【出演】宮坂七海,【語り】高山久美子
直径11センチほどの「空飛ぶ的」に狙いを定め、確実に撃ち落とす。銃を構えるのは宮坂七海(ななみ)さん、23歳。耳の聞こえない、ろう者です。
去年(2020年)、25歳以下の選手が出場するクレー射撃の全国大会を2連覇。パリ・オリンピックを目指す期待の新星です。
障がい者スポーツの祭典パラリンピック。実は聞こえない選手が出場できる
種目はありません。
宮坂さんが目指すのは、聞こえないアスリートとしては日本人初となる、オリンピックへの出場です。
宮坂七海さん
「『聞こえないことが嫌で聴者になりたい』とは全く思いません。声を出して聴者に合わせようとし続けていたら、自分が何者かわからなくなり、自分がなくなります。ろう者として評価してもらえるように行動したいと思っています。」
自分らしく、ありのままに聞こえる世界で撃つ。宮坂さんの挑戦を追いました。
神奈川県伊勢原市。周囲を緑に囲まれた、ちょっと見慣れない形のこちらの建物。乾いた銃声が響く、クレー射撃場です。
ここで宮坂さんは週に3日、1日7時間のトレーニングを積んでいます。
宮坂さんが扱うのは競技用の散弾銃です。引き金を引くと、銃口から複数の小さな弾丸が一度に飛び出す仕組みです。
スタッフ
「銃って結構重いですか?」
宮坂七海さん
「3.5kgです。」
3年半前に競技を始めたばかりの宮坂さん。加藤衛コーチの指導のもとで腕を磨き一躍、日本を代表する選手に。
日本クレー射撃協会 加藤衛コーチ
「小さいときから剣道で体幹鍛えてあるからバランスがいい。クレー射撃は体が揺れたら銃が揺れる。ここで1cmずれたら、向こうで1m違う。それが揺れないんです。体幹、軸回転がしっかりしている。」
発射の度に肩にかかる激しい衝撃。剣道で培った体幹の強さが安定した射撃を支えています。
宮坂さんがオリンピック出場を狙うのは「トラップ」と呼ばれる種目です。
5か所の射撃台を移動しながら、的を目がけて発射。これを5回繰り返して、撃ち落とした枚数を競います。
トラップの競技中は、射撃場に様々な「音」がぶつかり合います。とどろく銃声、隣の選手の声、撃ち終わった薬きょうの金属音。耳栓などをしていても、完全に遮ることはできません。
そんな中で宮坂さんはただ一人、静寂の中にいます。
宮坂七海さん
「聞こえないことで競技に集中できます。虫や、周りの射撃音などの雑音が全く入ってこないので、集中しやすく、自分に合っている(競技だ)と思います。」
高い集中力と正確無比な技術。それは独自のやり方で続けてきた、日々の練習のたまものです。
耳が聞こえる加藤コーチとのコミュニケーションは、ジェスチャーや筆談を通して行っています。補聴器はつけない、口の形を読み取ることもしない。そう決めているのです。
宮坂七海さん
「聴者に合わせて声を使うことはしません。筆談の方が確実に通じるので安心です。声でのやり取りでは、うまく意思疎通できないことが多くお互い困ります。途中から筆談に変えても、さっきまでしゃべっていたのにと、けげんに思われます。最初から筆談をしていれば、相手もそういうものだと思ってくれるし、その方が円滑に進みます。」
加藤コーチ(ジェスチャーで指導)
「体が反っていた。ぶれていたから体の軸をしっかりさせて、動かさないで回転して。」
加藤コーチ
「手話通訳の方が来て一緒にいたんです。ところが全然通じないんです。(競技の)用語がいっぱいあるので。それを全部筆談とジェスチャーで叩き込んで、ここまでなっています。」
宮坂七海さん
「私から手話通訳はつけないと言ったんです。まずは筆談でお互いの関係を作っていって、そこからジェスチャーでも意思疎通ができる関係になればいいと思って、筆談からはじめました。もし毎回通訳をつけていたら、今のようにジェスチャーで通じる関係にはなっていなかったと思います。」
