「めっちゃお勧めしますって、すでに周りに言っています」
男性は滞在わずか1週間で、すでに周囲に勧めていることを明かしてくれました。
さらに男性が自身のSNSで発信すると、「感想を教えてくださいね」とか「どうですか?」など、かなりの反応があると言います。なかには「すでに知り合いが申し込んでいます」という人まで。
男性が利用したのは、地方の観光地などでテレワークをして働きながら休暇も楽しむ「ワーケーション」。と言っても、普通のワーケーションとは一味違ったユニークな仕組みが男性の心をつかんだようです。
過疎の町で子どもを預ける
都内に住む青地広信さん(43)です。3月、ワーケーションのために、妻と3歳の娘とともに道南の厚沢部町に2週間滞在しました。

その際、利用したのが「保育園留学」です。保育園留学は町で1週間から3週間、移住体験をしながら、町内唯一の認定こども園「はぜる」に子どもを一時的に預けられるもので、町が民間と連携して実施している事業です。

利用の際には、例えば大人2人と子ども1人が2週間利用する場合、宿泊費も含めて17万円など、大人や子どもの人数、それに滞在期間に応じて料金が設定されています。このように利用料はかかりますが、去年11月の開始以来、すでに首都圏を中心に100を超える家族が応募しています。

「首都圏だと保育園がビルの中にあったりだとか、公園などの遊ぶ場所がなかったり園庭がないということを聞いていたので、子どもたちはここに来て、伸び伸び遊ぶことを楽しんでるなというのを感じます。また、このこども園にふだんから通っている町内の子どもたちにとっても、外部から新しいお友だちが来ることで、ふだんとは違う刺激があり、受け入れる側にとっても良い影響がありますね」(認定こども園はぜる 橋端純恵 主任保育教諭)
親はテレワーク
子どもを預けた青地さんは、その間、町が提供する滞在施設でテレワークをしていました。

フリーランスで企業に経営のアドバイスなどを行っている青地さんは、コロナ禍で仕事がテレワーク中心となり、妻も外資系メーカーでテレワークが多くなったことから、これまでにワーケーションをいくつか経験してきたといいます。ただ、ふだん都内の保育園に通わせている娘を連れて行く場合、預け先に課題を感じていました。

「3歳の娘を連れていくので、ワーケーションとなると訪れた場所で仕事もしながらバケーションも楽しむのですが、やっぱり業務時間の託児がすごい気になるなと思っていたんです。これまでは有資格の保育士の方が面倒を見てくださったりとか、あるいは自分たちで面倒を見るとか、そういったパターンが多かったんですけれども、今回は保育園に預けられるということで何より一番安心安全ですし、親子ワーケーションとしてのベストの形の1つだなとすごく思いました」
さらに保育園留学を選ぶにあたって、もう1つ決め手があったといいます。
「今回2週間参加してるんですけれども、これまでのワーケーションだと、例えば2泊とか3泊というのが多くて、それだと旅行の要素、バケーションの要素の方が大きくなってしまいがちなんです。でも2週間、場合によっては3週間とか中長期で滞在し、厚沢部町の自然を含めたいろんな環境の中でふだん暮らしができるという意味では、期間の長さも決め手の1つでした」
転機はコロナ禍

厚沢部町が保育園留学を始めた背景にあるのが過疎化の問題です。町の人口は1万人を超えていた昭和35年(1960年)をピークに減少を続け、ことし2月末にはピーク時の3割程度である3500人余りまで減っています。
人口減少に歯止めをかけようと、町は対策の1つとして平成22年(2010年)に移住体験を始めました。これまでにおよそ700人が利用したということですが、利用者のほとんどが高齢者で、移住につながった人は1人もいないということです。
こうした中、転機となったのが、コロナ禍での働き方の変化です。テレワークが定着し、ワーケーションが広がる中、子どもの一時預かり制度と移住体験を結びつけることにしたのです。

「ワーケーションって、いろんなところでやってるじゃないですか。やってるけど、いざ行こうかなと思っても、結局、子どもを連れて行くと子どもをずっと見ていなきゃならないとかいう課題があったところに、うまく保育園留学がはまった部分があるんじゃないかなとは思います」(厚沢部町政策推進課 木口孝志係長)
第2のふるさとに
地方ならではの体験ができるのも保育園留学の特徴の1つです。この日、青地さんは妻と娘とともに地元の農家を訪れ、アスパラガスの収穫体験をしました。青地さんは娘が1本1本、アスパラガスを丁寧に採る様子を目を細めて見つめながら、子どもに貴重な経験をさせることができたことを喜んでいました。

「東京で暮らしていると、自然に触れ合う機会がどうしても限られてしまうので、こういうところに子どもを連れて来られるというのはすごくうれしいです。それに1日や2日だけではなくて、今回のように2週間過ごすことができれば、こうやって農業体験もすることができるので、それ自体が貴重な経験になりますし、子どもにとってもすごくいい時間だなと思います」(青地広信さん)
家族と一緒に町の魅力を存分に味わった青地さんは、今後も町を訪れたいと言うほど保育園留学の良さを実感しているようでした。

「教育とか子どもにとっての経験はもちろんですが、平日も週末も含めて厚沢部町の方々と触れ合う中で、大人も含めてまた来たいなと思います。また、認定こども園の伸び伸びとできる広いお遊戯室や園庭というハード面のすばらしさだけではなく、新しい先生や新しいお友だちと一緒に新しい環境で子どもが生活できるといったソフト面もすばらしく、そこにすごく価値を感じています。そういう意味で、一足飛びに移住というよりは、厚沢部町を第2第3のふるさと的な場所として捉らえられるかなと思っています」(青地広信さん)
予想を超える反響で課題も
保育園留学はすでにことし12月までの予約枠がほぼ埋まったほか、キャンセル待ちも出ており、町の予想を超える反響の大きさに町の担当者も驚きを隠せない様子でした。一方で、今後の受け入れ態勢について、課題も見えてきたといいます。

「いま保育園留学を利用する家族の滞在施設として4棟の住宅を用意していますが、キャンセル待ちが30組、40組とか出ているので、今後、足りなくなる恐れがあります。このため、住宅を確保したいと思っていますが、そういう住宅を新たに建てるのは安易というか、地域の根本的な課題解決につながらないと思っています。そうではなく、過疎地では空き家がこれからどんどん増えてくるので、この空き家をうまく活用できれば、空き家問題も解消できるし、保育園留学で来た人の受け入れ態勢も強化できるかなと思っています」(厚沢部町政策推進課 木口孝志係長)
コロナ禍で新たな形のワーケーションを提示し、逆にチャンスを生み出した厚沢部町。今後は、いかに移住や定住につなげていくのかが問われることになりそうです。

「一番の理想は保育園留学をやって、じゃあ100組来るうちの例えば10組が来年に移住してきますというような取り組みになれば本当にいいなと思いますが、それが現実的に難しいことは私たちも分かっています。むしろ保育園留学は長期的に厚沢部町とつながりのある関係人口を創出しくことを目指しています。今は夏の申し込みがすごく多いのですが、これから保育園留学を利用して厚沢部町に来る人たちが『今度はじゃあ冬に来よう』、『じゃあ来年もう一度夏に来よう』と積み重ねられるようにしていきたいですし、それが最終的に移住に結びつけばいいと思っています。時間はかかると思いますが、そのために今後も取り組んでいきたいです」(厚沢部町政策推進課 木口孝志係長)
取材:鮎合真介(NHK函館)
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