おいしい料理に凝った器、おしぼりに箸置きと、まるで居酒屋のように夫をもてなしてきた。

ところが3年前。夫、一義さんは突然、69歳で帰らぬ人となってしまった。急性心不全だった。そろそろ引退を考えていた矢先の出来事だった。孫のところに遊びに行くことも、ふたりで旅行に出かけることも叶わぬ夢となってしまった。
それでも亀田さんは、長年、夫を想うことで育んできたもてなしてきた気持ちを貫いていくことにした。
亀田さんの料理が食べたいとお願いされれば、材料費だけで、腕によりをかけておいしい料理を作る。「私の道楽だ」と亀田さんは笑った。

どどんと本マスの船盛り

ハッカクの軍艦焼き

昆布漁師の保志さんたちからお願いされた食事会。
前日から仕込んだ料理は10品。シイタケのちらし寿司に、本マスの船盛り、そしてツブ貝にハッカクの軍艦焼き。
亀田さんには朝晩の食事前に欠かさず行うことがある。夫、一義さんにこれからご飯いただきますよ、と手を合わせることだ。この晩は、しみじみと旨い夕飯を堪能させてもらった。


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