NHK札幌放送局

高射砲の記憶 シラベルカ#61

シラベルカ

2021年9月17日(金)午後6時19分 更新

みなさんの質問に答えるシラベルカ。
 今年は太平洋戦争開戦から80年。
戦争を体験した方が年々減る中、一人ひとりの体験を深掘りすることで、記憶を次の世代につなぎたいと考えています
身近な「戦争体験」の中でちょっと気になっていることを、シラベルカ取材班が調べます。 

今回は、札幌市に住む81歳の中村忠潯さんからの疑問に答えます。

「札幌の東本願寺の境内に、戦時中、大きな高射砲を見た。
本当にそこにあったのか、なぜあったのか、調べてほしい」。

戦時中の防空作戦の大きな役割を果たしたとされる高射砲。
軍事要所がなかったとされる札幌中心部に、どうしてあったのでしょうか?

今回は高校生と一緒に
「戦争の記憶を、より若い世代に伝えていきたい」
その思いから、戦争のことをいっしょに調べてくれる高校生を探した私たち。
札幌東陵高校の学校祭で、ものすごい規模で広島の原爆について調べている高校生を見つけました。

札幌東陵高校の新村さんと千葉さんです。
来年の修学旅行に向けて、平和学習を進める有志グループの二人。
黒板に原爆ドームの絵を描き、広島に投下された原子爆弾の実物大模型を作るなど、
積極的に戦争について学んでいました。
広島や沖縄の戦争について学ぶうちに、地元・北海道の戦争の歴史について知りたくなったといいます。
学校ではあまり教わってこなかったという北海道の戦争。
当時の状況を知っていきたい、と話してくれました。

「このシラベルカを機に、当時を知る人の話を若い世代にたくさん聞いてほしい!」
取材班のそんな思いから、一緒に取材をスタートさせました。

調査開始!でも・・・
戦争とはほど遠いイメージのお寺に、高射砲は本当にあったのでしょうか。
真宗大谷派(東本願寺)札幌別院の山本超さんに、お話を伺いました。

鉄や銅が足りない戦時中に、国に鐘を供出した写真はあるものの、
土地を貸すなどの協力をしていた証拠や写真は見つかりませんでした。
他にも、
当時から周囲に住んでいる人や、古くからあるお店などに聞き込みをしましたが、覚えている人もおらず、覚えていそうな人はもう亡くなっているとのことでした。

研究者に聞いても・・

札幌の戦争に詳しい人に聞けば、何かてがかりをつかめるのではないか。
長年札幌の歴史を研究している、元高校教師の林恒子さん(86)を訪ねました。

林さんは、札幌の丘珠空襲での「犠牲者はいなかった」と長年記録されていたところを、
自分で証言を聞き回ることで、一人亡くなった方がいると史実を掘り起こした過去があります。
いろいろな人に証言を聞いてまわった林さんなら、何か東本願寺の高射砲についても聞いたことがあるのでは・・・

しかし、
「東本願寺に高射砲があったという話は、まったく聞いたことがありません。」

当時を示す資料も軍部によって焼かれていて、当時のことを知るのはとても難しいといいます。

ただ、中村さんの見た高射砲の「1つの可能性」として、こんな話をしてくれました。

美香保公園の偽装砲

札幌の別の場所にあった、高射砲のお話です。
戦時中、札幌市東区の美香保公園に設置されていた高射砲。
管理する軍もあり、今でも高射砲の台座がコンクリートとして残っています。

しかし、ある証言によると、終戦間際に管理していた軍が千島列島に移り、
残った砲台には、敵に戦力低下を悟られないための丸太やコンクリートで作った「偽装砲」が作られたといいます。
こうした偽装砲は実は全国各地で作られていたことがわかっています。
(長崎原爆資料館に残されていた資料)

「日本軍は敗戦間際、驚くほど幼稚なことをしていた」と話す林さん。
熱心に話を聞いていた高校生の新村さんも、
「本当に追い込まれていたんだな」と声をこぼしていました。

中村さんに報告
軍事の専門家、図書館、防衛研究所、思いつく限りの調査を行いましたが、
結局、東本願寺の高射砲の正体はつかめませんでした。

「偽装砲の可能性」を中村さんに報告に行くと、
中村さんは残念そうに、「本物に見えたけどね・・」と話しながらも、
「まだ諦めない」と意気込んでいました。

千葉さん

「札幌について調べたり話を聞いたりするのは初めてで、すごく身近に感じた」

新村さん

「今回みたいに分からないこともあるけれど、今分かる時点のことを聞いて、色々な人に伝えていきたい」

取材を終えて
「東本願寺の高射砲」が今回のメインテーマでしたが、
投稿者の中村さんからは、

戦後すぐは食べるものがなく、食糧難で苦しんだことなど、
当時の札幌での生活を詳しく聞くことができました。

「お菓子なんて、滅多に食べることがなかった。」

「今じゃ考えられない。」と高校生の2人は反応しましたが、
話を聞いていた私も、同じ感想を持ちました。

戦時中のことを今では想像もできないけれど、
より若い世代のみなさんと一緒に、教科書からだけではない生の声を通して、
「自分の住む街」にも確かに戦争の影があったことを知って、伝えていきたいなと感じました。

「シラベルカ」では
今後もこのような小さな記憶をきっかけに、「北海道の戦争」をひもといていきたいと考えています。

今回のように、明確な回答ができないこともあるかもしれませんが、
お話だけでも、聞かせてください。
自分以外の人から聞いた「噂話」でも、何か大きなヒントになるかもしれません。

専用の投稿フォームにどうぞお寄せください。
また、「東本願寺の高射砲」について何かご存じのことがあれば、ぜひお寄せください。

北海道の歴史についてはこちらもどうぞ↓
北海道の遺跡「チャシ」とは。謎だらけな正体に迫る! シラベルカ#51

シラベルカ トップページはこちら

取材チーム
NHK札幌放送局 ディレクター 山下汐莉・班学人
NHK札幌放送局 広報事業部  武井杏華



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