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ろうを生きる 難聴を生きる「ハードルを乗り越えろ!陸上選手・高田裕士」※字幕

    聴覚障害の陸上選手、高田裕士さん(36) は400mハードルの日本記録をもつトップアスリートです。ろう者のスポーツの祭典「デフリンピック」に3度出場。聴覚障害の陸上選手として初めてプロ契約を結ぶなどロールモデルとなり活躍してきました。成績が伸び悩む中、ある出会いによって再びハードルに向かう勇気をもらいました。夢は来年5月に開かれるデフリンピックの金メダル!自分を信じて走り続ける姿を描きます。

    出演者ほか

    【出演】高田裕士,【語り】高山久美子

    番組ダイジェスト

    ハードルを乗り越えろ!ろうの陸上選手・高田裕士

    6月、神奈川県で、陸上の県大会が開催されました。高校生から社会人まで、関東大会出場を狙う選手たちが競い合います。
    若い選手に交じって準備する、ろうの陸上選手がいました。高田裕士さん、36歳。専門は400メートルハードル。聴覚障害者の日本記録をもつプロのアスリートです。

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    ろう者のオリンピックと呼ばれ、4年に1度開かれる“デフリンピック”。高田さんは、この大舞台に3回連続で出場。メダル獲得を目標に、自らの限界に挑み続けてきました。

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    (アナウンス)
    「男子400mハードル予選。」

    今、狙うのは来年(2022年)開かれるブラジル大会への切符。補聴器をつけて一般の大会で実力を磨いています。

    高田裕士さん
    「今は毎週試合に出て、『自分の課題を見つけたい』とか、『もっとよくなりたい』とか、試合に出ることで、障害に関係なく、真剣勝負っていうのがすごく楽しい。」

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    自分の可能性を信じて。走り続ける、ろうのアスリートの姿を追いました。


    常に高い目標に挑み続けてきた高田さん。その原点には母親の教えがありました。

    高田裕士さん
    「『聞こえる聞こえない関係なく、自分が強くなる必要がある』と言われて、厳しく育てられた。外遊びを知るようになったのが、小学校3年生ぐらい。それまでは、どっちかというと家にいることのほうが多かった。突然、母親が住んでいる団地の1階に僕を連れてって(自分を)ポイって。聞こえる子どもたちがいる所に、ポイッて(放り出され)、『6時まで帰って来るな』と(言われた)。本当に何したらいいのか分からなかった。当時は『鬼ごっこ』とか『ドロケイ』とか、あと『野球』もすごくはやっていた。『野球』とか『サッカー』とか、全部、走るスポーツだったので、走るというところで、『お前、速いじゃん』と周りが受け入れてくれた。」

    高田さんが本格的に陸上競技を始めたのは18歳。大学1年生のとき。翌年には障害者の全国大会で優勝し、すぐに頭角をあらわします。

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    高田裕士さん
    「(陸上は)個人競技なので、自分の頑張りとか練習の取り組み方とか、全部自分に返ってくるので、それがすごく魅力でおもしろいなと思って、どんどんはまっていった。」

    就職後も陸上を続け、24歳でデフリンピックに出場。限られた時間をやりくりし、ケガを抱えながらこぎ着けた夢の晴れ舞台でしたが、予選敗退に終わりました。

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    そんな中、大会で出会った海外選手の話に衝撃を受けます。その多くが、企業や国に生活を保障され、陸上に専念できるプロとして競技を行っていたのです。

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    高田裕士さん
    「(海外の選手に)僕の現状を話したら、『考えられない』と。きっちり働いて、終わったあとに自分の練習をして、(体の)治療の時間もとれない状態だった。それが当たり前だと疑わなかったけれど、『違う世界もある』と。ちょうどパラも少しずつプロの選手が増え始めてきた時期だったので、日本のデフも、変わっていかないといけないと感じた。」

    大会後、さっそく行動に出た高田さん。500以上の企業に自らアプローチし、プロの選手として雇ってほしいと、メールで売り込んでいきました。

    高田裕士さん
    「『パラだったら考えたけど、デフは聞いたことがない』と、。『ちょっと…』みたいな所がほとんどだった。そのときはまだメダルを取っていなかったので、『何をバカなことを言ってるんだ』とか、『やめた方がいい』と(周りから)すごく言われました。」

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    4か月後、ひたむきな高田さんの熱意が企業を動かし、ついに聴覚障害の陸上選手として、初めてプロ契約を結ぶことになったのです。
    競技に専念できる環境を手に入れ、その後メキメキと力を伸ばしていきました。
    2回目のデフリンピックは28才の時とき。400mハードルに出場しました。

