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障害者の暮らす場所 第5回 日本初の自立生活運動の拠点「ヒューマンケア協会」後編

2016年11月17日(木)

 

Webライターの木下です。
後半もヒューマンケア協会代表の中西正司さんのお話を中心に展開します。


当事者に求められるエンパワメント


相模原事件の後に、施設の意味を問う声が大きくなりましたが、一方で介助サービスが十分に時間提供されない地域に戻せば、結局家族の重荷になるだけではないのか、また、本人にしても、施設と違って、何事も自分で決めて、介助者に指示を出すという新たな負担が生じることを危惧する声もありました。

「そのようなことが言われて、施設の方がいいのだという議論に一定の説得力があったのだけれど、そこには現状に甘んじるだけで、どういう社会にしていくのかという視点が欠けています。施設にいて安全な居住空間で人に物事を任せているだけでは、本人の自立して生きる力が養われることはありません。もちろん、社会との接点が増えれば、自分の思い通りにならないことも生じる。金銭管理も自分でやらないといけない。ゴミ出しだって自分でやらないといけない。危ない人が寄ってくる危険性もある。でも、それを自分で何とかしていこうとするから、生きる力も身につき、活動の幅も広がっていく。それは親にとっても望ましいことでしょう。生活支援を制度化して、自立生活ができるようにしていけば、家族にとっても安心できる社会になっていくのです」

現在、全国の障害者の数はおよそ800万人、そのうち50万人近くが施設に入所していて、残りの750万人は地域で暮らしています。中西さんは、その50万人の施設に入所している障害者の解放だけではなく、家族に多くを依存して暮らしている障害者についても、制度を整えて、自立して生きていけるようにすべきだと言います。


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ヒューマンケア協会のスタッフのみなさん

そのために必要なのは、まずは介助者の確保です。ヒューマンケア協会の事業は、介助サービスの提供から始まり、いまでは24時間の介助サービスが可能になっています。2014年度からは重度の知的障害者と精神障害者も「重度訪問介護」を利用できるようになりました。また、八王子市では、知的障害者と精神障害者の自立生活を支援する生活支援員制度を来年の4月からスタートさせます。自立生活が身体障害者だけのものではなくなり始めています。


「介助サービスの理想は3つの無制限と言っています。『対象の無制限:利用者が障害種別に関わらず誰でも使える』『内容の無制限:トイレの介助でも、金銭管理の介助でも内容は問わない』『時間の無制限:何時間でもいいし、何時に始まっても、何時に終わっても構わない』要するに当事者ニーズにすべて合わせるということです。まだ制度的に完全に実現はしていませんが、次の世代のために、そのような制度を確立させていかなければなりません」

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ヒューマンケア協会で使っている
自立生活の研修のためのテキスト

介助サービスは自立生活に欠かせないものですが、介助サービスがあるだけで自立生活ができるわけではありません。自立生活していく上での心構えやノウハウを当事者本人が学ばなければ、新たな一歩を踏み出すことはできません。

ヒューマンケア協会で力を入れているのは、自立生活のための研修とピアカウンセリングです。ピアとは仲間という意味で、すでに自立生活を始めている先輩たちから学ぶのが、ピアカウンセリングです。ヒューマンケア協会では、行政に制度改革を求めるだけではなく、当事者自身の生きる力を育むエンパワメントも大きなテーマとなっています。

「自立生活をしたことのない人にロールモデルを与えるために開発されたのが『自立生活プログラム』です。例えば、“知的障害のある先輩がこんな自立生活をしているよ”と、モデルを示します。また、41時間3日間のコースで、自分の生活の目標、設定をどうするのか、支出計画を作ってみましょうと言って、生活体験をしてもらいます。生活のノウハウだけではなく、自立生活に反対する家族を説得するにはどうするのかも考えてもらいます」


当事者の知恵を生かす試み


中西さんたちの目的とするのは、当事者にニーズに従った制度やサービスが提供されることであり、さらにそのサービスの提供者や企画者が当事者であることにも重要な意味を感じています。ヒューマンケア協会のスタッフも半分以上が当事者スタッフです。さらに自立生活を実現した人は、地域のリーダーになります。ピアカウンセリングは、自分たちが蓄積した知恵を後輩たちのために生かすためのシステムでもあり、当事者を教育者に変える仕組みでもあります。

中西さんたちの当事者主権の考え方は、障害者の生活向上にとどまらず、社会全体で当事者を重んじる制度やシステムを作り上げることです。非障害者であっても、高齢者、病人、妊婦など、当事者のニーズを中心に考えなければならない領域は数多くあります。しかし、そのような当事者性がときに無視されて、医療などの専門家の意思にすべてが任せられてしまって、一方的に制度やサービスが規定されることがしばしばあります。障害者の自立生活を実現していくことで、当事者の知恵の大切さを訴え、非障害者の意識改革もしていきたいと考えています。


世界の自立生活運動をリードする


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海外の障害者と連携を深めていくことで
地球規模で障害者の地位向上に資する活動を
展開しています


八王子市のヒューマンケア協会のそばには、全国自立生活センター協議会(JIL)があり、中西さんはこの協議会の副代表も務めています。全国で運営されている自立生活センターを支援する組織ですが、活動は日本国内にとどまらず、世界の自立生活運動を推進する人たちの支援活動や交流事業も行っています。アジア各国を中心に、さらに南米のコスタリカ、ボリビア、南アフリカなど、世界15か国と連携して活動をしています。

障害者の自立生活運動は、誰かの世話になっているのなら自立しているとは言えないという近代の個人主義的な自立の考え方を転換したことに大きな意義があります。支えられて生きることに負い目を感じることなく、支えられて自立することで、他の誰かを支える誇りある生き方を選択する。障害者は支えられて生きることだけを望んでいるわけではないと言います。中西さんたちの活動は、国連の障害者権利条約の「Nothing about us、without us!(我々抜きに、我々のことを決めないで!)の精神を体現した活動であり、アジアを中心に世界各国の障害者の自立生活運動に大きな影響を与えています。



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全国自立生活センター協議会のスタッフのみなさん



助け合うことでリスクを分かち合う


そのような先進的な活動が行なわれている日本で、今回の相模原施設殺傷事件は起きました。東京大学で行われた追悼集会では、アジアの障害者団体から、「お手本としてきた日本でこのような事件が起きたことに大きなショックを受けている」というメッセージも寄せられていました。最後に改めて、中西さんに今回の事件の教訓についてうかがいました。

「社会の役に立たない人間は刺殺してもいいのだと容疑者は語っています。負けた人は下に落ちても当たり前だという資本主義の優勝劣敗の考え方が影響している気がします。しかし、都合の悪いものを排除して、優秀な人間ばかり集まって暮らせばいいと、ナチスもやったけれど、それはうまくいかなかった。そういう考え方は、最終的に自分に跳ね返ってきて、自分たちも排除の対象になってしまう。

みんなが助け合う社会にしたら、もしかしたら生産性が落ちて、生活がスローダウンするかもしれない。でも、それでいいんじゃないだろうか。一部の人にリスクを負わせて生産性を上げても仕方がない。いろいろな人によって構成されているのが社会だから、誰をも排除することなく、一人ひとりを大切にしないと。日本社会は優れているにもかかわらず、まだそういう社会は実現できていない。みんな同じボートに乗っているのだから、助け合うしかないでしょう」


木下 真

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 シリーズ相模原障害者施設殺傷事件
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  12/7(水) 第2回 言葉はなくともー重度知的障害者の暮らしー(仮)

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 相模原障害者施設殺傷事件 全6回

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第3回 中島隆信さんインタビュー
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