聞こえる人に合わせるのではなく、聞こえないことをありのままに。こうした考え方は、子ども時代の経験が影響しているといいます。
生まれた時から耳が聞こえなかった宮坂さんは、地元のろう学校に通い始めます。そこでは口話、つまり声を発して話すことが強く求められました。
宮坂七海さん
「ろう学校で、なんのために補聴器を付けているのか、疑問に思うようになりました。補聴器をつけて訓練をして、首から下げる補聴器を使って口話の訓練をしていましたが、聞こえない私が、聴者と同じようになることはないと分かっていたので、補聴器をつける意味がないと思って、わざと家に(補聴器を)忘れていき、いつもろう学校の先生に怒られていたことを覚えています。」
その後、宮坂さんは口話ではなく、手話で学ぶフリースクールに出会います。
ここで初めて、ろう者としてのアイデンティティを実感したといいます。
宮坂七海さん
「声を出して聴者に合わせようとし続けていたら、自分が何者かわからなくなり、自分がなくなります。それに口話は100%通じるわけではありません。聴者と全く同じように話すことはできないので、必ずそごが生じます。聴者に合わせて声を使うことはせず、筆談をします。ろう者として評価してもらえるように行動したいと思っているからです。」
中学を卒業後、宮坂さんは小学生の頃から打ち込んできた剣道を続けるため強豪校へ進学。聞こえる仲間たちと共に稽古に励み、高校2年生のときには都大会の決勝に勝ち進みます。
結果は見事優勝。東京都代表として全国大会への出場も果たしました。
聞こえる世界で戦い抜き、自信を深めていった宮坂さんは、剣道を続けるため体育大学へ進学。そこで待っていたのが、クレー射撃との出会いでした。
適性を見いだされ競技を始めると、すぐに才能が開花。期待の新星として大きな注目を集めました。
そんな宮坂さんは、この春から新たな挑戦を始めています。
コーヒーショップでのアルバイト。
(筆談)
「次はフードの補充をしてみよう!」
聞こえる先輩スタッフから、筆談で仕事を教わります。
あえて接客の仕事を選んだ宮坂さん。ろう者としてレジに立ちます。
注文は、指さしボードで確認。
ジェスチャーや手話も積極的に使います。
宮坂七海さん(ジェスチャー)
「店内ですか? お持ち帰りですか?」
「ありがとうございます。」
ろうのままで勝負に挑み、ろうのままで仕事に励む。どんなときも「ありのまま」です。
宮坂七海さん
「思ったよりも、聴者のお客様とコミュニケーションができています。声は使いません。手話や筆談、身振りで通じます。(手話や身振りが)通じなくても、筆談をすれば支障はありません。私が手話をすると、お客様は目を合わせてくれます。ありがとうございましたと手話で言って、お客様が笑顔になると、心が通じたと感じうれしくなります。」
そしてさらに、宮坂さんはこんな活動にも取り組んでいます。
生きものについて学ぶ、ろうの子ども向けの手話動画コンテンツの制作です。
手話で話すろう者として、自分らしく生きる。そんな自信と誇りを子どもたちに伝えていきたい。
宮坂七海さん
「日本では、ろう者としてのアイデンティティをしっかり持っている人は少数で、ロールモデルも足りません。もっとたくさんのロールモデルとなる人が必要です。聴者の多くはろう者のことを知りません。私たちが、ろう者として活躍する姿を見せていくことで、聴者の理解が広まれば、社会は変わると思います。」
東京オリンピックへの出場は、かなわなかった宮坂さん。3年後のパリ大会を目指し、これからも練習を重ねていきます。
自分の力を信じて。
ろうのアスリートの照準は、誰もが生き生きと活躍できる社会の実現です。