【語り】高山久美子
皆さん、英語は得意ですか?苦手意識を持っている人 多いですよね。そんな中、ろう者に楽しく英語を身につけてもらおうと取り組む、大人気の英語講師がいます。袖山由美さん、ろう者です。
こちらの女性、由美さんのレッスンを受けるまでは英語が大嫌いだったそう。
英語・ASL講師 袖山由美さん
「これは see、ASLではこうやります。」
その特徴は、ASL=アメリカ手話を主体にしたレッスンであること。
袖山由美さん
「これは watch、see と watch は違います。これが look。3つとも違う手話です。see、watch、look。」
英語が苦手だった女性
「ほんとだ、見る感じ。3番目が1番よく見ている感じですね。」
袖山由美さん
「じっくり見ている感じです。」
英語が苦手だった女性
「わかった!すごくよくわかった。」
袖山由美さん
「わかりましたか?」
英語が苦手だった女性
「英単語を見ただけでは意味が分からず、イメージ出来ませんでしたが、(ASLの)手話を通して見ることによって『そういう意味か!』と、すぐに頭に入ってくるという感じを受けます。」
袖山由美さん
「聴者は聞くことが出来ますが、ろう者は聞くのではなく見るんです。書くことは聴者もろう者も同じ。違いは“見る”ということ。(ろう者が)使う言葉は手話なので、ASLが良いと思って決めました。」
“目で聴く”ことで、きっと英語は楽しくなる!多様な言語を愛する 由美さんのレッスンです。
由美さんは、東京都内で夫と2人で暮らしています。夫の哲朗さんはデフゴルフの代表選手。2人の結婚のキッカケも、由美さんの得意な「言語」でした。哲朗さんの国際大会の通訳として紹介されたのです。
袖山由美さん
「ちゃんとしたプロポーズはなかったんです。みんながする『指輪をどうぞ』みたいなのなかった。私、憧れてたんですけどね。あれ?結婚?みたいな感じでした。」
デフゴルフ選手 袖山哲朗さん
「プロポーズの言葉は『これから私を支えてください』と言ったと思うんですけどね。」
由美さんは、大学でアメリカ手話=ASLを教えています。これから始まるのは「日本社会事業大学」でのオンライン講義。由美さんの明るい人柄もあり、授業は大人気。他の大学の学生も受講できます。
受講生が楽しく学べるように、由美さんは決してテキスト通りには教えません。アメリカのろう者の間で人気の、アルファベットや数字を使った言葉遊びを講義に取り入れています。
アルファベットの場合、まず指文字を作り、その形を保ったままASLの手話を表現します。例えば、A の指文字のまま「帽子をかぶる」という手話。
B で「見渡す」
C で「探す」
受動的ではなく、自分で考え、物語を組み立てることで表現力が身につくのです。
この日は、数字を使った「ナンバーストーリー」「七五三」をテーマに物語を作ります。
「①髪を結う、②かんざしを差す、③化粧をする、④着物を着る、⑤帯を締める、⑥千歳あめを持っている、⑦草履を履く、⑧家族で神社へ、⑨神社の鐘、⑩鐘をつく、①礼をする、②手をたたく、③千歳あめ、④長いあめを食べる、⑤あまい、おしまい!ASLは顔の表情が大切です。表情に注意しながら物語を作ることで、表現力が伸びると思います。」
由美さんの父親はろう者、母親と兄は難聴者です。そして、祖母は聞こえる人、聴者で、アメリカ生まれの日系二世。多様な“言語”が行き交うことの楽しさを感じてきました。
23歳のとき、世界で唯一の聴覚障害者のための総合大学、ギャローデット大学へ留学。この留学生活が、由美さんの英語への向き合い方を大きく変えることになります。
袖山由美さん
「先生から『あなたの英語は正しい英語じゃない』と言われました。『ジャパニーズイングリッシュ』だと、『今から頭の中から日本語を捨てなさい』と言われました。日本語と英語の両方を(頭の中に)入れるとあふれてしまいます。頭の中でケンカして爆発して、わからなくなってしまう。そこで英語だけの箱を作り、英語だけをためることにしたんです。」
ギャローデット大学卒業後は、アメリカのろう学校に勤務。子どもたちに教えられるほどの英語力を身につけました。
