【司会】谷地健吾,【語り】高山久美子
「老ろう介護」という言葉があります。
老いた人どうしの介護を意味する「老老介護」ではなく、耳の聞こえないろう者が、老いた親などを介護することを指す言葉です。その現場で今、大きな課題が持ち上がっています。
ろう者の子
「同意書をきょう出すことになってるんだけど。」
親
「書くの? 書くの?」
それは「コミュニケーションの難しさ」です。
経験談①
「年老いた母は、加齢で口の形がはっきりしなくなり、今までできていた口話ができなくなった。」
経験談②
「医師と聞こえる家族だけで治療方針が決まってしまい、自分は蚊帳の外になってしまった。」
聞こえない介護者は日々、孤立と隣り合わせなのです。
今回は「老ろう介護」の経験がある当事者たちと一緒に、介護現場の課題を浮き彫りにしていきます。
老ろう介護の経験者
「母の気持ちをしっかりとつかむことができているかどうか、不安があります。」
老ろう介護の経験者
「ケアマネージャーは、聞こえない人を担当するのが初めてだったので、最初に聞こえないという立場について、話さなければいけない大変さもありました。」
よりよい「老ろう介護」をするにはどうすればいいのか、ヒントを探ります。
谷地健吾アナウンサー
「今日は、現在、老ろう介護をしている方、そして過去に介護経験があるという当事者の皆さんに、リモートで集まっていただきました。皆さん、よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いします。」
ろう者の平川美穂子さん。聞こえる母の介護をしています。自身の経験をもとに「老ろう介護」問題の論文を書きました。
ろう者の高山久子さん。ろうの父を介護した経験があります。
ろう者の岩田恵子さん。聞こえる親、聞こえない親、両方の介護経験があります。
谷地健吾アナウンサー
「平川さんは、過去に聞こえるお父様の介護を、現在は聞こえるお母様の介護をされていますが、いかがでしょうか?」
平川美穂子さん
「私の場合、両親とも聞こえます。手話はできません。母とは、ずっと口話で会話をしていました。ですが、母の口の形が加齢に伴って、非常に小さくなって読み取りにくくなっています。母の気持ちをしっかりとつかむことができているかどうか、不安があります。」
谷地健吾アナウンサー
「親御さんとの時間を大切に過ごしたい、納得のいく看取りもしたいという気持ちが当然、介護者にはあると思いますから、本当にそれはつらいことですよね。」
一方、親子共にろう者の場合でも、コミュニケーションは難しくなるといいます。
高山久子さん
「両親も私も、耳が聞こえないデフファミリーです。父は元気なときには、もちろん手話で私と会話ができていたんですが、脳梗塞になった影響で認知症も発症し、うまくコミュニケーションがとれなくなって、いろいろ大変なことがありました。」
谷地健吾アナウンサー
「岩田さんは、どういうことを感じていらっしゃいますか?」
岩田恵子さん
「私の両親はろうで、7年前に父は亡くなりました。コミュニケーションは、最初はうまくいっていたのですが、高山さんと同じような経験をしました。例えば『大丈夫』という手話や『OK』という手話も、このように身振りがとても小さくなりました。」
例えば「ありがとう」という手話も、動きが小さくなると「ダメ」というジェスチャーに見えることが。間違って読み取るケースも少なくありません。
谷地健吾アナウンサー
「運動機能が落ちて手が使えなくなると手話だけでなく、筆談さえも難しくなる。そういう状態でコミュニケーションをどう円滑にしていくか、何か工夫されていることはありますか?」
高山久子さん
「先ほど、(父が)手話ができなくなったというお話をしましたが、代わりに身振りや指さしを使いました。例えばコップがあるとして、それを見せて指をさす。何か飲みたい?という時は、飲むという身振りをします。身振りを何回か繰り返して、ようやく分かってもらいました。このように工夫して伝わったほうが、本人もほっとして表情が柔らかくなりました。」
指さしやジェスチャーなど、簡単なルールを決めるだけでも、お互いのストレスが減り、安心感が増したといいます。
平川美穂子さん
「親子の将来には、必ず別れの時が来るわけですけれども、その最後の最後まで気持ちが通じることができるということが、一番の幸せだと思います。」
【医療・福祉関係者との関係】
そんな平川さん。新たなコミュニケーション法を模索中です。
平川さんは今、聞こえる母を在宅で介護しています。89歳の母、セツさん。持病があり、要介護3です。
セツさん
「あ、いらした。」
この日は2週に1度の訪問介護がありました。セツさんの体調チェックや薬の相談、今後の治療方針について話します。
医師
「どうですか?」
