【語り】高山久美子
去年(2018年)12月。聴覚障害のある夫妻が、支援者とともに神戸地方裁判所に向かっていました。
旧優生保護法のもと行われた強制不妊手術を巡る裁判。国を相手取り賠償を求めたのです。
裁判の原告 小林寳二さん
「昭和35年に結婚してから苦しみが続いてきました。原因がこの法律であることを知りました。」
いま、彼らとともに闘おうとしている人がいます。藤木和子さんです。
藤木さんは聞こえる人・聴者の弁護士として、去年5月から優生保護法被害弁護団のメンバーになりました。
実は藤木さんには、耳が聞こえない弟がいます。子どもの頃から聞こえる人と聞こえない人の間にある溝を肌で感じてきました。
弁護士 藤木和子さん
「自分自身も外から差別を受けるし、それに加えて、やっぱり家庭内でもコミュニケーションの壁がある。」
そんな経験から、聞こえない、きょうだいを持つ人と聞こえない人が率直な気持ちを語り合える場を作っています。
聞こえない参加者
「(以前は)兄に腹が立ったとき、物を投げ合うようなけんかになっていました。」
お互いが理解しあい、よりよい関係を築ける未来のためにできることは何か?
弁護士 藤木和子さん
「いまは、いい時代になりました。ろうの先輩たちが苦しい思いをして、さまざまな活動をしたから社会が変わったんです。」
聴覚障害者と聴者をつなぐ懸け橋になりたいと、さまざまな活動を行う藤木さんの日々を追いました。
1月初旬。藤木さんは神戸市内にある聴覚障害者情報センターを訪れました。裁判を起こした小林さん夫妻へのヒアリングを行うためです。国は争う姿勢を示しており、二人にとって長い闘いが予想されます。
1948年から96年まで施行されていた「優生保護法」。第一条に「不良な子孫の出生を防止する」と書かれ、障害のある人に中絶や、不妊手術をさせる条文がありました。対象には「遺伝性の難聴又はろう」の人が含まれ、全日本ろうあ連盟の調査では、現在までに136人の被害者が確認されています。
弁護士 藤木和子さん
「(赤ちゃんは)だめと言われていたんですか?」
小林喜美子さん
「うちの親は、いいと言っていました。」
小林寳二さん
「彼女の母親は、いいと言っていましたが、私の母親は、だめだと。」
小林喜美子さん
「親どうしが私たちが知らないうちに(手術の)話をしていたんです。」
手話で語る小林さん夫妻。高齢の聴覚障害者は筆談が苦手な人も多く、手話で直接やりとりできる藤木さんは二人にとって心強い存在です。
弁護士 藤木和子さん
「不妊手術のことは、ニュースを見て初めて知ったんですか?」
小林喜美子さん
「知識がないので分かりませんでした。」
小林寳二さん
「手術が終わり、赤ちゃんはだめか?と聞くと、妻は『よく分からない』と泣いていた。母に『子どもはだめ』と言われて腹が立ち、どうして?と詰め寄りました。母は黙っていました。ろう者の夫婦には分からないと思って、差別的な扱いをしたんでしょう。泣いている妻を見て、取り乱しました。」
話すことも、つらい過去。覚悟と勇気をもって語りだした、重い証言です。
弁護士 藤木和子さん
「裁判を起こしたのは、すばらしいことだと思います。ろう者のみんなも応援してくれるでしょう。」
藤木さんは、裁判をすることを決めた二人の気持ちに寄り添い、ともに闘っていくつもりです。
小林寳二さん
「手話が上手ですね。おっしゃっていることが、よく分かります。」
弁護士 藤木和子さん
「(弁護士には)あまり障害を持っている方や、障害のある人が家族にいる方が少ないので、弁護団と障害のある原告の方や、家族の立場の原告の方をつなぎたい。」
埼玉県に生まれた藤木さん。5歳のとき、弟の耳が聞こえていないことが分かりました。親からは「あなたは聞こえるんだから、弟のぶんまで頑張って」と言われて育ったといいます。
弁護士 藤木和子さん
