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壁があるから心がひらく ―ろう者が店主の喫茶店―

    滋賀県大津市にろう者が営む喫茶店がある。10席ほどのカウンターは、いつも満席。秘密はいれたてのコーヒーとカレー。そして店主・尾中幸恵さんのやさしい笑顔だ。みんなの気持ちを和ませ、居心地をよくしているのだ。知らない客同士でも、ちょっとした会話が生まれることもしばしば。手話をやったことのない健聴者がいつの間にか、店独自の簡単な手話で交流していることも珍しくない。ろうの店主とお客の交流を描く。

    出演者ほか

    喫茶店店主:尾中幸恵さん
    喫茶店のお客さん
    ナレーション:高山 久美子

    番組ダイジェスト

    壁があるから心がひらく ―ろう者が店主の喫茶店―

    とある喫茶店のランチタイム。
    10席のカウンターは満席です。
    人気メニューはカレー。
    でも人気の理由は味だけじゃないんです。



    明るい笑顔が評判の店主。尾中幸恵(おなかさちえ)さん。
    ろう者の尾中さん。子どものころ、薬の副作用で聴覚を失いました。



    (男性)アイスコーヒーを2つください。

    お客の声が聞こえないというコミュニケーションの壁はありますが・・・。

    (男性)すいません~
    注文を書けって書かなあかんの?
    うん。
    ありがとう。

    居合わせた客同士が自然にやりとりを始めるのです。
    今日はろう者と健聴者が集う小さな喫茶店の物語です。

    琵琶湖を望む滋賀県大津市。
    尾中さんが営む喫茶店「コーダ」です。ほとんど一人で店を切り盛りしています。
    この日、最初のお客がやってきました。

    (男性客)すみません。 いいですか。

    (尾中さん)何にされますか?

    (男性客)ブレンドコーヒー

    尾中さんが聞こえないと気づいた男性。何か書き始めました。
    モーニングセットにしたい・・・。伝えるタイミングをうかがいます。

    (男性客)すいません。



    そう、お客が気遣って動く。これ、この店でよくある光景なんです。

    (客)こっち!

    (尾中さん)はい 。わかりました。

    尾中さんは自分からろう者だとは伝えません。

    (尾中さん)お客が何か言ったのですが私がわからないので怒った人もいます。
    「オーイ」って呼ばれても気付かずにいて「さっき言ったやろ!」ってその後 筆談で「ごちそうさま おいしかったです」って書いてくれました。
    ろうとわかったようです。

    尾中さんのためにいろいろな人が動きます。
    こちらは、初めて立ち寄ったご夫婦。

    (女性)(私が)言うたろうか?

    (尾中さん)すいません、これに書いていただけますか?

    (常連女性)あのね、これに書いてあげてくれはる?
    耳があれなんで。注文を。すいませんけど。

    常連さんが注文のしかたを教えます。
    そこへ、新たなお客が・・・。
    こちらも初めてのようです。

    (客)あ、あのね。
    すみません。
    ここにね注文書けというの。
    書かなきゃあかんの?
    うん。

    さっき教えられたお客が注文のしかたを伝えます。



    (尾中さん)ありがとう。

    名付けて「伝言リレー」。
    1杯のコーヒーを注文するだけなのに、客同士に会話が生まれる。
    これこそが、この店の魅力です。

    (客)わりと自然に入ってしまいました。特にそんなに抵抗感はなかったです。
    雰囲気的にね お客さんもみな協力的な人が多かったのでね。

    以前、店主だった岸本美津子さんです。

    (岸本さん)こんにちわ。

    岸本さんは10年前、尾中さんに店を譲りました。病気で店を続けられなくなったのです。

    (岸本さん)幸恵さんのほうがお料理上手だしすごいものわかり早いので、カレーは私が作っていた時のカレーと、そしてお客様も全部引き継いでだから、お客さんにもご迷惑をかけずにこういう方がされるのでってことで、そのまま来てくださっていた。

    料理で人をもてなすことは、尾中さんの長年の夢でした。
    ろう学校を卒業後、調理師の専門学校で資格を取りました。レストランで働き口を探します。



    (尾中さん)コミュニケーションができないからと断られたんです。
    (調理師の)免許証を見せても断られました 難しかったですね~。

    結婚後、子育てに追われ、夢は遠ざかっていました。しかし、43歳の時、チャンスが舞い込みます。

    (尾中さん)調理師免許を持っているから活用したらと連絡もらってビビッ!と来たんです。
    夢が実現できる!やった!と思いました。

    当初、家族は聞こえないハンデがあることを心配しました。
    当時大学生だった長男、友哉さんは、スタッフとして店を手伝いました。



    (友哉さん)親戚は本当に出来るのかって僕のところに声も集まってくるんですけど、食券式にした方がいいんじゃないとか、お客さんがもし、声出して呼んだら、どうやって気づくの?ということを課題は出ていて、車のサイドミラーみたいにどこから手を振っても、気付くようにしようかとか、まわりが言っていたけど、母は何もいらないからって言っていて。

