NHK札幌放送局

“美瑛町の風土感じるチーズを”  小熊章子さん

道北チャンネル

2023年1月19日(木)午後1時02分 更新

美しい丘の風景で知られる美瑛町。この町にオープンからわずか3年で日本一の賞に輝いたチーズ工房があります。おいしさの秘密はどこにあるのか。工房長の小熊章子さん(37)に仕事を見せてもらいました。
(旭川放送局  山口琉歌)


わずか3年で日本一に輝く

小熊さんが手がけたハードチーズが去年(2022年)、業界で大きな話題を呼びました。日本一のチーズを決める「ジャパンチーズアワード」でグランプリを獲得したのです。「フランスのチーズと見分けがつかない仕上がりだ」。審査員にそう言わしめた逸品が小熊さんの「フロマージュ ド 美瑛夏ミルク」。チーズを作り始めてわずか3年で頂点に輝きました。

チーズ職人  小熊章子さん
「チーズを作り始めて3年目で、まさかグランプリを取れるとは思っていなかった。1年を通して腰を据えてチーズを作ることができて経験が増えたことが幸いしたと思う」


“チーズ作りを極めたい” 本場フランスで武者修行

山形県出身の小熊さん。小さいころから牛乳が大好きで、高校時代はさまざまな牧場の牛乳を飲み比べするのが趣味でした。大学では「アニマルウェルフェア」=家畜にとって苦痛の少ない環境での飼育などを学び、牧場に就職しました。就職先を選ぶ際、牛にストレスをかけないよう通年で放し飼いをしている点に魅力を感じたといいます。

牧場では牛の世話係を担当したあと、バターやヨーグルトなどを作る責任者に。「いつかチーズも作ってみたい」。夢を膨らませていた小熊さん、7年前、牧場でチーズ作りの構想が持ち上がったとき、本場フランスに留学したいと強く訴えました。

美瑛ファーム  西川隆博代表
「真面目で熱意もある。私が『チーズ作りをそろそろやろうか』と言ったときには、すでに週1回で札幌に行ってフランス語の勉強をしていたのだから、これには驚いた」

小熊さんが学んだのはフランスのフランシュ・コンテ地方にある乳製品学校です。ハードチーズ「コンテ」の産地として知られています。冬の厳しい寒さを乗り越えるために作られたという「コンテ」。製造過程で水分を少なくすることで濃厚なうまみが生まれ、長期間保存できます。小熊さんはここで2年間、チーズの水分の管理など基礎から学びました。


おいしさの秘密は牧場自慢の4種類のミルク

帰国後は牧場に新しくオープンしたチーズ工房の責任者に。少しでも本場の製造環境に近づけようと、フランス製の機器を導入しました。代理店がないなか、小熊さんはみずから現地のメーカーに交渉して輸入にこぎつけました。

こだわりは機械だけではありません。牧場自慢の4種類の牛のミルクを使うことで、より複雑で濃厚な味わいを生み出せると言います。

チーズ職人  小熊章子さん
「原料がよくないと、いくら頑張ってもいいチーズにはならない。日本で作られるチーズはホルスタイン種のミルクがメインだが、私たちの工房は4種類の牛のミルクを使っている。ジャージー種(写真左上)にブラウンスイス種(右上)、ホルスタイン種(左下)と日本では珍しいモンベリアード種(右下)。4種のミルクを合わせることですごく味が複雑になり、深みのあるチーズになる」


バランスの妙…その一瞬にかける

味に深みを与える4種類のミルクですが、ただ混ぜ合わせるだけではおいしいチーズになりません。
牛は夏に牧草、冬は乾草にデントコーンと、季節によって食べるエサが変わるため、ミルクの成分や味わいも変化します。また、ミルクに加える自家製の乳酸菌も季節ごとに菌の強さが変わります。

おいしいチーズを安定的に生産するためには、常に変化するミルクや乳酸菌の状態を確かめながら、最適なバランスになるよう絶妙な調整が求められます。

そして、作業で最も緊張する瞬間が、ミルクの発酵が進み固まり始めた「カード」と呼ばれるチーズの元をかき混ぜるタイミングです。そのタイミングしだいで、完成したチーズの水分の量が大きく左右されるからです。水分が多くても少なくても、おいしさや食感を損ねてしまいます。

小熊さんは手で「カード」に触れ、その感触と自分の経験を信じてかき混ぜるタイミングを判断します。そばで見ている私にも緊張感が伝わってきました。

チーズ職人  小熊章子さん
「ハードチーズ作りは1年後に味をみて出来がよかった、だめだったと分かる。すぐに結果が分からないところがすごく難しい」


美瑛の風土感じられるチーズを

去年、日本一に輝いた小熊さんですが、現状に満足することはありません。目指すのはフランスの「コンテ」のように、美瑛の美しい風土を感じられるチーズです。

チーズ職人  小熊章子さん
「フランスの人たちは自分の住んでいる土地の産物をすごく大事にしていると感じた。地元のものを応援するという気持ちが強い。私も美瑛の風土を感じられるチーズを作りたいと思う。いま、チーズの熟成庫は美瑛産の木材や『美瑛軟石』を使っているが、今後は牛の飼料などもできれば美瑛産にしたい。ここ美瑛の地で作ることに意味があるチーズにしていきたい」


取材後記

小熊さんに、ことしの抱負をたずねると「水分の管理がさらに難しい2年以上の長期熟成に耐えうるハードチーズ作りに挑みたい」と話していました。さらに「もう一度フランスにわたり、チーズ作りの技術をもっと学びたい」とも。より高みを目指す小熊さん。私が取材で牧場を訪れた12月の早朝、一面雪に覆われた美瑛の丘を牛たちが悠々と歩いていました。口に含んだとき、この美しい風土を感じられるようなチーズ。小熊さんであれば、きっと作れる。そう思います。

山口記者のこれまでの記事
北海道に戻れずに旧満州に眠る遺骨返還はなぜ進まないのか
北海道千歳市で作られた28年ぶりのアイヌ伝統の丸木舟
北海道の縄文遺跡は誰が残したもの? シラベルカ

関連情報

お気づきでしたか? 「変わり赤羽」

道北チャンネル

2023年9月27日(水)午後5時00分 更新

JR留萌線 留萌・石狩沼田間の廃止から1か月 地元で感じる…

道北チャンネル

2023年4月28日(金)午後3時00分 更新

【ふるさと自慢】 当麻町「鍾乳洞で日本酒熟成」

道北チャンネル

2022年8月26日(金)午前11時56分 更新

上に戻る