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ろうを生きる難聴を生きる▽目と耳と言語の壁を越え~アジア盲ろう者会議1※字幕

    この秋、初挑戦となる国際会議が千葉で開かれました。目と耳の両方に障害がある「盲ろう者」が、アジア7カ国から集まり、盲ろう者の課題や未来を語り合う会議です。東京大学教授の福島智さんら日本の盲ろう者たちがホストとなり、時には4人の通訳を介して議論を重ねた先に見えてきた盲ろう者の現実、そして希望とは。2週にわたってお送りする白熱の4日間の密着ドキュメント、今日はその前編です。

    出演者ほか

    【語り】高山久美子

    番組ダイジェスト

    目と耳と言語の壁を越え~アジア盲ろう者会議1

    この夏、アジア7か国の人々が集う国際会議が日本で開かれました。

    マレーシアの盲ろう者
    手話:「私の周りには通訳の支援をしてくれる人がほとんどいません。」

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    参加者は盲ろう者です。目と耳に障害があり、使う言葉も違う。そんな彼らが課題を話し合う初めての試みです。

    インドの盲ろう者
    通訳:「40万人の盲ろう者がインドにはいます。しかし仕事を持っている人はほとんどいません。」

    東京大学 教授(盲ろう者) 福島智さん
    「アジアのいくつかの国にバラバラになっている盲ろう者が、(人と)直接触れ合わないとコミュニケーションができない盲ろう者が、文字通り手をつなぐような会議になればいい。」

    いま日本には盲ろう者の団体が全国にあり、当事者同士が交流し、楽しめる機会が増えています。少しずつですが、公的な支援を受けながら、地域で生活する人や大学などに通う人も出てきています。しかしアジアの多くの国では、組織も支援制度もないため、外出すらままならず多くの人が孤立しています。厳しい現状を、自分たちの手で変えていきたい。直接やりとりを重ね、知恵を出し合った4日間のドキュメントです。

    8月、千葉市・幕張。国内の盲ろう者が集まる、第27回全国盲ろう者大会が開かれました。

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    この大会に合わせて来日したのが、アジア各国の盲ろう者たちです。韓国、ネパール、インド、シンガポール、マレーシア、ウズベキスタンから11人が来日。初めての海外という参加者も多くいます。またとない交流の機会。早速、手話を触る触手話でやり取りが始まりました。

    インドの盲ろう者 プラディープ・シンハさん
    アメリカの手話:「あなたの名前は何ですか?」

    日本の盲ろう者
    日本の手話:「あなたはインド人ですか?」

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    手話が国によって違うため、なかなかかみ合いません。それでも時間をかけて…。

    インドの盲ろう者 プラディープ・シンハさん
    アメリカの手話:「私の名前はプラディープです。」

    日本の盲ろう者
    「うん。」

    自分の名前を表す手話、サインネームが伝わりました。

    「楽しそうでしたね?」

    日本のろう者
    手話:「はい。アジアの人と初めて話せて楽しかった。」

    インドの盲ろう者 プラディープ・シンハさん
    手話:「エキサイトしたよ!すごく楽しかった!」

    初開催となる今回、話し合いたいことはたくさんあります。朝から夜まで、みっちりスケジュールが組まれていました。初日のこの日は、まず互いに自己紹介をしあうことに。参加者には、複数の国の手話ができる人も少なくありません。相手の分かる手話を探りながら会話を進めていきます。

    韓国の盲ろう者 キム・ヨンジェさん
    韓国の手話:「仕事は何ですか?」

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    韓国の手話で話しかけたキムさん、その手話に触る森さん。韓国の手話と日本の手話は同じものも多いため、理解できました。

    日本の盲ろう者 森敦史さん
    アメリカの手話:「大学院2年生です。」

    森さんは、国際的によく使われるアメリカの手話を試してみます。しかしキムさんは、アメリカの手話が分かりません。

    韓国の盲ろう者 キム・ヨンジェさん
    韓国の手話:「点字はできますか?」

    日本の盲ろう者 森敦史さん
    アメリカの手話:「イエス。」
    (OKサイン)

    全く違う質問で返したキムさん。森さんは、アメリカの手話に加え、多くの国で通じるOKサインで答えます。

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    今度は理解できたキムさん。様々な手話やジェスチャーを混ぜ、臨機応変に会話を進めるのです。
    今回のホスト役、東京大学教授の福島智さんが挨拶に立ちました。

    東京大学 教授 福島智さん
    「智です。日本にようこそ、いらっしゃいました。たぶん皆さんの国でもいろいろな問題があると思います。でも思い出してください。私たち盲ろう者がひとりぼっちだったときは、もめることもケンカすることもできなかった。もめたり議論するのは大切なことなので、おおいに議論をしましょう。」

