【出演】後藤佑季
<スタジオ>
リポーター 後藤佑季
「きょうは、2020東京オリンピックを目指す、ろうや難聴のアスリート総集編をお届けします。聴覚に障害のあるリポーター、私、後藤佑季が取材してきました。最近、ビックニュースがありました。」
6月の日本陸上競技選手権大会で、円盤投げの湯上剛輝選手が62m16の日本記録を樹立しました。
後藤
「実は、湯上選手も私と同じく、人工内耳ユーザーです。東京オリンピックでの活躍が期待される選手の中にも、ろうや難聴の選手がいるんですね。湯上選手だけではありません。」
阪口季穂選手と、佐々木琢磨選手。番組では、聞こえないことを武器に、オリンピックを目指す、2人の選手を取材しました。 まずは、クレー射撃の阪口季穂選手です。VTRをどうぞ!
<VTR>
後藤
「クレー射撃は、ろうだからいいこともあるんですか?」
クレー射撃 阪口季穂選手
「そうですね。集中力、動体視力が欠かせません。聞こえないことを武器にして、周りの音が聞こえないので、目だけでクレーに集中するところが向いていると思います。」
このマシーンから発射された的を華麗に撃ち落とす!これがクレー射撃です。
すごい迫力!
阪口季穂さん、2年後に向け「強化育成選手」に選ばれています。ろう者としては日本初です。
注目されるのは、的を正確に捉える並外れた動体視力と研ぎ澄まされた集中力です。でも実は彼女、競技を初めてわずか半年なんです。その抜群のセンスに協会関係者も舌を巻いています。
日本クレー射撃協会 コーチ 加藤衛さん
「将来本当に期待できる射手だと思います。」
阪口さんは、半円を描くように移動しながら射撃をおこなう「スキート」という種目の選手。定められたポイントは8か所あります。順に移動し、的を狙います。
その的が、先ほどのオレンジの円盤。「クレー」と呼ばれます。
これが左右の放出機から1個、あるいは連続で2個、時速100キロの速さで飛んできます。場所によって、放出機からの距離も角度も変わります。的が出るタイミングも変わるため、飛び出る瞬間を正確に捉えなければなりません。聴者の選手の場合…、的が飛び出る際の音と、視覚情報でタイミングを計ります。しかし、阪口さんの頼りは視覚だけです。
それでも、このとおり!
指導するのは、過去にもオリンピアンを育てた名コーチ、加藤衛さん。ろう者の指導は初めてですが、阪口さんのセンスにほれ込み、筆談などで教え込んでいます。
普段の阪口さんは、日本体育大学に通う女子大生です。
クレー射撃 阪口季穂選手
「キメ顔(はこうやる)。」
聴者の友達には指文字を覚えてもらって、やりとり。楽しいキャンパスライフを送っています。さらに、彼女にはもう一つの顔が…。
わぁ、凛々しい!阪口さんは、剣道歴15年の女性剣士でもあります。実は、クレー射撃での卓越したセンスの秘密は、この剣道にあるんです。
剣道では、相手の剣先や体の微妙な動きを瞬時に察知し、機先を制します。的を捉える動体視力は、ここで鍛えられたのです。
姉の影響で、4歳から剣道を始めた阪口さん。小学校はろう学校で学びました。中学は、剣道が強い地域の学校に進学。聴者の中に飛び込むのは初めてのことでした。しかし、そこで挫折を味わいます。
クレー射撃 阪口季穂選手
「中1の1年間で自分の、健聴の世界に入る覚悟が足りなくて、周りからの理解も浅くて、まだ心が未熟で「何?」って聞くこともできなくて、自分を傷つけるだけで、すごく悩みました。」
結局1で、ろう学校に転校しましたが、大好きな剣道は続けました。「心も体も強くなりたい」ー。
中学3年生の時、近畿大会で個人優勝!すると剣道の強豪高校から入学の誘いを受けました。
後藤
「中学校の時の経験を生かして何か工夫はしたんですか?」
クレー射撃 阪口季穂選手
「メモ帳を持ち歩いて、何かわからない時は書き込んだり、積極的にわからないことは『何?』と聞く勇気を持つことを意識していました。」
