【出演】那須映里,【語り】高山久美子
ろう・難聴者と聞こえる人たちが集う、ユニークな会があります。
その名も「ろうちょ~会」。
目指すのは、聞こえる・聞こえないをこえた本音の交流です。
会には独自のルールがあります。たとえ聞こえる人同士でも、やりとりは手話と筆談のみ。声を出しての会話は禁止なんです。ろうの世界のコミュニケーションを、じっくり体験してもらうことが目的です。
この会を企画した一人、ろう者の那須映里(なす・えり)さんです。
那須さんには、「ろうちょ~会」を通して実現したい夢があります。
「ろうの文化や手話を、いろいろな人が知ってくれている社会をつくりたいと思います。」
手話やろうの文化を広めたいと奮闘する、那須さんの活動に密着しました。
那須さんの肩書は、手話エンターテイナー。
「今から私が表すのが、どの国か当ててください。」
この日は週一回のネット配信番組に、ろうの仲間と一緒に出演しました。 手話を楽しく伝えたいと、雑学クイズなどを配信しています。
さらに別の日には、カルチャーセンターで初心者向けの手話教室を開催。
「私の名前は那須です。」
他にも、全国各地で手話を広める講演やイベントなど、精力的に活動をしています。
那須映里さん
「ろう者っていうのはどういう人か、ろうの文化とは何か。それを気づいてもらう場を作りたい。だからやるって感じです。」
ろうの世界についての発信を、積極的に続ける那須さん。その理由は、生い立ちにありました。
「こんにちは、どうぞどうぞ。」
那須さんの家族は、全員が ろう者のデフファミリーです。
スタッフ
「インターフォンはどうやって気付いたんですか?」
那須映里さん
「あれが光るんです。」
家にはほかにも、ろう者ならではの工夫がたくさんあります。
こちらの懐中電灯は…
なんと、家族を呼ぶときに使うのだそう。
那須映里さん
「何?」
スタッフ
「こうやって呼ぶんですね。」
那須映里さん
「そうです。」
父 英彰さん
「家庭にもよると思うんですけど、やってるところもあるんじゃないかな。ウチ流といえばウチ流ですね。このほうが楽なんで。」
そして、台所には光るキッチンタイマーを活用。
家の中で困ることはありません。
スタッフ
「どんな娘さんですか、お父さんから見て?」
父 英彰さん
「小さいころは、あっちこっち行ってすごく活動的でした。テレビとかで分からないことがあると、これ何?何?って聞かれて、いつも僕が説明をしていました。(例えば)アインシュタインのこと。時間と空間の話をテレビでやってたんですよ。それで、これが時間の向きでこれが空間で…。間違えた、ごめんごめん、もう1回やってもいい?」
お父さん、話がまとまってないようです。
母 喜子さん
「どうぞどうぞ。やったらいいよ。」
那須映里さん
「大丈夫、失敗したのはそのままでいいから。」
父 英彰さん
「ごめんなさい、もう一回やらせてください。」
スタッフ
「那須さんが明るいのは、お父さん似ですね。」
母 喜子さん
「そうです そうです。」
生まれつき耳が聞こえない那須さん。
明るく活発な性格。高校までは、ろう学校で学びいつも多くの友達に囲まれていました。聞こえる人と初めて一緒になったのは、大学生のとき。そこで那須さんは思いもよらぬ経験をします。
那須映里さん
「私が補聴器をしているのを見ると、ここに向かって話しかけてくるんです。それがすごく嫌でした。耳が悪いんだってイメージなんですよ。耳が遠い人ってイメージで話しかけてくる。でも私の場合は耳に話しかけられようが、関係ないんです。分からないんです。まずは筆談か身ぶり、もしくは正面に来て話してもらわなきゃいけないんです。自分が障害者だという感覚はないんです。ろう者として見てほしいんです。」
那須さんと同じように、両親もまた、社会で聞こえる人との間に違和感や溝を感じてきました。
母 喜子さん(地域の集会でのこと)
「席とか、いちばん前がいいんじゃないかって言われる。手話通訳が見えるから。でも本当なら周りの人たちが見渡せる、雰囲気がつかめる後ろのほうがいいんです。そうすると全体が見渡せて、今この人が質問したんだ、とかが分かる。どういう人がどんな行動して質問してるのかが分かる。でも前に座ると後ろで何が起きてるか、分からなくなるので振り返らなくちゃいけない。なので、席を考えるだけでも、ろう者と聞こえる人の考え方が違うんです。」
なんとかして、ろう者と聞こえる人との壁を取り払いたい。