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    アジアの人々が日本にやってきて一堂に会する。実は、ここに至るまでには10年以上の歳月がかかりました。
    2007年、福島さんたち日本の盲ろう者が韓国を訪問。以来毎年各国に出向きます。孤立する人を探し出すことから始め、支援の方法をともに考えてきました。

    東京大学 教授 福島智さん
    「(視覚と聴覚)両方を遮断されてしまって、誰かの助けがないと情報が得られない。情報が得られないと、こちらから情報を発信することもできない。声を出せないからニーズが伝わらない。その悪循環を断ち切るための手伝いをする義務があると私は思っています。」

    「久しぶり、元気?」

    韓国 チョ・ウォンソクさん
    「はい、おかげさまで。」

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    今回、日本に来るのを楽しみにしていた韓国のチョ・ウォンソクさん。目は見えず、耳がかすかに聞こえます。

    東京大学 教授 福島智さん
    「ふ・く・し・ま・で・す。」

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    相手の指を点字タイプライターに見立てて打つ、指点字でやりとりします。

    東京大学 教授 福島智さん
    「そうだね。11…年。」

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    東京大学 教授 福島智さん
    「(ウォンソクさんは)11年前に私に会ったあと『日本語を勉強しました』と。うそか本当か分かりませんが、泣かせるようなことを言っておりました。」

    実は福島さんが初めて韓国を訪れたとき、出迎えの花束を渡したのがウォンソクさんでした。当時、韓国には「盲ろう」という概念がなく、ウォンソクさんには視覚障害の支援しかありませんでした。

    韓国 チョ・ウォンソクさん
    「福島智教授が韓国に訪問されて、私に会ってくださったとき、盲ろう者という人々はどんな人か初めて知りました。そのときの経験は私の人生でとっても重要な経験でした。」

    以来、福島さんを目標に盲ろう者の思いを発信し、仲間をひとりひとり探しだしました。昨年(2017年)には盲ろう者の団体を結成。国会に請願も行いました。

    韓国 チョ・ウォンソクさん
    「韓国には盲ろう者のための支援が全然ありません。どうやったら盲ろう者たちが一緒におもしろく、うれしく住めるか、その方法について、それを学んで韓国に帰りたい。」

    会議2日目。各国の盲ろう者が自分の国での課題を出し合うことになりました。

    インドの盲ろう者 プラディープ・シンハさん
    通訳:「多くの盲ろう者は家にこもっています。これは親が盲ろう者には仕事ができないと思っているからです。私はこうしたひきこもっている盲ろう者たちを集めていきたい。技術を使って、どうやって自立していくのかを考えたい。」

    支援が少ない国で、盲ろう者をどう支えていけばいいのか。苦しい実情の報告が相次ぎます。

    ネパール プスパ・ラジ・リマルさん
    「(ネパールには)盲ろう者が補聴器などを購入できるような支援はありません。補助金や手当があれば助かるのですが。」

    マレーシア コン・グワッ・レイさん
    手話:「いまマレーシアにはろう者と視覚障害者の団体しかありません。私たちが(触手話などを)学ぶ団体が必要だと思います。」

    まず当事者団体を作り、韓国のウォンソクさんのように声を上げられれば。しかし夜になって、もっと困難な訴えもありました。

    ウズベキスタンの通訳ガイド
    「(ウズベキスタンの)ソジダさんについて話します。彼女は通訳ガイドを雇う余裕もない。」

    ウズベキスタンのソジダさん。盲ろう者の支援制度がなく、わずかな障害年金では通訳を雇えません。自分たちで支援組織を作ろうにも財源が壁になるといいます。

    ウズベキスタンの通訳ガイド
    「どうしたら日本より収入の低い発展途上国で支援を始められるのか?」

    これに対し、福島さんが自らの経験からアドバイスします。

    東京大学 教授 福島智さん
    「日本では最初、私と門川さん(盲ろう者)を支援するグループを作って、少しずつの額で大勢の人から寄付を集めました。国の経済力と盲ろう者の福祉は必ずしも比例しない。(GDPが)19兆ドルで世界一のアメリカには、ほとんどの地域で盲ろう者のための通訳介助者派遣制度がありません。『盲ろう者の人数が少ないから大した予算じゃないですよ』と、ぜひ政府に訴えてください。」

    ゆっくりでも粘り強く仲間を増やしていけば、やがてそれが国を動かす力になる。熱を帯びた議論は8時間に及びました。
    次回は、ドキュメントの後編。初体験の日本を楽しみながら、ともに課題に向きあうアジアの盲ろう者たち。彼らが4日間で得たものとは?ぜひご覧ください。

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