シュン

2020年08月21日(金)

「もし75年前にSNSがあったら?」1945年、広島の中学1年生だった新井俊一郎さんの日記原文(1945年8月15~16日)

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もし75年前にSNSがあったら、当時の人はどんなことをつぶやいていたでしょう?

NHK広島放送局では、終戦の年(1945年)に書かれた日記をもとに、75年前の人の暮らしや気持ちをTwitterで発信中です。
https://twitter.com/nhk_1945shun
「シュン」のツイートは、新井俊一郎さん(当時13歳)が書いた日記などにもとづいて作成しています。
ここでは、ツイートのもとにしている日記の原文を掲載します。現在では適切でない表現などを含む場合もありますが、当時の社会状況を伝えるため、原文のまま掲載します。

 

8月15日(水) 晴 「日本降伏か」、陛下ラジオ放送 起床五時半、就床九時
 我の一生の中にて今日ほど驚き、大いに憤慨した日はなかった。ああ遂に我が國が敵米英ソに降伏したらしいのである。何たる事か、紀元二千六百五年の輝かしい発展は、たうたう、本年本月本日、遂に汚されたのである。ああ残念なる事である。最後の勝利は我に有りといふのは、遂に出来なかった。独や伊は、日本より以上に頑張った訳である。兵隊は地団駄ふんでゐることであらう。
 正午の報道の時に我が今上陛下には、ラジオに於いて我が国が講和するに至った事を述べられ、国民の決心をうながしてゐられる。今の所は休戦であるらしいのである。實に残念である。日本破る、か、無念なり。最後の最後まで戦ひ抜くと思ったのに。しゃくに触る。しかし陛下の御命令なのである。平静を保持しやうではないか。

8月16日(木) 晴後曇 『平和交渉は確実』不思議な爆鳴聞こゆ。共同生活停止か。
 昨日の、我が国は平和交渉が成立したことは、遂に本当であった。農業会前にも西条警察署長が「戦争は終った」と張り出してあった。それに昨晩のラジオを我は聞いた。やはり確実であった。ああ、紀元二千六百年の輝かしき歴史は、遂に汚されたのである。
 今日も出動はない。兵隊さんは大騒ぎをしてゐるらしい。西本君の話では、将校が真っ青になって自転車を飛ばしてゐたさうである。
 夕方、北の方(廣島ではない)に大きな入道雲と、煙のやうな雲が出て、爆鳴らしき音がドロドロと聞こえる。不思議だ。また米英ソがやってゐるのか、また我が方が自爆してゐるのか。
 田中先生は、米英等の下になったら共同生活は停止されるやもしれぬ、とのお話であった。長田と戸田、帰省して帰へる。