日本の食卓を支える北海道の基幹産業・酪農は、円安やロシアによるウクライナへの軍事侵攻などの影響で飼料が高騰し、経営的に厳しい状況に立たされています。
そんな中で、さらに追い打ちをかけているのが「子牛価格の下落」です。
すでに行き場のない子牛も出てきていて、現場からは「酪農家だけではどうしようもない」という声が上がっています。
(取材:NHK函館放送局 西田理人)
増える経費負担
北海道南部・八雲町の酪農家、片山伸雄さんは、90頭ほどの牛を飼育し、牛乳などのもととなる生乳を生産しています。
先行きの見えない円安やロシアによる軍事侵攻などの影響で飼料が高騰し、エサ代が1キロ60円台だったのが90円台に上がり、月の負担が数十万円増えているといいます。
酪農家 片山伸雄さん
「毎月収支がすれすれか、赤字という状況が続いていますね」

さらにここ数か月で、新たに頭を悩ませる問題にも直面しています。
肉用として売りに出す子牛の価格下落です。
酪農家 片山伸雄さん
「F1(交雑種)なんですけど、6月の時は13万や14万とかで売れていたんですが、ことし9月5日に売ったF1は5000円でした」

片山さんの牧場では今月上旬にも新たに生まれた子牛の出荷を迎えましたが・・・。
片山さん
「持って行けない?」
買い取り担当者
「いま持っていくのなら1000円。体重があれば1万5000円ぐらいはするんですけど」
体重が少ないこともあり、1頭1000円で取り引きされました。

子牛は、母親を妊娠させて出産させ、出荷するまでに1年ほどかかります。
この間の経費は3万円ほどかかるということで、収益を生むにはほど遠い状況です。
片山さんの牧場では、今年の肉用子牛の売り上げが去年の2割程度にしか達していません。
牛を育てるのに欠かせないエサ代が高騰し乳価も伸び悩む中、収入の一部である子牛の価格下落は大きなダメージだといいます。
酪農家 片山伸雄さん
「こうやって子牛の価格が暴落すると、本当に経営に響いてきて、厳しい状況になっています。これまでも価格が多少上がったり下がったりはありましたが、ここまで下がったのは初めてです」
そもそも酪農の仕組みは?
そもそも、生乳を生産する酪農家から、なぜ肉用の子牛が出荷されるのか?
乳牛は、妊娠して子どもを産んでから搾乳期間に入ります。
その中で、一定数の子牛が生まれます。
このうち、ホルスタインどうしをかけあわせ生まれた子牛の「メス」は、乳牛として育てられます。
しかし、ホルスタイン種の「オス」や、乳牛と肉用の牛をかけあわせて生まれた「交雑種」の子牛は、肉用の牛として畜産農家などの手に渡ります。そして、2年ほど育てられてから、スーパーなどにならぶ「国産牛」や「加工肉」として流通する仕組みになっているのです。
酪農家は生乳の生産計画に基づいて、乳牛の妊娠・出産を行っています。
その過程で生まれる肉用の子牛も、酪農家にとって大切な収益源なのです。

しかし、肉用子牛の取り引き価格が、飼料高騰により子牛の買い取りを控える動きなどの影響で大幅に下落しています。
北海道で最も子牛の取り引き数が多い十勝中央家畜市場では、乳牛と和牛などをかけあわせて生まれた「交雑種」の子牛の取り引き価格は今年9月、およそ6万3000円に下落し、昨年度の平均から4割ほどになっています。
さらにホルスタイン種の「オス」の肉用子牛については、取り引き価格がおよそ10分の1にまで落ち込んでいます。
十勝中央家畜市場は、
「飼料高騰などで買い手側が肉用子牛を買い控えしたり安い値段で買ったりする状態が続いていることに加え、大手の畜産グループが経営破たんしたことを受けて下落が続いているとみている。買い手側・売り手側双方に影響が大きく、個人の努力ではどうにもならないので、国の支援策などを注視・期待したい」と事態を深刻に受けとめています。

行き場がない子牛も・・・
片山さんの牧場ではこれまでは買い取られていたような子牛も、ついに買い取られないケースが出てきているといいます。
先月、5頭が買い取られず行き場がなくなり、重い決断をせざるを得ませんでした。
酪農家 片山伸雄さん
「業者が持って行ってくれないと、経費などの関係でもうちに置いとくわけにもいかないし、次に生まれる子牛もいるので置く場所もない。そうすると、どうしてもしかたがないという時なんですけど、殺処分という状況に、こないだはなりました」
片山さんは、個人の力だけで乗り越えるには、あまりも苦しい状況だといいます。
酪農家 片山伸雄さん
「なんとか自分の力でという気持ちも、もちろんあるんですけど、もう限界に近づいてきています。この状況がさらに悪くなった場合に、酪農経営自体がもうやっていけないんじゃないかなという不安は感じています」
専門家は「酪農のあり方を考えるフェーズ」
酪農経営に詳しい専門家は子牛に取り引き価格について、今後一定水準までは回復する見込みはあるものの、回復する時期を見通すことは難しいと指摘しています。
そのうえで、危機感を持って支援策を打ち出す必要性を強調します。

北海道大学農学研究院 小林国之 准教授
「この状況を受けて、当初は離農をする予定ではなかった人が離農をするということも、すでに見え始めています。短期的に言うと、実際に『年を越せるかどうか』というような危機的な状況にある経営をいかに潰さないかが大事になってくると思います。経営支援については金額が充分かどうかという議論ももちろんありますけれども、そういうことをやっていくことがまず短期的には必要になってきます。中長期的には、円安や、飼料の国際的な需要増などの見通しがなかなかつかないため、国産飼料の検討など酪農のあり方を考えるフェーズに来ているかもしれません」
取材を通して、酪農家だけの頑張りや工夫だけでは乗り切れない苦境が見えてきました。私たちの食卓や生活を支える現場の声に、多くの人が耳を傾けていく必要があると感じました。

2022年10月17日
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