剣の腕を磨きながら、部員たちには手話を覚えてもらい、徐々に信頼関係を作っていきました。そして、聴者の部員たちをまとめる主将を任されるまでになったのです。
去年(2017年)3月、「オリンピックを目指せるクレー射撃をやってみないか」と、大学の先生から誘いを受けます。今の目標は、来年(2019年)ドイツで開かれるジュニアワールドカップへの出場です。地道に努力を積み重ねれば、オリンピックへの道はきっと開けると信じています。
後藤
「何かモットーにしている言葉ってありますか?」
クレー射撃 阪口季穂選手
「『昨日は変えられないけど明日は変えられる』というのが、今の自分を支えている言葉です。オリンピックを目指すと言われて、不安よりワクワクした気持ちが先に出ているのが、自分の性格だと思います。」
<スタジオ>
後藤
「阪口選手にとっては、聞こえないことはマイナスではなく、むしろ集中力を高める武器になっているんですね。会話の途中でも『何?』と聞き返す勇気を持って、仲間との信頼関係を得たこともポイントでした。」
さて、これから紹介する、陸上100m、佐々木琢磨選手も、聴者とろう者の壁を全く感じさせないフレンドリーな方でした。
<VTR>
陸上100mの選手、佐々木琢磨さんです。
自己ベストは10秒75。これは聴覚障害者の日本記録です。その活躍ぶりは、国内だけでなく、海外からも注目を集めています。ろう者の中では、いま一番オリンピックに出場する可能性が高い選手と言われています。
佐々木さんに話を聞こうと、訪ねたのは仙台大学。
2年前に大学を卒業し、ここで職員として働いている佐々木さん。仕事の後、陸上部の練習に参加しています。
陸上100m 佐々木琢磨選手
「自分はろう者で耳が聞こえないので、周りから(速い)スタートは難しいと言われました。それでカチンときて『聞こえないことは関係ない!そんなこと言う権利はないはずだ!』と思いました。『それならスタートで一番になってやる!』と思いました。」
練習が始まりました。この日はスタートダッシュを繰り返します。
聞こえる選手たちは、拍子木の音で練習します。一方、佐々木さんは大きな音でないと聞こえないので、ピストルを使います。それでも、かすかに聞こえる程度。強い風が吹くと、さらに聞こえにくくなることもあるそうです。
トップギアで一気に加速。
この高速スタートが持ち味です。
高等部の時、聴覚障害者の全国大会で100mと200mの2種目を制覇しました。もっと上を目指したいと、スポーツが盛んな仙台大学に進学。聞こえる人たちの中で、自分を試そうとした佐々木さん。そこに立ちはだかったのが、「コミュニケーションの壁」でした。佐々木さんは思いきって、部員たちに「手話を覚えてほしい」と頼むことにしました。すると何人もの選手が快く手話を勉強してくれました。
部員
「足の回転が速いので、リズムが速い。」
陸上100m 佐々木琢磨選手
「なるほどね。」
積極的にアドバイスをもらうようになったことで、みるみるタイムが良くなっていきました。
去年、トルコで開催された聴覚障害者のスポーツの祭典「デフリンピック」。4×100mのリレーでアンカーを務めた佐々木さん。ウクライナなどの強豪国を破り、日本に初の金メダルをもたらしました。
後藤
「東京オリンピックを目指すということですが、聞こえない人がいろんなことに挑戦することについて、どう思いますか?」
陸上100m 佐々木琢磨選手
「大きな目標を目指すことに対して、それは無理だと思う人もいると思います。やる前にできないと思ってしまったら、そこで終わりです。やってから無理と思うことはいいことです。やって失敗したらそれは成長のための大切なヒントです。」
<スタジオ>
後藤
「聞こえないことを武器にして、オリンピックを目指し、競技に打ち込んでいる姿、お2人ともすてきでしたね。」
佐々木選手は5月、日本聴覚障害者陸上競技選手権大会で優勝。阪口選手は8月、全日本学生選手権で3位に入賞しました。
後藤
「東京オリンピックを目指すお2人のこれからが楽しみです。」