聞こえる母と医師のやり取りは声での会話。そのやり取りに参加するとき、平川さんが活用するのが、音声を認識するアプリです。2人の会話の音声がリアルタイムで文字化され、スマートフォンの画面に表示されます。平川さんは、画面の文字を読み取りながら、議論に参加するのです。
医師
「特に山口先生の所、薬は増えてないですか?」
平川さん
「山口先生の方は、薬は変わってないです。ずーっと同じです。」
平川さんが、この音声認識アプリを使うようになったのは去年(2020年)。新型コロナウイルスの流行がきっかけでした。
医師
「以前はマスクを外せば、口のしゃべり方でお話を聞き取ることができたのですが、いまはコロナの時代なので、あまりマスクを外すことができませんので、このツールはとても役に立っていますね。」
音声の誤認識もありますが、8割程度は会話を理解できます。医師との連携がスムーズになりました。平川さんが積極的に介護に参加できることが、母・セツさんの安心にもつながっています。
母・セツさん
「先生も看護師さんも心の支えです。ありがとうございます。幸せです。」
【どうする?施設側とのコミュニケーション】
よりよい介護のためには、病院やデイサービスなど外の施設との連携も重要です。
岩田さんは、その施設の利用で壁を感じた経験があります。
岩田恵子さん
「私は、叔母の介護をしたときに施設の方から、聞こえる人で電話のできる人を、緊急連絡先に入れてほしいと言われました。わたしはろう者なので、ファックスができると言ったのですが、ファックスでは認められず、電話にしてくださいと言われました。しかたなく県外の、いとこの電話番号を書いてようやく認めてもらったということがあります。」
一方、高山さんは、ある工夫で施設とのコミュニケーションを円滑に進めることができたといいます。
高山久子さん
「私の父は、1週間に3回のデイサービスと、月に1回程度のショートステイを利用していました。最初の頃は当然、施設はろう者について理解がなかったので、『父が孤立しないように配慮してください』と行く前に細かく書きました。手話での説明ができないときは、指さしや身振りを多用してほしいと強く要望して、それを皆さんに書いて渡しました。その結果、身振りなどを勉強してくださり、父はすごく喜んで楽しく通っていました。とても大きな効果でした。皆さんも遠慮なく、積極的にそういった手紙などを書いたほうがいいと思います。」
谷地健吾アナウンサー
「そうですね。ろう者や難聴の方が施設で、ぽつんと孤立しないような配慮をどんどんリクエストしたほうがいいですね。」
【手話通訳を利用する?しない?】
最後は手話通訳の利用について。
話題にあがったのは、プライバシーの問題です。
高山久子さん
「家の外であれば、いつもは手話通訳者を呼んでもよいのですが、家の中のことになると、ちょっと難しいですね。手話通訳の人もいろいろな人が来るので、私のプライベートをいろいろと見られてしまうという面があります。そういうところは、ちょっと嫌ですね。できれば同じ人に来てほしいと思います。それは派遣している市が認めてくれないんです。」
谷地健吾アナウンサー
「岩田さんに伺いたいのですが、聞かれたくないことが、手話通訳者を相手にしたとき、生じてしまうということなんでしょうか?」
岩田恵子さん
「手話通訳には守秘義務というものがありますので、割り切ってお願いをしていました。ですが、やはりたくさんいろんな方たちが来てしまうと困りますので、4人ぐらいに限定してもらって、同じ人たちでローテーションを組んでもらいました。(聞こえる)義母の気持ちと私の気持ち、お互いに言いたいことを言い合えたのは手話通訳者がいたから、腹を割って話せたんだと思います。時々けんかもしましたが、それも懐かしい思い出です。本当に助けられました。」
谷地健吾アナウンサー
「手話通訳のメリットも大きいということですね。」
岩田恵子さん
「そうですね。」
谷地健吾アナウンサー
「今日は皆さん、お互いに語り合ってみていかがだったでしょうか?」
平川美穂子さん
「親または家族の介護にずっと向き合って、誰に相談したらいいか分からないと、孤立してしまうろう者もたくさんいると思います。同じろう者どうしで情報を共有することができる場所、今回のような話し合いの場、『自分はこうだった』『あなたの場合はどうだった?』と不安な気持ちを聞いてもらう場が必要だと思いました。」
岩田恵子さん
「苦しいときには、誰か助けてくれる人が近くに必ずいると思います。ケアマネージャーさんや友だち、医療関係者の中にもたくさんいると思います。コミュニケーションがとれないときには手話通訳を使ってもいいし、音声認識アプリを使ってもいいし、何でもできるので、最終的には1人じゃない。みんなで一緒に楽しく人生を送りましょう。」
谷地健吾アナウンサー
「皆さん、今日はどうもありがとうございました。」