「北海道の作品って、なんでこんなに評価されるのだろう?」。
日本の小説に贈られる、栄誉ある賞、芥川賞と直木賞。実はこの10年を見ると、道内出身や北海道ゆかりの作品の直木賞受賞が続いています。9年前の桜木紫乃さんの「ホテル・ローヤル」、おととしは馳星周さんの「少年と犬」、そして去年の西條奈加さんの「心淋し川」など、あわせて5作品です。
いま、話題となっている別海町出身の河﨑秋子さんの作品「絞め殺しの樹」も、受賞は逃したものの、直木賞にノミネートされていました。
「誰に聞けば、答えがわかるだろう?」
そんな思いで始めた取材に、北海道屈指の作家と評論家が、応じてくれました。
(札幌放送局・飯嶋千尋)
まずは北海道屈指の作家に聞いてみた

釧路市出身の直木賞作家、桜木紫乃さんです。9年前に直木賞を受賞しました。以来、現代を生きる女性たちが感じている息苦しさを繊細に表現し続けて、多くの読者を魅了している、北海道を代表する作家です。
そんな桜木さんは、別海町出身の河﨑秋子さんの「絞め殺しの樹」を読み、力のある作品だと感じたといいます。
「やった、やった!と思いました。河﨑さんの作品の魅力は、“あれ何か違う”って思わせるだけのオリジナリティーですよね。“日が昇ったな”と思いました」
そんな桜木さんに、私は思い切って尋ねました。「最近、北海道発の作品って高く評価されていませんか?」。すると桜木さんは笑いながら答えました。
「何で北海道の作家が、最近、ノミネートとか・・・受賞とか・・・多いんだろう?それはね、続けてるからだよ。しぶとくしぶとく続けてるから。続けた人しか残らないんだ」。
その上で桜木さんは、北海道ならではの独特な「自由」が表現されているからではないかと、自身のことに触れながら、指摘してくれたのです。
「北海道の人は、他人に興味がないというよりは、人にどう思われているのかとか、人の目を気にしていないのかもしれない。それでいいことも悪いこともあるのだけれど。
私の場合は、祖父母が北海道に渡ってきました。そこを起点に考えると、北海道生まれの親に育てられた3代目なのです。だから祖父母が血縁とかしがらみとか、何かを捨ててきたんだろうなということは、祖父母に詳しく聞いたわけじゃないけれど、よく分かっています。その上で、自慢する血筋とか先祖がないということは、誰のせいでもない。ただ自分がそこにいるということなのだと。それは逆に、血筋に対する責任のなさにもつながってくるんだけど、やっぱり良くも悪くも本人、私自身なのだろうなと思う。それこそ大河ドラマを見ていても思うんだけど、誰からの流れっていう血筋がないから、『俺からの、私からの流れ』になる。
そう考えると、何にもとらわれない『自由』がある。でもそれは、何事も人のせいではない、自分に責任があるってことだものね。だから『自由』なのだと思う」
この「周りの目を気にしなくても暮らしていける自由」が、「寛容」さにもつながっているのではないかと、桜木さんは考えているといいます。
その「寛容」さが、「誰の人生であっても、否定しない」という思いにつながる。
そしてそんな思いで小説を書ける土地だからこそ、北海道の作品は、より多くの読者の共感を得られるのではないかというのです。
「小説は常に人を肯定するものであってほしいし、自分も肯定したい。自分の考え方もできれば肯定したいと思いながら書いているから、小説は何かを否定するものではないと思う。北海道の書き手って、言語化せずそういうことを、何となく分かっているというか、土地が育てたものもきっとあると思います」
桜木さんの言う「自由」に、北海道の自然の厳しさが、さらに「覚悟」を兼ね備えさせているのではないか。そう分析してくれたのは、網走市生まれの文芸評論家・川村湊さんです。村上春樹さんなど、現代文学の鋭い評論で知られています。

「桜木さんの故郷でもある釧路であっても、やっぱり道内の自然は時としては非常に厳しいところですよね。厳しいからこそ、そういう自然の風土と、闘うというと言葉が強い気がしますが、何とか折り合って生きていかなければいけない。その覚悟が、はっきり書かれているわけではありませんが、北海道の作家の作品からは感じとることができます。北海道出身以外の作家が描く北海道を舞台にした作品では、なかなかその覚悟を表現するのに苦労しているように感じます。
そして、風土と人間関係が結びつくと、ドラマになる。このところ改めて、風土と人間ドラマというものが、文学の正面に出てきているように感じていて、それが、北海道の作家たちが見直されている、もしくは新しく登場してきた、ということにつながっているんだと思います」
川村さんの言う「覚悟」。「続けているから、高く評価されるんだよ」と最初に言った桜木さんの言葉がつながります。
そして川村さんは、自分が生まれた場所、そして今住んでいる場所を大切にして、小説を書き続ける「覚悟」があれば、北海道から第2、第3の桜木さんが生まれるのではないかと指摘します。
「函館や小樽、札幌でも、道内各地ではまだまだ掘り起こされていないで埋もれている、発見すべきものがまだまだあると思います。桜木紫乃さんや、河※サキ秋子さんらがもうできてるんだから、それに続く人も当然出てくるだろうし、ぜひ続いてほしいですよね」
「北海道の作品って、なんでこんなに評価されるのだろう?」
素朴な疑問から始まった取材。北海道屈指の作家と文芸評論家が教えてくれたのは、北海道という土地の魅力でした。
「自由」と「覚悟」を大切にして、今後も、北海道の文学の魅力に迫っていきたいと思います。
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