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【社会保障70年の歩み】第3回・生活保護「水と番茶の違い」

2015年01月21日(水)

紅茶を飲むのは、英国人にとって自然なことで、それさえ奪われるのは貧困だ。

英国の貧困研究の大家・ピーター・タウンゼントは彼の「相対的(権利)剥奪(はくだつ)」の考え方を、そんな風に説明した。日本流に言えば、のどが渇いても番茶さえなく、水で我慢するのは「相対的な貧困」である。

生活保護基準は「マーケットバスケット方式」「エンゲル係数方式」を経て、1965(昭和40)年、この相対的な貧困概念の「格差縮小方式」が採用された(~83年度)。一般世帯と被保護世帯との格差を埋めるため、政府見通しの個人消費支出の対前年度比伸び率に格差縮小分が上乗せされた。一般世帯を100%として被保護世帯の消費支出は80年度にはほぼ60%に漕ぎつけた。84年度以降は、一般国民の消費支出の伸びを基本に調整を図る「水準均衡方式」が実施されている(参照・現在の基準額、図1)

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図1:生活扶助基準額(2014年4月時点)

先進諸国の生活保護制度(公的扶助)の共通点は、
 ① 最低限度の生活保障
 ② 所得・資産の資力調査(MEAMSTEST)実施
 ③ 費用は全額租税
の3点といえる。
最低限度の保障は「ナショナル・ミニマム」とも呼ばれる。その水準は、豊かな社会では「基本的保障」と呼ぶ方が適切なのだろう。生活保護制度もその到達点を模索してきた。


「生活扶助」は飲食費や衣服費だけではない。

例えば耐久消費財はどう扱うのか。1966年、大阪府八尾市で乳児を抱えた母親が保護の申請をしたところ、ミルクを冷やすために買った電気冷蔵庫の処分が条件と言われ、母子心中した事件が起きた。
電気冷蔵庫と電話の条件付き保有は翌67年、カラーテレビの保有は72年などと、次第に認められるようになった。
電化製品等の保有は、その居住地域で7割程度の普及率がめどにされる。しかし、近年でも埼玉県桶川市で、79歳の女性がクーラー保有を理由に「保護打ち切り」を通告され、クーラーを外して脱水症状で倒れた事例があった(94年)。今もマイカーは原則認められないが、重度障害者の外出や過疎地域の通院患者には必需品である。
「教育扶助」はあっても、高校進学は長い間、特例扱いだった。2005年度から就労援助の「生業(せいぎょう)扶助」に含めて公立高校で学ぶ費用が支給され始めた。高校を卒業しなければ就職先を見つけるのも難しい時代だからだ。
生活保護は「サービス付きの現金給付」といわれる。相手の生活状態に応じたきめ細かな保護と自立への支援が常に問われる。


一方、生活保護を受ける際には「資力調査」が伴う。「生活困窮者がすべての資産・能力等を活用したうえ、なお不足する分を補う」(保護の補足(ほそく)性)。そのための調査だが、厳しすぎると、申請をためらったり、困窮者が拒否されたりする「漏救(ろうきゅう)」が多発する。生活保護基準以下の低所得者層をどの程度「捕捉」しているか。日本の捕捉率は国際的に極めて低いとされる[橘木俊詔・浦川邦夫(2006年)では生活保護制度は保護基準未満の推計16.3%~19.7%の補足率、小川宏(2000年)では同9.8%にすぎない]。

逆に資力調査が緩やかに過ぎると濫り(みだり)に保護する「濫救(らんきゅう)」を引き起こす。2011年度で不正受給は3万5568件、173億1299万円。最多は収入の無申告、次いで収入の過少申告等(総務省行政評価局)。全受給世帯数に占める不正件数の割合は2.4%、保護費総額に占める不正額は0.5%だが、租税を財源とする生活保護にとって不正防止は制度の生命線に違いない。

暮らしを支える様々な社会保障制度が整えられたにもかかわらず、この「最後のセーフティネット」に頼る人々が増え続ける。
被保護人員は2013(平成25)年度216万6381人(2月)で、敗戦直後を上回った(総人口に占める保護率は2.42%から1.70%へ)(図2)。生活保護費は同年度約3.8兆円(国4分の3、地方4分の1)。
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図2:被保護者調査より被保護人員、保護率の年次推移


被保護人員は好況期の1985(昭和60)年度以降は減少・横ばいを続けたが、「バブル経済」の崩壊と不況を背景に95(平成7)年頃から増加に転じた。その後の急上昇は、景気低迷や無年金者の増加だけではない。
2008(平成20)年の冬、東京・日比谷公園にNPOや労組が設けた「年越し派遣村」は食事と寝場所を求める失業者、ホームレスらであふれた。とりわけ派遣先の職場で仕事を失うと、宿舎からも追い出される“派遣切り”の過酷さが際立った。

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2013年度の世帯類型では65歳以上の高齢者45.5%、傷病・障害者29.3%、母子7.1%と貧困に陥りやすい世帯が並ぶ。しかし、「その他の世帯」が03年度の8万4941世帯(総数の9.0%)から28万7570世帯(同18.1%)へ膨張した。うち50歳以上53.5%、20歳代も5.3%で、重病や重度障害でなければ働ける世代である。
現に余りにも収入が低く、保護費で穴埋めする例もある。この底流にあるのは90年代から始まる非正規労働者の急増と推測される。


ことし2015年4月からは「生活困窮者自立支援法」が施行される。それは、一見「豊かな社会」に深く広がる貧富の差をいかに埋めるか、という難作業になる。


執筆:宮武 剛
    元新聞記者。
    30年以上福祉の現場を歩きまわって取材を続けているジャーナリスト。
    社会保障、高齢者福祉の専門家。


連載【社会保障70年の歩み】
第4回・医療「無保険者3000万人から」へ続く。

コメント

生活保護を受給しているのだから,その日暮らしのような質素な暮らしをするべきだと考えるのは過激な考えだと思います。しかし,生活に必要ではないと思えるようなものにお金を使うのを,まあ仕方ないかと思えるかといわれるとなかなか難しいと感じています。

投稿:いとう 2015年05月06日(水曜日) 16時33分

 生活困窮者自立支援法により、生活保護に至る前段階での早期支援体制が整えられました。機能しうるかどうか、自治体によって、かなりばらつきが生じるのではと考えられます。

投稿:おかゆ 2015年05月01日(金曜日) 20時39分

生活保護は、正直、本当に必要な人とそうでもない人がいると考えています。
正規社員になれなくても一生懸命働いてギリギリの生活を送っている方もたくさんいると思う分、甘えのように感じる部分もあります。
それは、不正をする人だけがニュースになったり、自分自身が働いているからだと思いますが、もっと一人一人の人生で本当に生活保護が必要な人なんだ!と感じられる報道が増えるとイメージが変わると思いました。
これから高齢者が増えていく日本で高齢者のホームレスが増えるのは、若い世代の人として恥ずべきことではないのかと思いました。

投稿:むらた 2015年04月25日(土曜日) 08時07分

非正規労働者やいわゆる「ワーキング・プア」と呼ばれる人々が多い昨今。どうしたら、みんなが程よい労働と程よい経済力を持てるのでしょうか。そして、貧困に陥る前に救える手だてはないのでしょうか。
みんなが分け隔てなく、程よく豊かな生活ができる時代が来てほしいです。

投稿:竹内(通りすがりの学生) 2015年01月26日(月曜日) 17時35分