日本のろう者にも英語の楽しさを知ってほしい。由美さんは4年前、ASLで教える英語の教室を立ち上げます。ろう者にとって英語は敬遠されがちでしたが、“目で聴く”レッスンの魅力にたちまち人気を集めるようになりました。
袖山由美さん
「ハロー!今日は英語のジョークをやります。『弁護士の相場』についてです。」
現在の受講生はおよそ40人。英語を学び直したいという人や、仕事で海外赴任を控えた人などが受講しています。
由美さんの ASLで教えるレッスンのスタイルが人気なのには、どんな理由があるのでしょうか?アメリカの手話にまつわる専門誌の編集に携わっている、森壮也さんです。
森壮也さん
「ASLは主に北米で使われています。アメリカやカナダのろう者が使っている訳です。英語とASLは同じ場所で使われているので“言語間の距離”が近いと言えます。そのため、英語を指導するときASLは言語的に距離が近く、そして(手話は視覚言語なので)伝わりやすいという点で有効です。ASLを使って英語を教えるのは一つの良い方法だと思います。」
この日、レッスンを受けているのは仙波妙子さんです。最近めきめきと英語力をつけている生徒の1人です。
仙波妙子さん
「『(Could you please)give me a breakdown of the estimate by 7pm?』という文の翻訳が『見積もりの詳細を7時までにいただけますか?』となっているのがわからないんです。『Breakdown』という単語を見ると、break(壊す)とdown(下がる)ですよね?」
袖山由美さん
「『Breakdown』にはたくさんの意味があるんです。1番よく使われるのが『壊れる』という意味。それ以外に『内訳』という意味もあるんです。見積もりというのは予算がどれくらい必要かということですよね。その見積もりを項目ごとに一つずつ壊して 詳細に見ていく というイメージなんです。」
イメージしやすいように、ASLの表現を使いながら細かく説明していきます。
仙波妙子さん
「わかりました!」
仙波さんが由美さんのレッスンを受け始めたのは4年前。ボランティアで携わっているフィリピンのろう学校支援に英語を活用したいと思ったのがキッカケでした。
実は仙波さんは、中学高校と英語のテストではほとんど点が取れませんでした。それが今では、ろう学校を日本へ紹介するため、現地の資料の翻訳を手がけるように。
そして今年、身につけた英語力を弾みに、勤めていた会社を辞め独立。先月、大阪市内にコワーキングスペースを構えました。海外から訪れる人にも使ってもらおうと、英語版のパンフレット作りに取りかかっています。
仙波妙子さん
「私が会社を持つなんて想像もしていませんでした。これから英語を使う仕事が増え、さらに英語力を伸ばしていければ、きっと最高だと思います。」
由美さんのレッスンの受講生の中には、聞こえる人=聴者もいます。手話シンガーの水戸まなみさんです。15年前から手話シンガーとしての活動を続け、100曲近くの日本手話の歌を手がけてきました。
水戸さんは今年、新たな夢を掲げました。それは、英語の曲にASLをつけて歌うこと。
手話シンガー 水戸まなみさん
「こういうASL、手話と音楽を通じていろんな人をつないだりとか、年齢、国籍、障害 関係なく、キッカケづくりが出来る架け橋のような存在になりたいと思っています。」
歌の世界観が伝わるよう、ASLの表現一つ一つに心を配ります。
袖山由美さん
「稲光(ASL)、風(ASL)、嵐が収まった(ASL)」
袖山由美さん
「遠くを見て!太陽が昇る(ASL)」
そうして完成したのがこちら、水戸さんが身につけたASLの歌です。
At the end of the storm(嵐が収まると…)
There's a golden sky(日が昇り輝いている)
言語の楽しさを知って、それぞれの人が新しい一歩を踏み出せるように。
袖山由美さん
「英語は友達だと思ってください。勉強ではなく友達だと思って、どうすれば仲よく出来るか工夫すれば、英語は楽しくなると思います。I can do(私は出来る)Also you can do(きっとあなたも出来る)」