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鉄オタSが語る北海道 5 ―ディスカバージャパンと北海道―

NHK札幌の鉄オタSが人知れずひっそりと皆さんの鉄道写真を語っているこのコーナー。
今回はこちらの写真をご覧ください。

札幌駅の4代目駅舎

(写真提供 adaさん)

なんだ、札幌駅の4代目駅舎かよ、この前も見たよ……って?
いえ、そこじやなくて、駅前のタワーを見ていただきたいんです。そこになんて書いてあるか、みんなで読んでみましょう。

駅前のタワー

「ディスカバージャパン!」
そうです、1970年に国鉄が大々的に始めた旅行キャンペーンのことです。
このキャンペーンを始めるにあたって、国鉄は全国あちこちにこんなタワーを作っていたらしいですから、この写真も1970年ごろのものだと思います。

実は、ちょうどこの頃からマイカーや飛行機の利用も普及し始めて、鉄道危うし……の状況になってきました。国鉄も70年代から80年代にかけて次々と、鉄道旅行をしましょう!というキャンペーンを繰り広げてきたんです。

♪あ~日本のどこかに~ 私を待ってる人がいる~
 山口百恵さんの歌がテーマソングの「いい日旅立ち」

♪出逢いは億千万の胸騒ぎ~ まばゆいくらいにエキゾチィ~ックジャパ~ン
 郷ひろみさん「2億4千万の瞳」がテーマソングの「エキゾチック・ジャパン」

今も残る名曲も、元はと言えば国鉄のキャンペーンのために作られた曲なんですね。

そのかいあってか、周遊券で青函連絡船に乗って、北海道にもたくさんの観光客がやって来ました。
雑誌の情報を元に旅する「アンノン族」っていう若い女性たちも出現しましたよね。
その人たちに人気だったのが、こちらです。

幸福駅

幸福駅!
よくぞこんな縁起のいい名前の駅があったものです。
その名が全国に知れ渡った十勝のこの駅に人がじゃんじゃん押し寄せ、広尾線の「愛国駅―幸福駅」(愛の国から幸福へ)の切符を買っていきました。
  ♪幸福行きを2枚ください~ 今度の汽車で出発します~
「愛の国から幸福へ」という歌にまでなったほど、大きなブームになったりして……
この歌を歌っていたのは「四季の歌」を歌った芹洋子さんでした。

そして、SLブーム。
ちょうど日本からSLが消えようとしていた時代ですから、最後まで国鉄のSLが走っていた北海道にはワンサカと人が押し寄せてきました。函館本線の山中をC62の重連で走る急行「ニセコ」が乗り鉄や撮り鉄の皆さん(当時はそんな呼び方はしませんでしたが)に大人気。1975年12月に室蘭本線を旅客最終列車が走った時には、想像を絶する人が集まったそうです。

ところで、こんな鉄旅ブームがなければ、今は消えていたかもしれない北海道の風景をご存知ですか?
それは、富良野のラベンダー畑です。
香料の原料として栽培されていたラベンダーも、半世紀ほど前にはその役目を終えて、富良野でもラベンダーを栽培する農家が激減していました。ところが1976年5月の国鉄のカレンダーに中富良野町のラベンダー畑から撮影した写真が使われたことがきっかけとなって、全国からこの美しい風景を見たい!っていう人たちが訪れるようになったんです。

ラベンダー畑

国鉄カレンダーが撮影されたファーム富田からの景色 (2020年撮影 鉄オタS)

もともと観光地でも何でもなかった富良野も、1980年代に放送された「あのドラマ」の影響もあって、北海道有数の観光地になりました。

国鉄のキャンペーンもこれだけ北海道に影響を与えたのですから、たいしたものです。


☆NHKアーカイブスのサイト「みちしる」で、この記事に関連した動画がご覧になれます

広尾線 ブームとなった「愛国から幸福行き」乗車券
さようならSL 103年の歴史に幕