聞こえなくても踊れるよ―ろうのダンスインストラクター
オープニング
切れのよいパフォーマンスを繰り広げるダンスユニット、その名も「ネクパソ」。
リズムに乗って踊っていますが、ダンサーは全員が、ろう者です。
メンバーの1人、emiこと、平野恵美さん、35歳。ダンスの魅力を伝えたいと去年4月からレッスンを始めました。
(emiさん)「鉄棒をくぐって、後ろに持ってくる感じ」
教えているのは、ろうの子どもたちです。
(emiさん)「聞こえないのに踊れるのかという目で見られました。聞こえなくても踊れることを証明したくて頑張ってきたんです」
聞こえなくても踊るにはどうすればよいのか。そのために自分なりの指導方法を編み出したemiさん。
ろうのダンスインストラクター、emiさんの日々を見つめました。
ダンススクール紹介
emiさんがダンスを教えているのは、さいたま市のスタジオです。
この日の生徒は女の子3人。健聴者が教えるダンススクールに通っている子もいます。しかし、聞こえないためレッスンについていけないことがあるそうです。そこで手話で教えてくれるこのレッスンに通うようになりました。
(emiさん)「子どもたちは、ひとりひとり聞こえ方が違います。だからレベルに合わせて対応したいと思っています」
emiさんが教えているのは、主にヒップホップのダンスです。
この日のレッスンのテーマは、リズムの取り方。3つのポイントを伝えます。
手拍子を始めたemiさん。
まず手をたたく様子を子どもたちに目で見てもらい、リズムをつかませます。
次に背中をたたき始めました。リズムのテンポを直接体で感じさせます。
最後に指でカウントを数えてみせます。指の動きに合わせて踊ることを体が覚えるまで、何度も繰り返します。
(子どもたち)「リズムをつかみやすいです」
「ゆっくり分かりやすく教えてくれるので、覚えやすいです」
(emiさん)「(子どもたちが)夢や目標を持って続けていける。それだけは伝えたいと思います」
emiさん経歴紹介
千葉県木更津市で生まれたemiさん。体を動かすのが好きな女の子でした。
ダンスを始めたのは、ろう学校の高等部のとき。当時はやっていた
SPEEDやDA PUMPに憧れたのがきっかけでした。
(emiさん)「私は聞こえないけれど、音楽に合わせて体で表現する彼らの様子を見て鳥肌が立ちました」
短大では、ろう者の仲間とダンスサークルを立ち上げました。
聞こえない娘を手探りで育てていた両親。emiさんが興味を持つことは、何でも応援したそうです。
(両親)「(ろう学校の)先生に体験あるのみ。こういう子には体験させるべきだと言われました。自分が経験したことがすべてになる。だから好き勝手に。いつの間にかダンスを一生懸命やっていて」
「今思えば(ダンスという)打ち込めるものがあったことが強みになったのでは」
短大を卒業後、働きながら本格的にダンスを学びたいとダンススクールに入りました。しかし壁にぶつかってしまいます。
(emiさん)「聞こえる人は音楽を聞き、すぐにリズムをつかめる。だから自信を持って踊れます。でも私は音楽と合っているのか不安を感じてしまう。気持ちよく踊れないんです」
特に苦労したのが、音楽の出だし。聞こえる人に比べて動き出すのが遅れてしまうのです。
独自の練習方法
試行錯誤の末に考えついたのが、スマートフォンを使った練習法でした。
お手本となる動画を見て、出だしのテンポをつかみます。
(emiさん)「最初はリズムがどんな感じなのかを、ビデオを見ながらカウントします」
(emiさん)「リズムが分かったら、映像を繰り返し見て振り付けを覚えます」
振り付けを目で覚えたあと、動画に合わせて踊ります。
この方法を続けることで、音楽にぴったり合ったダンスが踊れるようになりました。健聴者と同じステージで堂々たるパフォーマンスを披露できるようになったのです。
スクール設立の動機
去年4月。短大時代の後輩2人が、emiさんにある企画を持ちかけました。ろうの子どもたちにダンスを教えてみないかという提案です。2人の後輩に、企画を持ちかけた当時の話を聞きました。
(YASUさん)「ダンススクールやスタジオで健聴者の先生に教えてもらっても、何を言っているのか分からない。それでやめてしまう子が多いんです」
(DAICHIさん)「これからのために、やらなければならないと感じ、みんなと話し合って始めたんです」
ネクパソのメンバー紹介(子どもたち)
emiさんの教え子の1人、根間麗華(ねま・れいか)さん。17歳です。
emiさんがのステージを見て魅了された麗華さん。すぐにemiさんに、レッスンを受けさせてほしいと頼みました。
(麗華さん)「emiさんのようになりたい。切れがよくて、ろうだと分からないくらいのダンスを踊れるようになりたい」
(emiさん)「彼女はダンスに対する思いが誰よりも熱いんです。若いころの自分を見ているような気がします。とても期待しています」
「日頃のレッスンの成果を発表する場を作りたい」。そこでemiさんは、生徒や後輩たちと一緒にダンスユニット「ネクパソ」を結成しました。
健聴者が主催するダンスイベントにも積極的に出演しています。
ネクパソの最年少メンバー、志村優斗(ゆうと)くん、8歳。
図工の課題に、自分が踊っている絵を描くくらいダンスに夢中です。
(優斗くん)「ほかの子にもダンス(の楽しさ)を教えてあげたい。踊っていて“格好いいね”と言われるのが、すごくうれしいんだ」
ネクパソ全体練習
この日、次のイベントに向けて、ネクパソは合同練習をすることにしました。
麗華さん、今回の曲の中でどうしても踊れない動きがありました。リズムが速く振り付けも複雑。足が遅れてしまいます。
(emiさん)「蹴るようにして足を入れ替えて」
(麗華さん)「苦手なのは足を上げるところ。どうやって上げればいいのかコツがつかめない」
麗華さん自主練習
1週間後の練習日。
麗華さんはほかのメンバーよりも3時間早く、スタジオにやって来ました。
お母さんに手伝ってもらい、苦手な部分を徹底的に練習することにしたのです。
前日まで自宅で練習していたものの、まだ納得のいく動きができません。
何度もカウントを数え、リズムを再確認します。
3時間後、emiさんがやって来ました。
(emiさん)「音楽に合わせて やってみた?」
emiさん、一緒に踊りながら麗華さんの動きをチェックします。
麗華さんの苦手な部分です。
ずいぶんスムーズに踊れるようになりました。
(emiさん)「一生懸命やることで、(子どもたちには)夢を持ってあきらめずに続けてほしいです」
(emiさん)「聞こえない自分だからこそ、教えられるダンスがあるはず」
emiさんの挑戦は続きます。