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ろうを生きる難聴を生きる▽目と耳と言語の壁を越え~アジア盲ろう者会議2※字幕

    この秋、初挑戦となる国際会議が千葉で開かれました。目と耳の両方に障害がある「盲ろう者」が、アジア7カ国から集まり、盲ろう者の課題や未来を語り合う会議です。東京大学教授の福島智さんら日本の盲ろう者たちがホストとなり、時には4人の通訳を介して議論を重ねた先に見えてきた盲ろう者の現実、そして希望とは。2週にわたってお送りする白熱の4日間の密着ドキュメント、今日はその後編です。

    出演者ほか

    【語り】高山久美子

    番組ダイジェスト

    目と耳と言語の壁を越え~アジア盲ろう者会議2

    「ネパールのカトマンズみたいな場所があるぞ。」

    9月初旬、東京・浅草をめぐる、さまざまなアジアの国の人たちの姿。

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    目と耳の両方に障害がある盲ろう者たちです。
    全く見えず、聞こえない、マレーシアのコンさん。支援が少ない母国では、気軽な町歩きもままなりません。貴重な機会を楽しんでいました。

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    彼らが来日した目的は、それぞれの国の課題を話し合う4日間の会議。

    ネパール プスパ・ラジ・リマルさん
    「(ネパールには)盲ろう者が補聴器などを購入できるような支援はありません。補助金や手当があれば助かるのですが。」

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    コンさんも、自らが置かれた状況を訴えました。

    マレーシア コン・グワッ・レイさん
    手話:「いまマレーシアには、ろう者の団体と視覚障害者の団体しかありません。私たちが(触手話などを)学ぶ団体が必要だと思います。」

    アジア各国の厳しい現状。どうすれば、孤立する盲ろう者を支えられるのか。

    東京大学 教授(盲ろう者) 福島智さん
    「誰かの助けがないと情報が得られない。情報が得られないと、こちらから情報を発信することもできない。声を出さないからニーズが伝わらない。悪循環がずっと続いてしまった。そこをどうやって断ち切るか。」

    アジアの盲ろう者の未来を話し合った4日間のドキュメント。今日(8日)は、その後編です。

    会議2日目。会場の一角には盲ろう者向けの機器の展示スペースが設けられていました。メンバーたちが会議の合間を縫って、実際に触れて回っていました。

    「これは日本製?」

    「はい。」

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    様々な技術を用いた日本の機器に興味津々です。
    こちら、簡単に持ち運べる非常用の白杖。

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    こうしたアイデアグッズが、日本の盲ろう者の生活を支えています。
    展示スペースをひときわ熱心に見て回っていたのが、プラディープさん。インドの盲ろう者を支援する団体の代表をしています。

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    幼くして盲ろうになり、家に閉じこもりきりだったプラディープさん。しかし、偶然支援につながり、外の世界へと目を向けることができました。盲ろう者の支援がまだまだ手薄なインド。かつての自分のように孤立する人たちの状況を変えたい。会議でも、その熱い思いを訴えました。

    インド プラディープ・シンハさん
    通訳:「(インドの)多くの盲ろう者は家にこもっています。これは親が、盲ろう者には仕事ができないと思っているからです。私はこうした、ひきこもっている盲ろう者を集めていきたい。技術を使って、どうやって自立していくのかを考えたい。」

    そんなプラディープさんが特に気に入った様子だったのが、震動で時を知らせる時計です。

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    こうした機器が、インドの盲ろう者たちの手にわたれば、未来が切り開ける可能性がある。

    インド プラディープ・シンハさん
    手話:「技術のアイデアがすばらしい。それによって自立した生活ができる。技術がなければ何もできません。自立するためにどんな技術を使えるかが、とても大事だと思う。」

    会議3日目。この日は会場を飛び出し、東京の町をめぐるツアーです。

    バスガイド
    「右側に雷門が見えて来ます。ここを真っすぐ行くと浅草寺です。」

    浅草です。日本らしい街並みを楽しんでほしいと、主催者が選びました。

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    舗装され、点字ブロックなども整備された道で町歩きを楽しみます。

