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スラムダンク映画に広島が 崩せなかった“湘北ディフェンス”

  • 2023年05月02日

    「謝らないといけないなと思っていたんですよ」
    スマホに電話があった。知ってますよ、映画のエンドロールにしっかりと名前が出ていましたから。
    去年12月3日に公開された「THE FIRST SLAM DUNK」。高校バスケを題材にした大人気漫画「スラムダンク」のアニメーション映画だ。公開直前の去年11月。映画に広島が登場するのかどうか話題になる中、私は漫画で描かれた広島の聖地を取材。何のヒントも得られなかった。しかし、当時取材した人の中に、映画に広島が出てくることを知りながら、知らないフリを続けていた人物がいたのだ。
    (広島放送局記者 重田八輝)

    驚愕のエンドロール

    日本のみならずアジア各国で今も人気を集める映画「THE FIRST SLAM DUNK」。ソウル支局にいる同期の記者から連絡があり、韓国でも大ヒット、現地メディアは「破竹の勢いだ」「スラムダンク旋風」と取り上げている、と知った。

    週刊少年ジャンプで1996年まで連載された漫画「スラムダンク」。ファンの私は26年の時を経て映画になると聞き、大興奮。去年11月に『ここ広島でスラムダンクの熱が再び高まってきた』という記事を書いた。原作で描かれたクライマックスの試合の舞台が、広島だったためだ。しかし、11月の時点では映画のあらすじも、当然広島が出てくるかもわからなかった。

    「SLAMDUNK」なぜ今、広島で再び
    https://www.nhk.or.jp/hiroshima/lreport/article/002/07/

    公開されて1人、県内の映画館に足を運んだ。そこには主人公たち神奈川の湘北高校が、高校バスケ界の頂点に立つ秋田の山王工業と激戦を繰り広げる姿が。舞台の1つは広島だった。取材したときは分からなかったが、やっぱり広島が描かれていた。

    原作にはなかったストーリーもあり、グッと拳を握りしめながらスクリーンにのめり込んでしまった。そしてエンドロールに入り、余韻に浸りながら声優やスタッフの名前を見ていると、ある文字に目が止まった。
    「取材協力 広島経済大学」
    去年11月にこの場所を取材したとき「広島が描かれるかは知らない」と聞いていたのに。驚きを隠せなかった。

    映画公開の1年前から…

    左:筆者      右:広島経済大学 山本俊介さん

    桜が少し散り始めた4月、坂を上った先にある広島経済大学。1人の男性が待ち構えていた。冒頭で紹介した、私に電話をくれた人だ。広報担当の山本俊介さん。実は11月の時点で「広島が舞台になる」ことを知っていたという。どういうことなのか。

    山本さん、あのとき『広島が出るか知らない』って言ってましたよね。

    そうですね、言ってましたね。

    でも、エンドロールでしっかり『広島経済大学』って出ていたと。

    取材協力をしたので載せてもらいました。名前が出たときは本当にうれしかったですね。すみません(笑)

    石田記念体育館 

    広島経済大学の体育館は、原作の漫画で湘北と山王工業が戦った会場のモデルとされている。そして映画で出た試合会場も大学の体育館だったのだ。

    47歳の山本さんもスラムダンクが大好き。ファン同士、この体育館でフリースローに挑戦した仲でもある。山本さん、いつから知っていた?
    「映画が公開される1年前、おととしの11月末くらいですね」
    …私が取材する1年も前から。

    広島経済大学学長室 山本俊介課長補佐

    広島経済大学学長室 山本俊介課長補佐
    取材協力の依頼がありました。制作会社の方が来られて、主に体育館の外観を見ていましたね。大好きなスラムダンクが、かなりの時間を経て映画化されることがすごくうれしかったです。あらすじは知りませんでしたけど、広島経済大学に取材に来たということは、あの山王工業戦が出るだろうということで興奮しましたね。『広島経済大学が出るんじゃ!』と声を大にして言いたい、叫びたかったです。でも『いやいや、ダメだ!』と。本当に、別の意味でも公開を待ち遠しく思っていました。