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    「頑張れ、頑張れ、ゆう!」
    「頑張れパパ!」

    家族が見守る中、世界の強豪選手たちに食らいつきます。
    懸命な走りで55秒99の日本記録をたたき出しました。プロアスリートとして、日本のデフスポーツにおける、新たな道を切り開いたのです。


    東京都内で、家族3人で暮らす高田さん。自宅にも互いを高め合うよきライバルがいます。
    妻の千明さんです。目がまったく見えません。高田さんが21歳の時に出会い、2年後に結婚。今、互いの目となり耳となり、支え合っています。

    高田裕士さん
    「11。」

    千明さん
    「ない!」

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    実は千明さんも陸上選手。日本を代表するパラアスリートです。
    2016年にリオデジャネイロで行われた、パラリンピックに初出場。まもなく開幕する東京大会では、メダル獲得が期待されています。 夫婦ともに国際大会では、まだ金メダルを取ったことはありません。息子に金メダルをかけるのは、「自分が先」だと競い合っています。

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    千明さん
    「そうですね…。嫁としては『頑張れ!』と思う反面、選手としては『こけてしまえ!』と思っちゃう。(あなたも)あるでしょ?」

    高田裕士さん
    「ない、ない、ない、ない。」

    千明さん
    「あるでしょ!絶対あるよね。」

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    千明さん
    「子どもが小さい時から、お互いの練習や試合を見に来たりとか。(子どもが)家で待って、さみしい思いをさせたりというところで、お互いに『子どもにメダルを見せたい』、『金メダルを取って渡したい』という気持ちが強くある。」

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    デフリンピック日本代表、そして初のプロ選手として、順風満帆な道を歩んでいた高田さん。3回目のデフリンピック挑戦。その直前のことでした。
    プロとして結果にこだわるあまり、必要以上に走り込みやトレーニングを増やしたことで、椎間板ヘルニアを発症。足にしびれが出て、練習も、ままならない状態に陥ってしまったのです。

    高田裕士さん
    「毎年毎年、自己ベストを出さないとみたいな、自分の中で自分に対して、厳しく考えすぎていたのかな。僕が失敗すると、あとの人が続かなくなる、という危機感。」

    そんなコンディションで挑んだ大会。予選はギリギリの成績で通過。腰と足の痛みは限界を迎えていました。
    そして迎えた本番。プロアスリートの責任と重圧を抱えながら、満身創痍でレースに挑みました。後半、スタミナが切れ、足があがらなくなってしまいました。思うような走りはできず、惨敗。自らが打ち立てた日本記録より、4秒近くも遅い、59秒68という結果に終わりました。心身ともに疲弊し、自信を失ってしまった高田さん。その後、大会にほとんど出場しなくなりました。

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    そんな高田さんの気持ちを、再び奮い立たせてくれた存在。それは、ろう学校の陸上部の部員たちでした。

    高田裕士さん
    「このテンポで。」

    高田さんは競技生活のかたわら、週3日、陸上部のコーチを務めています。部員は、中学部の8人。

    高田裕士さん
    「このあたりから(スピードが)遅くなっている。こんな感じ(足先だけ前に出す)じゃなくて、足の裏全体で強く踏み込んで、前に進まなきゃいけない。」

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    自分が培ってきたスキルや経験を、余すことなく伝えたい。部員たちがイメージしやすいよう、手話だけでなく、正しいフォームを見せながら指導しています。課題を克服するごとに、いきいきと目を輝かせる部員たち。高田さんは、その姿をいつもまぶしく見つめています。

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    高田裕士さん
    「よし、水分とって!」

    部員
    「やる気が出なかったり、疲れたりすることもあるけど、一生懸命やっていると楽しくなる。」

    「速く走れる方法をいろいろ教えてもらうと、速くなるし、うまく走れるようになって楽しい。」

    「(高田コーチは))走るフォームがきれいなので見習いたい。自分もデフリンピックに出て優勝したい。」

    純粋に陸上を楽しむ部員たちに、刺激をもらった高田さん。再びハードルに向き合う勇気をもらいました。


    (アナウンス)
    「On Your Marks(位置について)」

    今、高田さんは毎週のように、大会や記録会に出場しています。

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    高田裕士さん
    「今、すごく楽しみながら競技をすることができている。自分の中で課題をもって、『できたかな?』とか、『でも、できなかったな、次頑張ろう』みたいな、陸上始めたときみたいな気持ち。今もそういう気持ちで、競技ができてるのがすごく楽しい。」

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    夢は「デフリンピック」での金メダル!
    高田裕士さん、36歳。世界一を目指し、走り続けます。

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