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シリーズ・仕事の現場(1)舌と手でひらく道 ―盲ろうの料理人・林和男さん

シリーズ・仕事の現場(1)舌と手でひらく道 ―盲ろうの料理人・林和男さん

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遠田
ここで、林さんの歩みをふり返りましょう。
林さんは、生後半年で、風邪による発熱で聴覚を失いました。小学校4年生の頃にはしかにかかって、その高熱が原因で視力が低下します。今は、耳はまったく聞こえず、目はぼんやりと物の形や光が分かる程度です。
小さい頃から、料理をするのが好きだったといいます。林さんのインタビューを吹き替えでお聞きください。

【録音】

母がお店をやっていたので、小学校の頃からよく手伝っていました。お好み焼きとかたこ焼き、わらび餅などを出すお店です。フライパンで焼くという経験をしました。手伝いをするとたこ焼きが食べられるので、楽しみでした。
お店の隣に木工屋さんがあって、そこでいろんなことを習いました。高校を卒業して木工家具の仕事をしましたが、体調を崩してやめました。その後は、電気関係の仕事に就きました。
50代半ばで、目はほとんど見えなくなりました。2001年6月に会社が倒産して、行くところが無くなって、友達もいなくなって、寂しくてずっと家に引きこもっていました。しばらくして、京都に盲ろう者の交流会ができることになりましたが、自分には関係ないと思っていました。僕はろう者だけれども、盲ではないと思っていたからです。ところがあるとき、手話通訳の人に「あなたは見えないでしょ?」と言われて、自分は盲ろう者であると自覚したんです。そこから気持ちを切り替えて外に出るようになりました。
もともと体は元気だったから、何かしたい、外に出たいとずっと思っていました。交流会の役員を務めたりするなどして、積極的に活動するようになりました。

【録音終わり】

遠田
そして2015年、サンサンカフェのオープンと同時に、林さんはその厨房で働くことになりました。

【録音】

***タマネギを炒める音***

遠田
玉ねぎの甘い匂いが漂ってきました。
福田
今「塩入れたか?」言わはったんで「塩入れました」って言うて。

***タマネギを炒める音***

福田
バルサミコ…お酢入れるんですけど、「酢入れろ」言うて「酢まだかー」言うて(笑)。
ナレーション
   今ポケットから時計を取り出して、時間を確認しました。
炒め始めてからおよそ10分ぐらいでしょうか。玉ねぎのかさがずいぶん減りましたねえ。今火を弱めました。この間ずーっと手を動かし続けています。一時も休むことはありません。
IHのクッキングヒーターを使って、1時間書けてじっくりと炒めていきます。それにしても、盲ろうの林さんは、その出来上がりをどうやって確認するんでしょうか。
炒めているときは、ものがだんだん小さくなって、かさが減っていることが分かります。混ぜている手で感じますし、時間も確認しています。匂いも重要です。焦げていると思ったら人に確認してもらっています。
また、カレーを煮込んでいるときは、鍋のフチを触って、ぼこぼこ泡が出ている振動や湯気が上がってくるのを感じます。見えない部分を他の方法で工夫しながら調理しています』

【録音終わり】

遠田
この飴色玉ねぎは、最初に1キロあった玉ねぎが、炒めて炒めて炒めて炒めて、
230グラムぐらいになるまで炒めていきます。
林さんは、触る腕時計で時折時間を確認したり、匂いの微妙な変化を感じ取ったりしながら、火加減を調整。出来上がると声を出して知らせます。玉ねぎの量を計ったら228グラムでした。タイミングを逃さないその正確さに驚きました。この飴色玉ねぎを使ったキッシュは大好評で、お客さんのリピーターも増えているといいます。

【録音】

客1
2回目です。美味しいです。私いつもキッシュを食べてるんで、キッシュがすごく美味しいです。
客2
驚きです。コミュニケーションとかいろいろ難しいところもあると思いますんで、
その中でこんだけ美味しいもの作ってらっしゃるのはすごいと思いますね。五感の部分を使ってらっしゃるんだとは思うんですけれど、でもその分私たちが大雑把に作るよりは繊細かなとは思いますね。
遠田
こちらのカフェはよく利用されますか?
客3
はい。2階で見えない・見えにくい方のための施設を運営さしていただいてますので、南部アイセンターといいますけど、ご利用になる方に、ここでお昼ご飯を食べていただいています。
遠田
厨房の中に、林さんという盲ろうの方がいらっしゃるってのはご存知…?
客3
はい、私どものガイドヘルパーさんが、視覚障害者の立場としてガイドしてたこともあるので、よく存じ上げています。コツコツコツコツ真面目に頑張っておられる姿をよくお見受けしています。
客4
初めて来ました。
遠田
召し上がってるのはキッシュ。
客4
そうです。
遠田
お味はどうですか?
客4
美味しいです。子供がゆっくりできて、こんだけ美味しいのは、ちょっと期待以上でした。
遠田
そうですか。
客4
また来ます。

【録音終わり】

遠田
このサンサンカフェは、客席が22席あります。その名の通り、日当たりが良くてゆったりした店内には、600冊の絵本があって、親子連れなどでいつも賑わっています。
林さんは、こうしたカフェに来たお客さんたちの喜びの声が何よりの励みになっているといいます。

【録音】

本当にやりがいを感じています。「美味しい」と声をかけてもらえるのがとても嬉しいです。去年参加した全国盲ろう者大会で、盲ろうの自分が料理人をしていると言ったら、とても驚かれました。盲ろう者でもできるということを知ってもらえたらいいなと思います。

【録音終わり】