ページの本文へ

ひろしまWEB特集

  1. NHK広島
  2. ひろしまWEB特集
  3. ウクライナ侵攻で高まる核兵器への不安と被爆国日本の現在地

ウクライナ侵攻で高まる核兵器への不安と被爆国日本の現在地

  • 2022年04月06日

ロシアによるウクライナ侵攻にあたり、プーチン大統領は核戦力を念頭に、抑止力を特別警戒態勢に引き上げました。いま、核兵器が使われるのではないかという不安が世界的に高まっています。こうしたなか、唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器廃絶を訴える一方で、「核の傘」への依存を強めている実態が見えてきました。

(広島放送局ディレクター  松岡哲平)

これまで安全保障の根幹をアメリカの核抑止力に依存する政策をとってきた日本。仮にある国が日本に攻撃してきた場合には、同盟国であるアメリカが核を使って報復することもあると宣言し、そのことで相手からの攻撃を抑止しようという考え方です。アメリカが自国を守るための抑止力を同盟国にも拡大することから、拡大抑止、あるいは「核の傘」とも言われています。

その「核の傘」のあり方を非公開で議論してきたのが、2010年から始まった「日米拡大抑止協議」です。英語のExtended Deterrence Dialogueの頭文字をとってEDDとも言われます。ここでの議論を取材すると、日本が唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴える一方で、EDDを通じて、核の傘への依存を強めている実態が見えてきました。

EDDは、日米双方の、安全保障にたずさわる政府高官が参加し、年に1~2度開催されています。参加者や場所などの概要は外務省・防衛省のホームページで報道発表されます。EDDの意義についてはこう書かれています。

「日米拡大抑止協議は、日米安全保障・防衛協力の一つとして、地域の安全保障情勢、日米同盟の防衛態勢、核及びミサイル防衛政策並びに軍備管理について意見交換した上で、日米同盟の抑止力を強化する方策について率直な議論を行い、相互理解を深める場として機能しています」
しかし、協議の中で何が話し合われたのか、具体的なことは一切公表されません。

名前が掲載されている複数の日本側参加者に話を聞きましたが、守秘義務があるという理由で、協議の具体的な内容を聞くことはできませんでした。

一方、アメリカ側の参加者に取材すると、EDDで行われている協議内容の一端が浮かび上がってきました。

インタビューに応じてくれた一人が、国務省で日本担当を長くつとめた元国務次官補代理のジム・ズムワルト氏です。2013年から2014年にかけてEDDの参加者として3度名前があがっています。

ズムワルト氏によれば、2010年にEDDが始まった背景には、アメリカの核戦略の変化があったといいます。その変化を象徴するのが、2009年4月に、当時のオバマ大統領が行った、いわゆるプラハ演説です。

演説の中でオバマ大統領は、「核兵器のない世界の平和と安全を追求する」と述べました。ロシアとともに最大規模の核保有国であり、歴史上唯一核兵器を使用した国であるアメリカのトップが核廃絶という目標を掲げたことに、広島でも期待が高まりました。

被爆者で当時広島県被団協理事長だった故・坪井直さんは演説が行われた直後のインタビューで「オバマ氏が核廃絶を具体的にやろうとしていることがうれしい」と話しました。また、当時の秋葉忠利広島市長も「オバマ大統領には、できるだけ早い時期に広島にきていただき、被爆者の声を聞いて、より高い次元からの行動を期待したい」と語っています。

ところが、日本政府の反応は、こうした期待の声とは異なるものだったと言います。

ジム・ズムワルト氏

ズムワルト氏
「軍縮に期待する人たちは演説を歓迎しました。しかし、日本政府の中で『核の傘』を重視する人たちは不安を感じました。その不安に応えることがEDDの目的の一つだったのです」

オバマ氏の「核兵器なき世界をめざす」という演説によって、日本政府の中には核の傘が弱まってしまうのではないかという不安を抱いた人がいたというのです。

そしてアメリカ側は、こうした不安を解消するため、実際に核兵器を運用する現場でEDDを開催することもあったと言います。

2013年4月のEDDはアメリカワシントン州のキトサップ海軍基地で開催されました。ここでズムワルト氏らが日本側参加者を案内したのは、SSBNと呼ばれる核ミサイルを搭載する原子力潜水艦でした。

ドックに入ったSSBN 米軍DVIDSより

SSBNは海底に潜み、もし敵国から核攻撃を受けた場合には、即座に核ミサイルを発射し報復することが任務です。敵の先制攻撃によって地上の核基地を破壊されたとしても、SSBNの存在によって確実に相手を核兵器によって報復する能力を担保することができため、アメリカが最も重視する核抑止力の一つです。

ズムワルト氏
「ドックに停泊している原子力潜水艦の内部に案内し、艦内の設備を説明しました。そして日本人参加者は、艦内で働く兵士たちに話を聞いていました。この任務を希望した理由やその内容についてです。彼らは兵士たちの献身ぶりに感銘を受けた様子でした。私たちは核抑止力を担っている兵士たちの姿と、それを維持するための負担の重さを日本側に見せたのです」

