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「苦しみをわかってもらえない・・・ 発達障害」

2015年02月25日(水)

◆「死にたい」と思ったときの相談窓口
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  ※24時間 どこからかけても無料の電話相談です

 なかなか電話につながらない場合は・・・
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  ※それぞれの悩みに応じた相談窓口を検索できます。

 

こんにちは。

先日、発達障害であることがきっかけで「死にたい」という思いを抱える方にお会いしました。
コミュニケーションがうまくいかずいじめにあったり、バイト先では多忙さについていけず、体調を崩してしまったり。
それでも見た目にわかりにくい障害のため、理解してもらえなかったそうです。

相手の立場にたつことの難しさや大切さを改めて考えさせられました。
番組に寄せられた発達障害に悩む方からのメッセージをご紹介します。


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死にたいと思うことは今でもあります。仕事もミスばかり。
報告連絡相談もまともに出来ないから、周りからガッカリだショックだ信用出来ないと言われ、会社飲み会の席では同僚後輩の前で説教される。
子供の頃から人付き合いとか環境に適応出来ず、どこに居ても居心地の悪さを感じて育った。
でも育った環境がどうのこうのってのは、社会に出たら言い訳にならないもんなあ。説教される先輩や上司は今の自分のダメダメな部分を怒ってる訳だしね。
今凄く辛いけど、でも死ねないなあ。
親より先に死ねないし、友達にも恵まれてる。
頑張って生きようとも思わないけど、死ねないよなあ…死ぬ事が頭をよぎっても。
(shinnnosukev36さん/30代男性/新潟県)

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私は20歳の学生です。
高校生の時、心療内科でアスペルガーと診断されました。
今まで生きてきて、何度も何度も「死にたい」「消えたい」と思ったことがあります。
高校生の時には、何度も首を吊ったり、50錠以上の精神薬、睡眠薬でODし、病院に担ぎ込まれたこともありました。

両親は昔から私を可愛がってくれ、時には我が儘を言って怒られたりもしましたが、私の意思を尊重してくれました。
学校では小中高と、それなりに真面目に過ごし、得意な物もあったので、よく目をかけてもらいました。
幼稚園来の仲の良い友達や、小学校、中学校と新しい友達にも恵まれ、
友人関係で大きなトラブルがあった訳でもありませんでした。

今もそれは変わっていないと思います。
でも、実際の所、私の内心は、人と会ったり、生きる事そのものがどうにも耐えられなくなる事がよくあるのです。


楽しいことはあります。嬉しいと思うこともあります。
でも、どうしようもなく、何をするにも辛く、疲れて、これから先もこうして誤魔化して生きていかなくてはならないと思うと途方もない気持ちになります。
嬉しい、楽しいと感じる瞬間の為に、生きていられないと、感じてしまう事も、よくあります。

周囲の人が優しければ優しくあるほど、私は自分の不甲斐無さや、いかに生きることに適応の出来無い人間なのかという事を痛感させられるのです。
その上、休んだら良いといっても、それが許される社会ではありません。
優しさに甘え続けて生きていける社会でもありません。そして、益々と、生きていることの素晴らしさ、というのが解らなくなるのです。

育ててくれた、母のことは大好きだし、愛しています。この母に育ててもらえて良かったと思うし、感謝しています。
私の周囲に居てくれる人達のことも好きです。
でも、生まれてこなければよかったと、思ってしまうのです。
死にたいというよりも、もう、生きたくないんです。
(すーさん/20代女性/大阪府)

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私は元々広汎性発達障碍を持っており、二次障碍で鬱病に罹患してしまいました。
小中学校と”自分の世界”で生きていたので、変わり者扱い、そして、”仲良しグループ”には入れませんでした。
変わり者扱いは先生からもされており、私自身運動神経も悪く余計同級生からは”攻撃の的”にされておりました。
おかしくなったのは中学二年の秋頃からでしょうか。眠れない、起きられない、寝ても寝ても眠い、好きな物に対しても気力が湧かない、集中力がない…そして、中学三年生の時に初めて精神科の思春期外来に行きました。当時の診断書を見ると鬱病ではなく「広汎性発達障碍、適応障碍」でした。

高校の時は精神科に通わなかったのですが実はもう集中力も無くなっていました。昔は人の目なんか気にせず平気で馬鹿をやっていたのに人の目を気にし始めたのもこの頃からです。勿論変わり者としての行動は二十代前半まで続くのですが・・・
大学は得意科目があったので推薦入学で進学する事が出来ました。
しかし、大学二年の秋よりまた中学生の時と同じ様な症状が出始めました。そして動悸が酷い。集中力は勿論、今考えると正常な判断能力も無くなっていました。
そしてまた精神科、心療内科通いが始まりました。そこから薬漬けの生活が始まりました。

大学三年生の後期になるともう昼まで起きられなくなり大学も午後から通うようになりました。
大学は四年で単位は取り切ったのですが、理不尽な内定取り消しがありまして卒業延期という特例があったので留年ではありませんが一年大学に残る事が出来ました。
しかし、もう動けませんでした…そして大学四年の二月最初のODをしてしまいました。その時は次の日一日死んでる…で済みましたが、大学五年目の四月二度目のODをしてしまいました。
その時は任意ではありますが一週間入院致しました。
そして殆ど動けない一年が始まりました・・・長くなるので一旦切ります。
(よっしーさん/20代男性/茨城県)



これまでに寄せられた様々な声は、以下のホームページでご覧いただけます。
【特設サイト】自殺と向き合う


[Eテレ・ハートネットTV]
 本放送:夜8時00分~8時29分
 再放送:翌週午後1時5分~1時34分
2015年3月24日(水)  
生きるためのテレビ2 第1夜
2015年3月25日(木)  生きるためのテレビ2 第2夜