1972 SAPPORO VR Project
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鉄オタSが語る北海道10~札幌市営地下鉄ができたころ~

NHK札幌の鉄オタSが鉄道写真からうんちくを語りまくっているこのコーナーも、いよいよ最終回!今回のテーマは、「札幌市営地下鉄」です。私もこのプロジェクトを通してさまざまな札幌市民の皆さんのお話を伺いましたが、「1972年を境に札幌でいちばん変わったこと」として、みなさん口をそろえてお話されていたのが「地下鉄の開通」でした。

こちらは1968年に作成された地下鉄建設計画のパンフレット、今回取材にご協力いただいた方から見せていただいたものです。大通の地下でクロスする地下鉄2路線の図。もう実現している風景なのに、今見ても近未来的でなんだか違うものに見えてきます。 ちなみに、当時は地下鉄ではなく「高速鉄道」と呼ばれていたそうです。

高速鉄道資料

(出典 札幌市交通局発行「実現する100万市民のあし さっぽろ高速鉄道」より)


高速鉄道資料

(出典 札幌市交通局発行「実現する100万市民のあし さっぽろ高速鉄道」より)
このパンフレットには、市営交通の今昔を紹介するページもありました。
真ん中の段の右側の写真を見ると、大通の2丁目にはバスが停車しています。昔はまだ公園ではなくバスセンターがあったんですね。下の段左側の写真、西4丁目付近の市電停留所では市電に人が殺到していますね。当時のラッシュのものすごさにはびっくりします。
こうやって昔の写真を見ていると、1968年当時の市民の皆さんから地下鉄が「夢の高速鉄道」として期待されていたことがよくわかります。
札幌市営地下鉄が開業したのは、1971年12月16日のこと。まもなく50年を迎えますよね。ちなみに、開業当初の運転区間は南北線の真駒内―北24条間でした。

ところで、今回の投稿写真の中にも、開業当時の地下鉄の写真もありました。
札幌の地下鉄といえば、ゴムタイヤで走ることでおなじみですよね。この写真を見ると、線路の代わりに真ん中に大きなレールがある路面の様子がよくわかります。

1971年見学会

(写真提供 雄岳急行さん)
こちらの写真を投稿していただいた雄岳急行(ゆーだけきゅうこう)さんによると、まだ地下鉄が開業する前の1971年のお正月に行われた見学会の時に撮影したものだそうです。この時の見学会は、実際に走る車輛には乗れなかったものの、オリンピックの競技施設もセットになった見学会だったとか。開幕まで1年に迫ったオリンピックと、もうすぐ走り始める地下鉄、当時の札幌の皆さんのワクワク感が伝わってきます。
車内での記念撮影する子どもたちも楽しそうな表情ですね。

車内での記念撮影する子どもたち

(写真提供 雄岳急行さん)
こちらの写真は、地下鉄開業後まもなく、ある駅で撮影されたものです。

ホームで記念撮影する子ども

(写真提供 七色紙さん)
この写真を投稿していただいた七色紙さん。当時は帯広に住んでいて、1971年の冬に親族の結婚式で札幌に来て、その時に撮った写真だそうです。「地下鉄に乗っていて暗いところを走っていたら明るくなって、すご~い!と思った」というコメントが添えられていました。
ちなみに地上を走る区間を全部シェルターで覆っている地下鉄は、日本では札幌くらいのもの。
すごく大胆な設備ですよね…!本州の雪国で育った私には、この発想がまったく理解できませんでした。「道路や線路の雪なんて水をまいてとかすもの!」と、いつも乗っていた上越新幹線の融雪スプリンクラー設備を誇らしく思っていたくらいです。
でも、札幌に住むようになって、ようやくその真意を理解できました。雪の種類と寒さの質が根本的に違うんですね。札幌の雪を水をまいてとかそうとしても、巨大な氷の塊を作ることになるだけだってことを…。

さて、七色紙さんがこの写真を撮ったのは、いったいどこの駅でしょう? ご本人もよく覚えていないとのことですが、シェルターの中なので「真駒内」か「自衛隊前」か「澄川」か「南平岸」…?駅の階段にある看板に注目しましょう!そこには当時開局してまだ数年の「あの放送局」の名前がありますよね。だから、当時はご近所にその放送局があった「南平岸」だと思うのですが…どうでしょう?

え!違うって? 
そうでした! 失礼しましたっ(汗)
1971年には、まだ「南平岸」という駅は存在していませんでした!
1994年までの駅名は「霊園前」。確かにそのとおりの立地条件なのですが、駅名としては……どうでしょう?