実際の核兵器が運用されている現場において、日本とアメリカは、「核の傘」の能力と信頼性が揺るぎないものであることを確認し合っていたのです。

オバマ政権に代わって誕生したトランプ政権は、一転して、核兵器の役割強化を打ち出しました。2018年2月、トランプ大統領は、アメリカの新しい核戦略を発表し、こう宣言しました。

「核戦力を近代化し再建しなければならない。比類なき力が最も確実な防衛の手段となる」

トランプ政権が神経をとがらせていたのはロシアの核開発でした。ロシアは、都市を壊滅させるような大型の核兵器である「戦略核」ではなく、射程が短く、威力も比較的小さい、いわゆる「戦術核」を増強しようとしていたのです。

これに対しアメリカは、自らも「戦術核」を増強すると発表。具体的には、威力を抑えた核ミサイルを新たにSSBNに配備することなどを決定します。ロシアが増強する戦術核の能力を自らも高めることで、抑止力を強化しようとしたのです。

日本政府はこうしたアメリカの動きを歓迎しました。河野太郎外相(当時)は、トランプ政権の新しい核戦略をどう評価するか国会で問われ、こう答弁しています。

「同盟国に対して核の抑止力を明確にコミットしている。これを高く評価しない理由はない」

この時期、核の傘の運用について話し合うEDDで主要な議題となっていたことの一つに、中距離核戦力(INF)全廃条約の問題があります。

INF全廃条約は、1987年にアメリカとロシアの二国間で締結された軍縮条約で、射程500キロから5500キロのミサイル配備を禁止するものでした。アメリカは、ロシアがこの条約に違反する兵器の開発をしているとして、2019年2月、INF全廃条約からの脱退を通告しました。

トランプ政権の核戦略の立案にたずさわり、EDDにも参加した元国防次官補代理のロバート・スーファー氏がインタビューに応じました。

ロバート・スーファー氏

スーファー氏
「日本側はINF全廃条約を破棄することでアメリカはどうするつもりなのか、アジアに何が起きるのか、といった点を知りたがりました」

日本政府は、核開発を強行する北朝鮮や、急速に軍備を拡大する中国を脅威と捉えていました。こうしたアジアの情勢にどう対応するか、アメリカ側はEDDで具体的な戦略を説明したと言います。

スーファー氏
「射程500キロ~5500キロのミサイルはINF全廃条約で禁止されていたため中国に向けてそれらを配備することはありませんでした。しかし、条約が破棄された今、それが可能になり、中国のミサイルに対抗する手段ができたのです。私たちはその計画を立案し、日本政府と共有しました」

都市を丸ごと壊滅する威力がある戦略核に比べ、INF全廃条約で禁止されていた中距離ミサイルを含む威力を抑えた戦術核は、比較的使用のハードルが低いとされます。それを新たな抑止力として大国同士が牽制しあう構図ができていったのです。

そして日本も、EDDを通じて、アメリカの核抑止力、つまり核の傘への依存を強める方向に進んできたことが分かります。
そしてこうした構図を背景に、先月、ロシアはウクライナに軍事侵攻しました。プーチン大統領は核兵器の使用もちらつかせています。アメリカ及びNATOはロシアへの経済制裁を行っていますが、今のところ、軍事的な介入は否定しています。

それでも、スーファー氏は、現在の核をめぐる緊迫感は、米ロが核戦争の瀬戸際に陥った1962年のキューバ危機以来のものであると指摘します。

スーファー氏
「ひとたび核兵器が使われると、アメリカもロシアも中国も『どうやったら核による報復合戦を止められるか?』と問うことになるでしょう。しかし核戦争を止められる保証は誰にもありません。手に負えない事態になるのです。日本の周辺にも脅威が迫り、ウクライナでの戦争もあります。今後のEDDの議論はより深刻なものになるでしょう」

そして、スーファー氏は、こう付け加えました。

スーファー氏
「ロシアや他の潜在敵国を止める唯一の方法は、私たちにも核兵器を使う意図があることを示すことなのです。それだけがロシアを抑止できると思います」

被爆地・広島は、戦後一貫して核兵器の廃絶を願い続けてきました。そして、核兵器の威力を見せつけ、恐怖を与えることで敵国からの攻撃を思いとどまらせる核抑止力という考え方に反対する市民も多くいます。

しかし、EDDでは、いかにして核抑止力、そして核の傘を維持し強化するかが話し合われ、広島の思いとは逆行する議論がなされてきたのです。

今回、NHKは、EDDでこれまで議論されてきた中身について、あらためて外務省と防衛省に問い合わせたところ、「アメリカとの関係があり、内容については一切答えられない」との回答でした。

核兵器禁止条約が発効し、核廃絶の機運が高まりかけていた矢先に起きた今回のロシアによるウクライナ侵攻。世界に再び核の不安が広がっています。核をめぐって日米が何を議論し、どのように行動しようとしているのか、私たち市民にもつまびらかにして欲しいと思います。

ページトップに戻る