    (尾中さん)同じ人間なので、普通にしたいと思っています。
    息子に「聞こえないなら何かわかりやすい説明書きを出したら」と言われたけど、そんなんいらん、必要ないと言いました。

    オープンして今年で9年。
    周囲の心配をよそに、順調にお客が増えていきました。

    尾中さんが聞こえなくても、会話を楽しみたい。そんな客も集まります。

    (客)カレーがおいしいよということで、それならお昼ごはん食べようかと言って紹介してもらって・・。
    たまたま。

    (ディレクター)手話はやるんですか。

    (客)いや、手話はやらないですよ。

    (尾中さん)どうぞ。

    常連さんに連れられ、初めて来た男性。

    (尾中さん)お口に合いますか?

    (男性客)こういうカレー食べたかった。

    (尾中さん)良かった~ほんま?

    (男性客)ほんまうーん。

    気が付くと3人で会話が・・・。



    (尾中さん)飲み物は?

    (男性客)ホットはこうかいな。
    ホットホット。
    ホット2つ?
    アイス?アイス。
    こんな感じでアイス~って。
    冷たい~って。僕も知らないです。
    けど、どうなのっていう感じだったから、アイスでってやってしまった、ついつい。

    この店で生まれたユニークな手話もあります。
    「ジンジャーエール」。普通なら・・・。

    (尾中さん)「ジンジャーエール」
    うちの店ではどう表すと思います?
    「神社」+「エール」

    「神社」と「応援のエール」とは考えましたね。
    この店の人気メニュー、カレーカルボナーラは・・・。

    (尾中さん)「カレーカルボナーラ」は長いので、「カレー」+「軽い」+「忘れる」+「奈良」ってやるんです。
    (お客さんに)言われたんです。

    なるほど、実際に使っているお客さんがいました。

    (客)カルボナーラ+カレー。

    出た!カルボナーラ。
    ベーコンとなすをいためたパスタに、カレーと卵をトッピング。
    おいしそう~。
    オリジナル手話の効果で人気メニューになりました。
    長男・友哉さんは、この店の魅力についてこう語ります。

    (友哉さん)今、スーパーマーケットに行ったら誰とも会話せずに自分の買いたいものを買うことができると思うんですけど、このお店にあるのは“ちっちゃな壁”なんですよ。
    “ちっちゃな壁”がどうしてもあるんですよ。
    コミュニケーションのいつもどうりの方法とはちょっと違うんですよ。でもそれをみんなで手を取り合って、超えた時に心のつながりが出来たりとか、人のつながりの中に自分はあるんだというのを実感出来たりそういう良さはあるんじゃないかと思っているんですけど。

    月に1度、夜も店を開きます。
    この時だけは、ワインバーに様変わり。ろう者のお客の要望で、去年から始めました。

    (尾中さん)これは滋賀県で作られたワインです。

    手話で楽しめるワインバーが少ないのだとか。

    (男性客)うまい! 飲みやすいね。

    遠くから来る人も少なくありません。
    こちらは、神戸から新幹線でやってきたというご夫婦。
    福井や愛知からのお客もいます。
    お客のために、趣向を凝らす尾中さん。
    地元産のワインなど、おすすめをセレクトして、味や香りを楽しんでもらいます。



    これは『マドンナ』 。
    女性に人気。飲みやすいわよ。

    飲むほどに酔うほどに、お客が盛り上がり、踊り出す人も。

    みんなの笑顔を見るとうれしくてますますがんばれます~。

    今、新しい資格に挑戦しています。ソムリエです。ワインバーを充実させるのが狙いです。
    フランス人の友人に協力してもらい特訓中。最終試験に備えます。
    でもちょっと緊張気味?

    (尾中さん)失礼しました。

    ワインの知識を深めたいと、ますますがんばります。

    おいしいワインです。

    尾中さんが店を開いて来年で10年。どんな思いを抱いているのでしょう。

    (尾中さん)楽しいから続けているんです。
    皆さんが喜んでくれればいいですね。

    (ディレクター)表情がいいとお客さんが言ってましたよ。

    (尾中さん)そうなんですか?鏡でどんな顔しているのか見なくちゃ!

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