その第一歩として那須さんは、自分たちのことを正しく知ってもらうことが大切だと考えているのです。
そんな那須さんが今、最も力を入れて活動しているのが…
「お疲れ」
ろうの仲間と3年前に始めた「ろうちょ~会」です。
聞こえる人に、ろうの世界を知ってもらうことが目的の交流会です。インターネットで参加者を募集し、月一回のペースで開催しています。
那須映里さん
「聞こえる人は、ろう者の存在は知ってるけど、会ったことない、話したことないって人が多い。どこに行ったら会えるの?って。ろうちょ~会があれば、実際に参加してみて、ろう者って、こういう人たちでこうやって話ができるんだ。手話だけじゃなくて、身ぶりでも筆談でも、なんでもいいんだって気付く場所。まずは、ろう者に興味をもってもらうきっかけの場所って感じです。」
ろうちょ~会当日。参加者の手に消毒ジェルをかけて案内する那須さん。
この日は、ろう者8人、難聴者1人、そして聞こえる人5人が参加しました。
聞こえる人
「趣味で手話をやっていて、ふだん生活の中で手話を使う機会があまりないので、こういう場所で同じく手話を勉強している人とか、手話を使って生活している、ろう者の人と交流したいなと思って参加しました。」
聞こえる人 田川大宇宙さん
「(手話を)始めて3年目になります。友達をつくりたいです。」
那須映里さん
「きょうも、いつものように声を出すのは禁止です。今はコロナなので、よけいに声は出さないように気を付けてください。」
「ろうちょ~会」いちばんの特徴は、声での会話が禁止されていること。コミュニケーションは手話と筆談のみで行います。
グループに分かれてのフリートークです。
恋愛や仕事など、身近なテーマを題材に交流をはかります。
那須映里さん
「銭湯に行ったときに、会話禁止って張り紙があったんだけど、会話って言ったら声でしょ。でも手話ならOKでしょ?どう思う?」
ろう者と聞こえる人、日常のちょっとしたエピソードも互いにとって新鮮です。
ろうの男性
「前に友だちと遊びに行ったとき、電車の中で声を出さずに手話で話してたんだけど、そのときおじいさんから『君たち、しゃべるんじゃない』って怒られたんだよね。」
こちらは、手話初心者の田川さん。
聞こえる人 田川大宇宙さん
「質問なんだっけ?」
手話のスピードについていけず、会話の中にうまく入っていけません。
聞こえる人 田川大宇宙さん
「なんか、ろう者の会話に参加できない感じになってしまうんだよね。」
手話で答える女性
「どういうこと?」
聞こえる人 田川大宇宙さん
「みんなが楽しく手話で盛り上がってるときに、僕が…なんていうか、分からないときがある。読み取りが難しくて分からないときがある。そういうときに質問してもいいのかなって思う。」
手話で答える女性
「分からないときは聞いていいと思うんだけど、ろうのみんなも聞こえる人たちが話をしていて、自分だけが分からなくて取り残された経験がいっぱいあるはずだから、分からないときに聞いても、嫌な顔をすることはないと思うよ。みんな普通に教えてくれると思う。」
会話に入っていけない体験を通して、田川さんは、ろうの人たちがふだん抱えている悩みに気付くことができました。
一方、こちらのグループは…
聞こえる人
「聞こえる人と、ろう者で恋愛の違いがあるのかな?」
ろう者
「聞こえる人と、ろう者の違いは知ってるけど、恋愛の方法が分からないんだよね。」
恋の話をテーマに、すっかり意気投合。
難聴者
「大きい恋愛はなかったんだよ。」
聞こえる人
「恋愛に大きい小さいなんてない。」
聞こえる・聞こえないをこえて、熱い恋愛談義が交わされていました。
聞こえる人 ろうちょ~会スタッフ 川口千佳さん
「やっぱり社会の中だと、どうしても聴者のほうが強い立場にあって、ろう者がマイノリティーで。でもろうちょ~会の場合は、そこが本当に対等だなと思っていて、それをつくり出しているのが、声に頼らないっていうコンセプトかなと思っているので、そこがろうちょ~会のいちばんの良さかなと思います。」
那須映里さん
「ろうちょ~会は、お開きにしたいと思います。お疲れさまでした。」
那須映里さん
「私の夢は、私が道に迷ったときに、(通行人に)手話で道を聞いたら手話で返ってくること。ろうの文化や手話をいろいろな人が知ってくれてる社会をつくりたいと思います。」
夢がかなうその日まで、那須さんの挑戦は続きます。