    湘北メンバーと同じ5人

    私の取材不足は否めない。それでも、広島経済大学がどんなディフェンスをしていたのか知りたく、学長室に飛び込んだ。

    石田優子学長

    扉を開けると、春らしい明るい色の着物姿の石田優子学長がいた。その後ろには、迫力ある湘北高校の5人が描かれた映画のパンフレットが。なんとも表現しがたい斬新な組み合わせに感じた。聞くと、石田学長は映画の公開に合わせて、31巻ある原作漫画を弟に借りて2日間で完読したという。

    漫画で体育館が使われていることは知っていたんですけど『映画になるの?』っていう驚きはありました。私も家族に言わないようにしましたし、学内でも完全シークレットにしてました。

    学内ではごく数名しか知らなかったということですか?

    そうですね、職員が漏らしてなかったらですよ、知っていたのは1、2、3、4、5。たった5人なんで。湘北のメンバーと同じ5人でね(笑)

    広島経済大学 石田優子学長
    制作会社側からはとにかく『すべて内緒にしてくれ』と言われていました。公開される前にはまわりから『大学が舞台になるんじゃないの?』って聞かれることもありましたけど『本当に知らないんです』『漫画ではウチが出たんでウチだったらいいんですけど』ってごまかし、演技していましたね。漏れたら5人のうちの誰かですよね。職員を信じていますし、もう鉄壁の守りだと思って情報が漏れる心配はしてなかったですね。

    『絶対に言ってはいけない』桜木のようなダンコたる決意。ネット上では公開が近づいてもあらすじがまったくわからず、内容を考察する書き込みが多々あった。ファンたちがやきもきする中、私をはじめ記者などからの問い合わせをかわし続ける。5人は、1年にわたって学内の同僚、学生、友人、家族にも一切漏らさなかった。誰に聞かれているかわからない飲食の席でもまったく触れなかった。

    赤木のブロック、宮城のスティール、桜木のスクリーンアウト、それにフンフンフンフン…。いろんなシーンが目に浮かぶ。湘北バスケ部にふんした広島経済大学チームのディフェンスを、私は崩すことができなかった。

    一緒に映画を語り合いたいな

    4月は新たな生活が始まる時期でもある。大学にはおよそ800人が入学した。

    入学式は体育館で行われる。石田学長によると、例年は新入生と保護者は学内に咲き誇る桜の前で写真を撮ることが多いが、今年は映画の効果からか体育館の前で撮る人たちの姿が非常に目立ったという。その後、部活やサークル活動の勧誘をのぞいてみると…
    「バスケとか興味ないですか?」
    晴子さんのセリフとは少し違うが、聞こえてきた。バスケ部員たちは「ここの体育館はスラムダンクの聖地なので、気になったら来てみてください!」と続けた。

    一過性の盛り上がりに終わらせない。大学は、オープンキャンパスなどに体育館の見学を組み込むほか、体育館を利用したイベント開催の協力などに取り組む考えだ。大学だけではなく、広島のスポーツ振興につながる起爆剤にしたいとする。
    1年間、5人のチームは隠し切ってきた。内容がわからない中、期待感は高まり続け、映画が公開されると大ヒット。今も根強い人気が続いている。最後に山本さんに公開前の私の取材を振り返ってもらった。

    広島経済大学学長室 山本俊介課長補佐
    同じファンとして、ぜひ伝えてあげたいという思いはありました。でも、結果的にうそをつくことになってしまい、本当に申し訳ないなと。公開日に映画を見に行って内容に興奮し、エンドロールを見てうれしくなった、と同時に開放感もあってホッとしました。ファン同士、重田さんと一緒に映画を語り合いたいなと思っていましたね。

    このあと、2人は感想戦に入った。

      • 重田八輝

        広島放送局 記者

        重田八輝

        2007年入局
        福井局・大阪局・科学文化部で主に原子力を担当。現在、広島局でサミットから校則問題、スラムダンクまで幅広く取材。

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