「もちろん親切で言ってくれていたり、私を励ましてくれたりしているのはわかるが、弟を(何も)できないと決めつけてしまうことと、私に対して聞こえることでプレッシャーがくるのは何かおかしいなと思って育ちました。」
小学生の頃、周りの大人が「母親が悪いから障害者が生まれた」と陰口を言っているのを聞きました。弟に障害があることを知った友だちに「近づかないで、不幸がうつる」とからかわれたこともあります。
弁護士 藤木和子さん
「弟が聞こえないことで母が陰口を言われてるなとか、聞こえないっていうのは、ひそひそ言われてしまうことなんだ、というような。」
弁護士である父親からの期待を重荷に感じ、複雑な思いを抱いた時期もあったと言います。
弁護士 藤木和子さん
「父の期待が私に向かった理由の大きなところに、弟は聞こえないから、ということがあると思うと、なんだか弟に申しわけないという気持ちがあった。」
社会に出て弁護士として働き始めると、自分と同じように聞こえない人と聞こえる人のすれ違いによって悩む人が多くいることを強く感じるようになりました。
そんな藤木さんが、去年新たに作ったのが「SODA(ソーダ)の会」。「SODA」とは、聞こえない兄弟姉妹がいる人のことです。参加するのは、聞こえる・聞こえないという違いがある、きょうだいを持つ人たち。それぞれの立場で感じたことを率直に話し合います。
この日は、一緒に生活をする上で何が大切か書き出すことにしました。きょうだいだからこそ、なかなか言えないこともあります。藤木さんの弟からも声が寄せられました。長い時間をかけて関係を築いた今だからこそ言える率直な意見です。
今回、初参加の親子がいました。小学5年生・聴者のこの男の子には、聞こえない妹がいます。
最近、その妹との関係でストレスがたまっているといいます。
男の子の母親
「例えば車の中にごみがあって、ごみ片づけなさいと言ったら娘は(そっぽを向く)。必ずこっち(息子)がやらなきゃいけないという不満。」
「ずるいね。」
聴者
「本当にずるいなと昔は思っていて、でも、するんだよね片づけ。優しいんだよね。まあ僕も、弟の世話じゃないけど、親に言われたことを全部していたので。」
聴覚障害者
「(まだ小さいから)お兄ちゃんとか、お姉ちゃんにお世話してもらっているけど、中学生ぐらいになると、お兄ちゃんのお世話要らなくなるから大丈夫あと3年間だけ、お世話をすれば、もうお兄ちゃんのお世話は要らないと言うかも。そうしたら、さみしいかも。」
聞こえる、きょうだいの気持ちも聞こえない人の気持ちも聞けた男の子。会が終わる頃には、ほっとした表情がみられるようになっていました。
男の子
「すごく心の中がすっきりして、来てよかったなと思いました。(まわりの友だちは)たぶんそんな経験はないと思うから分からないと思います。」
筑波技術大学。聴覚障害者や視覚障害者が学ぶために作られた、日本で唯一の大学です。藤木さんは週に一度、ここで法律学の講義をしています。
この日は優生保護法について。若い世代も、このつらい歴史を知って、一緒に考えていってもらいたいと思っています。
弁護士 藤木和子さん
「一番言いたいのは(被害者に)声を上げてほしいということです。勇気を出して、自分が不妊手術をされたことを恥だと思わないで、みんなで話し合ってほしいんです。いまは、いい時代になりました。ろうの先輩たちが苦しい思いをして、さまざまな活動をしたから社会が変わったんです。」
学生
「結婚しても子どもを産んではいけないなんて腹が立ちます。怒るべき相手は国だと分かりました。国に対して怒りをぶつけるべきです。」
学生
「国のために子どもを産んではいけないという考え方は腹立たしいです。」
聞こえない人、聞こえる人、お互いが過去に真剣に向きあって、次の世代に思いをつないでいけば、きっと理解しあえる明日がやってくるはず—。藤木さんは、そう信じて日々活動しています。