    手話:「風が吹いたら音の鳴る物だよ。」

    手話:「分かったぞ。風で揺れるやつだ。シンガポールにもある。」

    母国でもバリアフリーが進み、十分な支援があれば、盲ろう者が新しいことに挑戦できる。メンバーたちは、身をもって感じていました。

    「彼が箸を使うのは、初めての挑戦よ。
    カンペキよ、バッチリ。」

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    一方、会場では、日本の盲ろう者の活動を引っ張ってきた福島智さんと話しこむ人がいました。ウズベキスタンのソジダさん。

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    国には盲ろう者の組織もなく、アジアの中でも、とくに支援が手薄な状況です。5年前、日本の盲ろう者たちがウズベキスタンを訪れ、孤立する盲ろう者を探す取り組みを行いました。その結果、家に閉じこもっていた100人以上が新たに見つかり、初めて、白杖の使い方などを学ぶことができました。そのひとりがソジダさんです。この時、自分以外の盲ろう者と初めて会い、抱えてきた苦しみや寂しさを分かり合うことができました。

    東京大学 教授 福島智さん
    「ソジダさん、私に質問があったらなんでも言ってください。」

    ソジダさんのウズベキスタン手話を、手話通訳、ロシア語通訳、日本語通訳、福島さんへの指点字通訳、計4人で伝えます。

    ウズベキスタン ソジダ・タジエヴァさん
    通訳:「私はいつも家にいて、仕事がないです。この会議に参加して、盲ろう者の方がマッサージとか、いろいろな仕事をしていると聞いて感動して、ウズベキスタンに帰国したあとに、自分でもいろいろな仕事をやってみたい。でもできるかどうか分からない。」

    盲ろうになってから、家族以外とほとんど会うことがないソジダさん。社会に出てやっていけるのか、自信を持てずにいました。

    東京大学 教授 福島智さん
    「例えば今、私とソジダさんが話すために3人の方が通訳をしてくださっています。盲ろう者1人だけでは社会に出られないけれど、支援をしてくださる人がいれば社会に出られる。そのことを多くの人たちに訴えていく、アピールすることがすごく大事だと思います。だって私とソジダさんがコミュニケーションができているということはものすごいことですよね、皆さんのおかげで。」

    手話:「ソジダさんが笑ってる。」

    会議最終日。この日、メンバーが話し始めたのは、アジアの盲ろう者がどう連帯し、声をあげていくか、その具体的な方法でした。

    シンガポール リサ・ローさん
    手話:「私は、まずシンガポールに盲ろう者のコミュニティを作りたい。小さなグループでもいいのです。その上で、他のグループも巻き込んでいくんです。そうして準備が整えば、大きな団体が立ち上げられると思うんです。」

    インド プラディープ・シンハさん
    手話:「私も一緒にシンガポールの組織作りを手伝いたいです。私のEメールアドレスをお持ちですよね。そして智さん。シンガポールに団体を作れるように呼びかけてほしい。今回の会議のつながりを壊さないでください。一緒に協力して団体を作っていきましょう。」

    互いの国の組織づくりをサポートしあう。そして、ネットワークをつくり、今回参加していない国の仲間も支援していこう。来年(2019年)もまた会議を開こうと約束し合ったメンバーたち。初めての挑戦となった4日間の会議が終わりました。

    東京大学 教授 福島智さん
    「見えて聞こえる人だったら、その場ですぐに話が始まってしまう。盲ろう者には、いろいろな条件が重なっているから、すごくゆっくりになってしまうんです。でも十分な情報量ではなくても、盲ろう者のペースに合わせて誰ひとりとして排除しない。今の社会が速すぎる。でも中身がどこまで伝わっているか、心に届いているのかは、また別の話。(アジアの盲ろう者たちが)会えたこと、一緒の時間と場所を共有して、お互いの体験を語り合ったこと、心の部分の交流はかなりできたと思います。」

    新着ダイジェスト