この仕事にかける ―宮大工・渡辺健太―(後編)
難聴の宮大工・渡辺健太さん、40才です。
渡辺さんが修復を手掛けた猿田彦神社。鎌倉時代以来の歴史があります。
釘はほとんど使っていません。木と木を組み合わせる伝統的な技法で作られています。
(渡辺さん)宮大工というものは、普通の住宅と違って100年200年300年と長い間耐えられる建物、
残る建物ということでそれに携わるということは、すごく魅力的だと思っています。
1歳の時、はしかの熱が原因で聞こえなくなくなった渡辺さん。
長年の努力が認められ、2015年の春から現場を束ねる棟梁となりました。
渡辺さんには相手の声が聞こえません。
口の動きを読み取りながら、弟子たちに次々と指示を出していきます。
(渡辺さん)どう?
(弟子)二寸一分五厘です。
(渡辺さん)二寸一分?
(弟子)はい。
渡辺さんの目標は、優れた宮大工を数多く育てること。
(渡辺さん)駄目だって、何これ。やり直せ。
月に1回は寮に泊まり込み、基礎から丁寧に教えています。
(渡辺さん)新しく宮大工になりたいという若い弟子たちを棟梁にしたい。
それが僕の夢です。
伝統を次の世代に技を伝えようと奮闘する渡辺さん。
その姿を追いました。
三重県桑名市。渡辺さんが勤める会社です。
明治20年の創業以来、寺社仏閣の建設に携わってきました。
5月上旬。
作業場で大きな柱を見つめる渡辺さんの姿がありました。
40年間、伊勢神宮の柱や鳥居として使われてきたものです。
これを削り直し、新たな鳥居を作るのです。

鳥居を奉納する場所は、桑名にある「七里の渡し場」(しちりのわたしば)。
かつては、船で訪れた伊勢参りの人たちでにぎわいました。
建て替えを行う「伊勢国一の鳥居」(いせのくにいちのとりい)。
最初に作られたのは江戸時代。
20年ごとに、伊勢神宮の柱を使って建て替えられてきました。

(渡辺さん)20年に一度の計画なので私もはじめて携わると、
(伊勢)神宮のものというのはそれなりのプレッシャーがあります。
かんなをかけ、よく磨いた柱は、
七里の渡し場まで運ばれ、そこで組み建てられます。
今回、建て替えの作業を出来るだけ弟子にまかせることにしました。

こちらは祭りで使われる社。
鳥居の柱が渡し場まで移動する時、地元桑名の神様をここにお招きします。
仕事を始めて5年目となる弟子に、板を張る作業を担当させました。
ところが板の数が足りず、作業が途中で止まってしまいます。
作業前に板の数を確認していなかったのです。

(弟子)僕は数えていないです。
(渡辺さん)僕は確認していないというのはどういうこと、お前やりたくないの。
(弟子)
はい、やりたい。やりたいです。
(渡辺さん)
確認しないの。
(弟子)
します。
(渡辺さん)
お前やる気ないな。
(弟子)
出来ていませんでした。
(渡辺さん)
確認しろ。
(弟子)
はい。
職人としての心構えは何か。時には厳しく叱ります。
(弟子)
数が足りるかどうか未確認だったので、それで確認しとけと、
それはもう自分が悪いんで、悪い悪い。

弟子たちが暮らす寮です。
渡辺さんはここで、月に1回、勉強会を開いています。
この日は差し金と言われる物差しを使って、
角材から丸い柱を切り出す方法を教えました。
最初に正方形の柱の断面に8角形を書きます。
このあと次々に角を増やし、円に近づけていきます。
最後に、わずかに残った角をかんななどで削ると、丸い柱になります。

(渡辺さん)こういうことを知っているだけでもすぐ応用ができる。
基本的なことから勉強して将来的には立派な棟梁になってほしいという
思いで勉強会をやっている。
(弟子)教え方もとても分かりやすく教えてくれるので。
(怖くない?)
ちょっと怖いです。
(渡辺さん)今後20年、30年後の宮大工さんの確保するために私の代で終わってしまうのも
困るということで、ゼロから育てるつもりでいます。
鳥居の準備と並行して、寺の修復も行います。
宮大工になって7年目の井出泉希(いで・みずき)さん。
渡辺さんは、今回の工事で、井出さんに大きな仕事を命じました。
「金輪継」(かなわつぎ)です。木材をつなぐ方法のひとつで、
木にかかる力を分散させるため、複雑な形をしています。
断面をよく見ると、表面にわずかな傾斜があります。
こうすることで、つなぎ合わせる時に、木材同士が滑りやすくなります。
しかし長さや角度が少しでも違えば、かみあわなくなってしまいます。

(渡辺さん)これから入れてみて一発(で入る)ていうのは、なかなか難しいと思います。
ミスったらもう一回やり直すこともあります。
古い柱の穴に新しい木材を入れていきます。
うまくはまるのでしょうか。
(渡辺さん)
無理やな、無理や。もう一回組み直せ。ダメ。
最初から作り直すことになりました。
作業場で、再び木を切り出します。
しかし渡辺さんは作業を手伝うだけ。
アドバイスは一切しないことにしていました。
自分の力で解決してほしいと思っていたからです。

(渡辺さん)失敗がいい経験になったと思っています。
あとは現場で組むのを楽しみにしております。
2週間後、再挑戦の日がやってきました。
今度はどうでしょうか。
成功しました。
(井出さん)
ばっちりです。
とりあえず、金輪がうまくいって良かった。

(渡辺さん)失敗は成功のもとで、失敗をしなかったら成長しないと思う。
(今回井出君が)これだけ成長したことはやっぱりうれしい。
5月31日。「伊勢国一の鳥居」(いせのくにいちのとりい)の
建て替えを祝う祭りが始まりました。
「お木曳」(おきひき)です。
桑名の市民およそ1600人が、鳥居に使われる柱を「七里の渡し場」まで運びます。
弟子が手がけた社と共に、街を練り歩く渡辺さん。
宮大工にとってはまさに晴れ舞台です。

七里の渡し場に到着です。
祭りのハイライト、鳥居の組み立てが始まりました。
(大工たち)
そ~ら、そ~ら。水平見てね水平。
木材同士が垂直に組まれているか、何度も確認します。

(大工たち)そ~ら、そ~ら。
地元の人たちが見守るなか、20年ぶりの新しい鳥居が姿を現しました。
江戸時代から続く、桑名のシンボルです。

(渡辺さん)無事に建てられたということで、ほっとしました。
仕事と真剣に向き合い続ける、渡辺さん。
宮大工の伝統を守るために、弟子と共に励む日々が続きます。
