【語り】高山久美子
新型コロナウイルスの影響で、孤立を余儀なくされた人たちがいます。視覚と聴覚の両方に障害がある盲ろう者です。日本には1万4千人近くいると言われています。
移動の際は、通訳・介助者の腕に手を添える必要があります。
こちら、指を点字タイプライターに見立てたコミュニケーション=指点字。人との接触は避けられません。
盲ろう者 稲葉春樹さん
「盲ろう者の3大困難である、コミュニケーション、情報収集、移動困難。この3つが本当にコロナウイルスの影響でいっぺんに押し寄せたといいますか。」
盲ろう者 川島朋亮さん
「触ったり、接近しないとコミュニケーションが難しい。それがないと生きることができない。」
実は今、そんな盲ろう者を救うため、ある機器の開発が急ピッチで進んでいます。手と手を触れることなく指点字ができる画期的なもの。1日も早い実用化を目指す、その最前線を追いました。
東京 杉並区、2年前ベンチャー企業を立ち上げた工業デザイナー、米山爾さんです。大手メーカーで自動車やゲームの開発に携わってきました。
目下、力を注いでいるのが「遠隔 指点字ツール」。
一般的な指点字は、指と指を重ねて文字を伝えますが、それを電気信号に変え、無線で飛ばす機器です。
スマートフォンのバイブレーション機能を応用。スイッチを押すと相手の指に振動が伝わります。このコロナ禍の中、実用化を急いでいます。
元々のきっかけは、盲ろう者から伴走を頼まれたことです。走りながら意思の疎通ができないかと開発を始めました。
そこに襲ってきたのが、新型コロナウイルス。全国盲ろう者協会は、通訳・介助者の不要不急の派遣を中止せざるを得ない状況を伝えました。
工業デザイナー 米山爾さん
「濃厚接触を原則とする、盲ろう者の通訳介助というもの自体が自粛。盲ろう者の方は非常に困っています。孤立を余儀なくされている。」
日常生活を送ることにまで危機が訪れてしまった盲ろう者たち。都内のアパートで一人暮らしをする稲葉春樹さん、30歳です。6歳で全盲になり、18歳の頃から聴力も低下。9年前、盲ろうになりました。補聴器から入るわずかな音と指点字で会話をしています。
移動の際は、通訳・介助者が欠かせない稲葉さん。買い物などは一人ではできません。商品の種類、大きさ、値段など、情報をひとつひとつ指点字で教えてもらい、選びます。
稲葉春樹さん
「ハムカツ」
店員
「おひとつでよろしいですか。」
(指点字で店員の言葉を伝えている)
稲葉春樹さん
「はい」
稲葉さんはこれまで、店での外食が中心でした。コロナ禍以降、介助者との密な状況を避けるため、公園で食事をとっているといいます。
稲葉春樹さん
「会社だったら、時差通勤とかオンラインで工夫すればできますけど、こういうことは、ちょっと工夫してくださいと言われても、できようがない問題なのかなって。」
通訳・介助者 宮本妙子さん
「難しいですね。コミュニケーションがとれないので、ちょっと離れることができません。移動介助の面でも。」
この日 米山さんは、開発中の「遠隔 指点字ツール」の試作品を持って 稲葉さんを訪ねました。
米山爾さん
「どうも こんにちは。」
稲葉春樹さん
「こんにちは。」
米山爾さん
「指点字ツールをいろいろ調整していますけど、お持ちしましたので、ぜひ使って頂きたいと思います。実際に送信するときのフィーリングはいかがでしょうか?打ってみて頂いて。ちょっと滑る感じがあるのと。」
稲葉春樹さん
「ちょっと滑る感じがあるのと、指点字のように指を伸ばして触ってしまうと、だいぶ前の方にボタンが行ってしまっているので。」
米山爾さん
「なるほど」
稲葉さんが指摘したのはボタンの位置。通常、指点字は指の腹で行いますが、現状、ボタンは指先についています。
実は米山さん、物を持ったり触りやすくするため、あえて指の腹をあける構造にしていたのです。
米山爾さん
「実際に触った感じが大事な情報なので、なるべくなら指をたくさん出したい。(指の)腹ですね。なおかつ普通の指点字のスタイルと同じように、なるべく腹の方に近づけた位置と、その せめぎあいですね。工夫してみたいと思います。」
米山さんの開発に協力する稲葉さんには、機器の実用化を心待ちにする理由があります。愛媛でマッサージの仕事をしていた稲葉さん。しかし聴力が落ち、盲ろうになると接客が難しくなり、仕事を失いました。再就職を目指し、2年前に上京。現在は専門の訓練を受けています。
指点字ツールがあれば、社会と関わりながら暮らす日が取り戻せるかもしれないと考えているのです。
稲葉春樹さん
「ソーシャルディスタンスも守れますし、指点字ツールがもっともっと発展していけば、盲ろう者ができること、やれることっていうのがすごく膨らむし、たくさんできるようになっていくんじゃないかなと思います。」
実用化を切望する盲ろう者のため、努力を続ける米山さん。この間、費用の捻出にも苦心してきました。クラウドファンディングなどで資金を集め、開発を続けています。
この日、米山さんの元に稲葉さんたち盲ろう者が訪ねていました。
米山爾さん
「実験 開始します。」
再び機器のテストを行います。
米山爾さん
「新しいツールはどうですか?」
稲葉春樹さん
「はい、前にしたときよりもすごく良くなっているのかなと感じました。」
前回は指の先端にあったボタンの位置。わずかに下にずらしていました。本来の指点字に近い、自然なフィーリングを追求した改良です。
続いて、距離を広げてのテスト。
稲葉春樹さん
「わ か り ま す。」
米山爾さん
「電波状況によっては、100メートル近く離れても大丈夫です。」
稲葉春樹さん
「距離も守れて、手も触れなくて、一般的には新しい生活様式と言われている中で、こういう指点字ツールが少しずつ活躍していくものになってくるのかなと考えています。」
6月上旬、開発を続ける米山さんのもとに、願ってもない知らせが飛び込みました。厚生労働省から補助金が出ることになったのです。
米山さんは現在、ツールをさらに進化させる研究を進めています。
「さ し す せ そ」
指点字を、文字や音声に変換する機能を加えようとしているのです。実現すれば、指点字ができない人でも、機器を通じて盲ろう者と直接会話することが可能になります。
この新たな機能を、町の洋品店でテストすることに。
米山爾さん
「手話ができたり、指点字も一切いらない。これを使って、ご主人と、しかも遠隔で彼女と通信ができたりしますので。」
盲ろう者 高橋和代さん
「マ ス ク が あ り ま す か?」
店主
「こちらとこちらですね。」
しっかり伝わりました。
今度は店主がタブレットで文字を打ってみます。
高橋和代さん
「指点字ツールを初めて使ってみましたが、コミュニケーションがこういう風にとれるんだなということで、実際に伝わってよかったと思います。指点字ツールを使うと、ソーシャルディスタンスもとれるし、とても良かったです。」
米山爾さん
「誰もが当たり前にできていること、いろんな他人と会話したり、愚痴を言ってみたり。まずはいろんな方に使って頂いて、テストをして、より良いものを仕上げて、障害者がさっそうと風になって走る、笑顔が絶えないような、そういう世の中に、私も微力ながら応援させて頂ければと思っています。」
感染のリスクを減らし、孤立を防ぐためにー
ツールの実用化を多くの盲ろう者が心待ちにしています。