NHK札幌放送局

JR日高線とともに歩んだ様似駅前民宿

ほっとニュースweb

2021年3月8日(月)午後2時04分 更新

「駅、汽車、そして旅人と一緒に歩いた人生だった」。こう語ったのはJR日高線の終着駅、様似駅の前で40年以上営業を続けている旅館の女将です。日高線はことし4月1日、全体の約8割にあたる区間が廃止されます。
廃線まで残りわずかの日々。それでも旅館には、これまでと変わらない温かな時間が流れていました。
 (室蘭放送局 上野哲平カメラマン)

自然豊かな日高線 かつてはカニ族でにぎわう

JR日高線は苫小牧駅~様似駅を結ぶ146.5キロ。太平洋を望む海岸線に沿って列車が走り、線路のそばの牧場ではサラブレッドたちが悠々と草をはんでいます。

昭和40年代~50年代には大きなリュックを背負った若者たち、通称「カニ族」が襟裳岬を目指し、終着の様似駅まで列車でやってきました。

かつて若者たちでにぎわっていた様似駅には今、列車が来ていません。2015年1月、高潮で線路が被災し運休。赤字路線でもあったことから、鵡川駅~様似駅間の廃止が決まったのです。

40年以上旅館を営む「とうさん」「かあさん」

様似駅前には日高線のにぎわいや寂しさを40年以上、間近で目にしてきた旅館あります。「駅前民宿」を営むのは対馬俊一さん(81)、久美子さん(74)夫妻です。

様似町で生まれ育った2人も、カニ族で駅のホームがごったがえす光景が目に焼き付いていると言います。

対馬久美子さん
「ここに駅があり、宿があるのが自分たちの誇りでした。頑張ろうねと励まし合いながら何年も続けてきました」

列車でやってくる旅行客はもういません。代わりに旅館では、対馬さん夫妻の“息子”と呼べるような世代の利用客が寝泊まりを続けています。日高線の代行バスの運転手たちです。ほとんどが札幌などから交代で出張にやってきて4週間滞在します。
壁には手書きで書かれた列車代行バスの時刻表が張り出されています。

久美子さんは運転手一人ひとりが旅館に戻る時間にあわせて電気シーツのスイッチを入れ、ふとんを温めて帰りを待ちます。

地元の新鮮な魚など食材を入荷すれば、手料理をふるまいます。肉団子のスープ、海老やタラのフライが大好評。運転手たちのリクエストに応えることもあると言います。

旅館の雰囲気は運転手たちの実家そのものです。いつしか2人は運転手たちから「とうさん」「かあさん」と呼ばれ、慕われるようになっていました。

対馬久美子さん
「血はつながっていないけど、おかあさん、おとうさんと呼ばれるうちに、おいしい物を食べさせてやりたいという母心ばっかり湧いてくるんです」

21時59分。列車代行バスの最終便が様似駅に帰ってきます。久美子さんは毎日この時間に合わせて旅館の前に立ち、バスに向かって手を振ります。雨の日も、風の日も出迎えを欠かしません。

列車代行バスの運転手
「とうさん、かあさん(対馬さん夫妻)がいるから4週間の出張ができて、列車代行バスも成り立っているのかなって心から思っていますね」

もてなしの原点「たった一言が人の心を暖める」

久美子さんが大切にしている言葉があります。その言葉は旅館のリビングの壁に色紙で飾られています。

40年ほど前、近所のパン屋の主人から贈られた言葉です。久美子さんはこの言葉を胸に刻み、「息子たち」に接していました。
4週間の出張を終えて、別れを惜しむように握手を交わすバス運転手たち。目が潤みます。そして、もう一度旅館での時間を過ごしたいと、何人もの運転手が列車代行バスの出張を希望し、様似町に戻ってきました。

日高線とともに走り続けて

JR日高線とともに走り続けてきた対馬さん夫妻。ことし4月1日、最後の列車代行バスの運転手を送り出した後は、一度旅館を閉めてしばらく休むことを決めています。
運転手たちを受け入れてから6年。一日も休まず、もてなしを続けてきました。「コロナが収まったら大好きな沖縄に行きたい」。2人はうれしそうそうに顔を見合わせていました。
「暖かい季節になって、アポイ岳に登る人たちがやって来たら、また旅館を開けないとね」。旅行の話の時より明るい顔になって、顔を見合わせながら笑っていました。

対馬久美子さん
「血がつながっているような、言い表せられないような人と人とのつながりがあった。毎日楽しかったですよ。最後まで、最後まで頑張ります」

《取材後記》

対馬さん夫妻と列車代行バスの運転手たちの親密さを語るには、ここで書ききれないほどたくさんのエピソードがあります。
旅館に泊まった運転手の妻からお礼の手紙が届いたり、家族を連れて旅館に遊びに来たりする運転手もよくいます。子どもたちからは「様似のじいちゃん、ばあちゃん」と呼ばれているそうです。運転手から「おかあさん、もうすぐ子どもが生まれる!」という連絡を受けて、久美子さんが片道4時間かけて車を運転し、出産に立ち会ったこともあったそうです。
運転手たちは「下の名前で呼んでくれ」と言うそうです。「おとうさん!おかあさん!」「まさる!」と呼び合う、対馬さん夫婦と運転手の食卓での会話は、家族の会話そのものでした。
取材で訪ねるうちに、私もお二人を「おとうさん、おかあさん」と呼び、お二人も私を「哲平」と呼んでくれる間柄にさせていただきました。大家族の仲間入りできたようで、とてもうれしかったです。
今度は家族を連れて、おじゃまさせていただきます!おとうさん、おかあさん!

室蘭放送局・上野哲平 2021年2月17日放送

関連情報

また拡大か鳥インフルエンザ 北海道内でも警戒を

ほっとニュースweb

2021年11月16日(火)午後6時59分 更新

被災者の生活支援にコロナの壁

ほっとニュースweb

2021年9月3日(金)午後4時23分 更新

北海道新幹線開業5年 加速する札幌市の再開発

ほっとニュースweb

2021年3月24日(水)午後3時34分 更新

上に戻る